Vol.52

KOTO

26 JUL 2019

あなたの色は何色ですか。オリジナル調色ができるinkstand

東京も梅雨が明けた。夏とともにやってきた1枚の絵葉書。差出人の彼女は同じ都内に住みながらも、毎年欠かすことなく暑中見舞いと年賀状を送ってくれている。選ぶ絵葉書にもセンスを感じ、そこに書き記された文字も達筆で流石の一言。万年筆で書かれたと思われるその微妙な文字の濃淡が、どことなく大人の嗜みと気品を感じさせる。ひとつ気になったのは、見慣れないその文字の色。万年筆といえば、黒か濃紺というイメージ。彼女のそれは淡い緑。その色のヒミツとコダワリを彼女に聞いてみたところ、自分だけのオリジナルのインクが作れる、そんなユニークな場所が台東区蔵前にあるという。

自分だけの色を探しに

改めて自分の色、自分だけの色について考えてみる。身の回りに存在する「自分の意思で選んだ色」といえばなんだろう。洋服、靴、スマホのカバー、乗っている車、女性であればネイルだってそうだ。気がつけば何かを選ぶときに、色もその判断基準として重要な要素になっていることに気づく。今回作ろうとしているインクは、それこそ「自分の文字の色」を決めることになる。普段、会社で使っている筆記具はせいぜい3色ボールペンか緑やピンクなどの蛍光ペンくらいだろうか。それはあくまでも誰かに用意された既製品の中から選んだということで、自分の意思はほとんど存在していない。

東京のブルックリン、蔵前

海外からの観光客が必ずと言っていいほど訪れる東京下町の代名詞、浅草。そこに隣接するこの街には、倉庫や古民家をリノベーションしたカフェや雑貨店が立ち並ぶ。駅近くには隅田川が流れていることもあり、ニューヨーク・ブルックリンの雰囲気に似ていることから「東京のブルックリン」と呼ばれているそう。そんな蔵前の中心部に、自分だけの色がオーダーできる「inkstand by kakimori」は静かに佇んでいた。

調色インクの専門店

「色をつくる、出会う」をコンセプトにした同店は2014年にオープン。当初はオリジナルノートをつくれる姉妹店「カキモリ」が隣接していたが、2018年にカキモリが移転、現在の場所で店舗を拡張。利用者自身で調色を行う「SELF」専用のスペースと、利用者のリクエストを受けてスタッフが調色を行う「WITH」、そして季節ごとに入れ替わる調色済みのインク、万年筆やガラスペンなどのオリジナル筆記具の販売を行うスペースで構成されている。

スタッフの菅原さん。SELFはカウンター5席のみ少人数予約制。スタッフが対面で懇切丁寧にアドバイスをしてくれるので、初めての調色でも安心だ。

自分だけの色を作る

調合の目安となる詳しいチャートが用意されているので、自分が持っていたイメージの具現化の一助に。実際に14種類のインクを前にすると、誰のものでもない世界でただ一つ、自分だけの色のイメージが膨らみ、気分も高揚する。

スポイトでインクを数滴垂らしイメージに近づけていく。まるで理科の実験のよう。

お店を訪れるひと、日本人の感性

このサービスを利用する人は相当のこだわりを持つ人たちばかりなのだろうと思っていたが、どうやらそういう方ばかりではないらしい。女性の利用が大半とのことだが、「単純に綺麗だから」というシンプルなものや、「色を混ぜてみたい」という実験的な楽しみを求めている人もいるようだ。また蔵前という立地から海外の利用客も多いそうだが、実際に調色をする際の色に対する強いこだわりは、より日本人に顕著にみられるようだ。言われてみれば日本人の色に対する感度は高い。たとえば青という色についても「呉須色(ごすいろ)」「浅葱色(あさぎいろ)」「藍鉄色(あいてついろ)」「深縹(こきはなだ)」など...数十種に及ぶ言葉の多さからもおわかりいただけるだろう。

