古き良き下町の風情を残す隅田川沿い。江戸の中心部だったこともあり、徒歩や自転車ですぐに移動できる距離感でありながら、エリアごとに異なる色を持つ。今回フォーカスを当てるのは、隅田川の西側、浅草と両国の間にある蔵前エリアだ。近年は再開発が進み、周辺にはユニークなお店や宿が続々と誕生。吸引力のある新たなカルチャーが醸成されつつある。今回訪れるHOSTEL&CAFEBAR「Nui.」は、その中心とも言える存在だ。実際に宿泊し、旅気分で周辺を散策してみると、日常と非日常の狭間から新たな東京の魅力が見えてきた。
浅草と両国の間にある、ものづくりの街。「蔵前」を旅しよう
江戸時代、全国から集めた年貢米を貯蔵する幕府の米蔵が隅田川沿いにあったという蔵前。関東大震災後に街が整備され、人形職人や革職人など、多くの職人たちがこのエリアに移り住んだ。その手づくりのものを大切にするクラフトマンシップは今もこの街に引き継がれ、しばしば“東京のブルックリン”と称されることもあるほど。近年は周辺のエリアで続々と大規模な再開発が行われているが、それは蔵前も同じ。2023年には新たな大型複合施設がオープンする予定だ。
そんな蔵前に2012年に登場し、この9月で10周年を迎えたのが「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE(以下Nui.)」だ。
「もともと魅力的な個人店が点在するエリアでしたが、Nui.をオープンして10年、個性あふれるお店はさらに増え続け、週末には多くの人が訪れる町となりました」と語るのは、Nui.でマネージャーを勤める村野潤さん。運営会社であるBackpackers'Japanの創業メンバーとも旧知の仲で、自身もバックパッカーとして世界中を旅していたそうだ。そんな村野さんに、Nui.の魅力やこの10年間での街の変化を教えてもらった。
まず気になるのは、開放的かつ独特な雰囲気があるバーラウンジの空間だ。ずいぶん古い建物に見えるが、元々はどのような場所だったのだろうか。
「ここは、おもちゃ会社の倉庫だったんです。当時の蔵前は観光地として訪れる人はほとんどいませんでしたが、都営大江戸線と都営浅草線が通る蔵前駅は、成田と羽田どちらの空港からもアクセスしやすく、海外からの観光客も訪れやすい場所です。当時のBackpackers'Japanは古民家を改装したゲストハウス一軒の運営しかしていませんでしたが、『あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を』というミッションを追い、本格的なカフェとバー、フードを充実させた飲食ラウンジ併設のホステルをオープンさせたんです」
確かに10年ほど前、筆者がまだ学生だった頃は、海外旅行でホステルを利用する度に「日本にもホステルがあったら、もっと国内を自由に旅行できるのに」と思っていた記憶がある。その後、日本でもホステル形態の宿が続々と登場し、Nui.はバックパッカー向けの宿のパイオニア的存在になっていった。実際にNui.を訪れてみれば、自由にくつろげる空間と、フランクに接してくれるスタッフ。バックパック旅を経験したことがある人は、その光景にきっと懐かしさを感じるはずだ。
実際にどのような方が訪れ、利用しているのだろうか。
「オープンして最初の数年で外国人観光客がかなり増えましたね。そして近隣に住む方や、英語を喋る環境を好む方、非日常の気分を味わいたい方など、国内の方も常連になってくださり、多くの人に愛される場所になっていきました。コロナ禍によって外国人観光客は大幅に減ったものの、国籍や年齢、性別、職業、宗教に関わらず集い、旅行者と地域の人が混ざりあいながら、おいしいものを飲み食いして友達になるというカルチャーは、今もしっかり息づいています」
個性的なバーラウンジの内装は、10人以上の大工さんが集まり、それぞれのゾーンごとに担当を振り分け設計。それぞれのアイデアを持ち寄り、ディスカッションしながら造作に落とし込んだという。その空間は、座る場所によって異なる景色を見せながらも、どこか統一感がある。村野さんが「ジャズセッションのようなグルーヴ感がある」と言うのも納得だ。
Backpackers'Japanでは、ほかにも日本橋に「CITAN」、京都河原町に「Len」と複数の人気ホステルを運営しているが、「交流のしやすさはNui.が一番ではないでしょうか」と村野さんは言う。
「山登りをしていると、知らない人であってもすれ違う時に自然と挨拶をしますよね。Nui.の自然を感じられる有機的な空間は、日常の警戒心を取り除き、ナチュラルで心地いいつながり方を実現してくれるのだと思います。一方でCITANはラウンジが地下にあり、音楽系のイベントもよく開催しているので、音楽が好きな方はそちらもおすすめです」
個室でも、ほっと一息
Nui.では、個室でも1泊5,000円程度と手頃なホステル価格で宿泊できる。施設や周辺の街の魅力を探るため、泊まってみることにした。
荷物を置いて一息つく前に、村野さんにNui.でのおすすめの過ごし方を聞いてみる。
「ぜひ早めにチェックインして、蔵前周辺をぶらぶらしてみてください。自転車を借りて、『おかず横丁』や近隣の銭湯めぐりをするのもおすすめです。晩御飯はここに戻って食べていただいてもいいですし、隣の『結わえる』で季節の料理を楽しむのもおすすめです。お酒を飲むならぜひ、Nui.のバーで。知らない人同士でも、ここでならきっと会話が弾むはずです」
気になるスポットへ出かけ、街の魅力を見つけよう
部屋でひとしきりくつろいだら、いざ散策へ。スタッフから観光マップをもらうと、新しくできた店やおすすめのお店も追加で教えてもらえた。この日はたまたま、近くにある「Maple Pizza」の店主がラウンジに遊びに来ていて紹介してもらう。次の食事はピザで決まりだ。
江戸時代、米蔵に荷運びするための厩(うまや)があったことからその名前がつけられたという厩橋は、関東大震災後の昭和4(1929)年に架け替えられたもの。親柱には馬が描かれたステンドグラスがあしらわれ、レトロな雰囲気を醸し出している。
その他にも、オリジナルのビーン・トゥ・バーチョコレートを楽しめる「ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ」や文具の名店「カキモリ」やインクスタンド「inkstand by kakimori」も発見。
そして小腹が減ったタイミングで、紹介してもらったピザ専門店「Maple Pizza」へ。知り合ったばかりの人のお店に行くというのもワクワクするものだ。お店に入り、ニューヨークスタイルの大きなマッシュルームピザを頼むと、すぐに温かいピザを出してくれた。ひと口頬張ると、熱々のチーズとジューシーなマッシュルームが口に流れ込み、思わず「おいしい」と呟いてしまう。
Maple Pizza
旅をしながら仲間をつくる。バックパッカーの視点で日常が特別に
一夜明け、朝食はNui.でいただくことに。朝食付きのプランにすれば「チーズトーストプレート」「あんバタートースト」「自家製グラノーラ 豆乳添え」の3種類から好きな朝食を選ぶことができる。
東京に暮らしながらも、初めて訪れた蔵前の街。短い旅でありながら、Nui.を旅の拠点としたことで、その場所に詳しい人から生きた情報を得られ、東京の新たな側面を知り掘り下げることができた。いまや「おいしいものを食べたい」「歴史を知りたい」「クラフトのお店を訪ねたい」といった自分の興味は、検索で簡単に調べることができる。しかし少し角度を変えて “バックパッカー視点”で情報を探ってみることで、その街のストーリーを知り、偶発的な出会いも生まれ、一層体験が濃なっていく。もしその街が気に入ったら、ぜひ通ってみるのもいいだろう。新しい出会いや交流が日常になりながらも、旅するときのワクワク感も楽しめるはずだ。
Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE
CURATION BY
フリーライター・エディター。専門はコミュニケーションデザインとサウンドアート。ものづくりとその周辺で起こる出来事に興味あり。ピンときたらまずは体験。そのための旅が好き。