専用のうすめ液も使い、微妙な調整を重ねる。

色は誰かへの思いやり

自分のためではなく相手のための色選びも素敵だ。文章の校正業務に従事しているという人からの相談があったそう。赤色のボールペンで修正を書き込む「赤入れ」という作業をする際、修正指示箇所が多いと相手に威圧感を与えてしまうのではないか…。そんな相手を慮る気持ちから、「柔らかい赤」をオーダーされていたという。朱色に寄せてみたり、紫を少し入れてみるなど、相手のことを考えながら文字を書きたいという優しい気持ち。書くという行為を生業としている人は、えてして文字やその色に対する感度が高いようだ。毎日使うものだからこそ、色を自分のビジナスパートナーとして付き合っていきたいということなのだろう。

調整を重ねること約20分。少しずつイメージが色になってくる。

試し書きにガラスペンを使うとシャリシャリ、カリカリという、とても心地よく不思議な音が。インクをペンの溝に1回吸い上げるだけで、ハガキ1枚分は書けるというから驚きだ。

配合の比率が決まり、最終的な仕上げをお願いする。

各色の分量を繰り返し確認していく。

最終的な確認は目視で行う。その眼差しは真剣そのもの。弾んでいた会話が一瞬ピタリと止まった。

使用したインクの配合比率を記録。パーソナルナンバーが付与され、レシピは2年間保管される。

ボトルに入れるとやや黒っぽく見えるが、実際に書いてみるとこの通り青みがかっている。

作ったインクの使い方

inkstandまたは姉妹店のカキモリで販売されているオリジナルグッズ(万年筆とボールペン)での使用を推奨。他社の万年筆でもコンバーター(インク瓶から万年筆にインクを吸入するための道具)があれば使用可能だが保証対象外となる。

季節ごとの調色インクとオリジナル筆記具も

SELFでオリジナルのインクを作り終え、隣のスペースに移動。こちらではスタッフが季節の植物や移り行く時間を表現するなど、ユニークなテーマに基づいて調色された5色のインクが数量限定で並んでいる。また万年筆だけではなくボールペンなどinkstandオリジナルの筆記具や、工芸作家がひとつずつ丹精に手作りした美しいガラスペンなども販売されている。

什器として使っているというガラス製の実験道具が圧倒的な存在感を放つ。

調合済みのインクは3サイズの容器から選ぶことができる。 左から11ml(1,296円)・22ml(1,728円)・33ml(2,160円)、いずれも税込

目の前でインクを容器に移してくれる。

白い壁面には様々な色をテーマにしたオブジェが飾られている。

スタッフがテーマを決めて集めてきた色のアイテムは、壁面の“標本棚”に並べられている。

それぞれのボトルの横に添えられたカラーチャートは、キーカラーを表現するための配合表。オーダーインクを作る際の目安にもなる。

店内には静かな時間が流れていた。
自分の色を探したい。そんな気持ちの裏側には、没個性に対する漠然とした違和感があったのかもしれない。テクノロジーさえあれば画面上でどんな色でも無限に生み出すことができるけれど、実際に自分の手を動かし、目で見て色を整えていく過程にアイデンティティを感じるヒントがありそうな気がした。

自分だけの色を作ってみて

私たちの毎日の生活は色に囲まれている。街に出れば鮮やかな広告の看板がビルの屋上にそびえたち、パソコンやスマホを開いてインターネットに繋がれば、閲覧者の目を引こうとするバナーで溢れている。物質的な色だけではない、色を冠した言葉だってたくさんある。人の心理状態を読み取ろうとするときには「顔色」をうかがうと言うし、様々な楽器を奏でて生まれてくるのは「音色」だ。様々な表現に色を使えば心や物事の機微に触れることができる。

デジタルの時代、誰かに何かを伝えたいのならば、SNSのダイレクトメッセージで一瞬にして用事が済んでしまう。気持ちを言葉(言語)にして伝えることは誰にでもできるけれど、文字に色というオリジナリティを加えることで、今までのコミュニケーションをさらに深めることができるのかもしれない。

今年の夏は暑中見舞いを書いてみよう。自分だけの色を添えて。

inkstand by kakimori

住所:東京都台東区三筋1-6-2 M2F
電話: 050-1744-8547
営業時間 : 土日祝日 11:00-18:00 
定休日:平日(祝日の場合営業)

*2021年2月より上記住所へ移転しています、当記事は旧住所店舗での取材となります。

https://kakimori.com/pages/inkstand-by-kakimori
https://www.instagram.com/kakimori_tokyo