Vol.285

MONO

09 NOV 2021

時代を越えた確かなもの。トーネット「No.209」

日常に欠かせない家具。近年はデザイン性が高く、手頃な価格で買い揃えられるブランドも増え、暮らしがますます充実しやすくなった。その一方で、気に入っていても心から大切にしたい家具でなければ、物足りなさも湧き出てくるものだ。そんな時は、日常に「時代を超えた価値をもつ家具」を取り入れてみてはいかがだろうか。今回フォーカスを当てるのは、誕生から120年以上経っても魅力が色褪せない、THONET(トーネット)社のアームチェア「No.209」。その歴史や技術を深堀りするとともに、暮らしにフィットするフォルムやディテールの魅力を探っていこう。

用の美まで楽しめる。マスターピースと呼ばれる椅子を暮らしに

日常の暮らしに名作を
世の中には、マスターピース(名作)と呼ばれる椅子がある。そう称される椅子は、ただ家具として使うことができるだけではなく、デザインの完成度やその時代における画期的な試みなど、さまざまな価値とストーリーが付随している。

人気の高いマスターピースの椅子をいくつかあげてみよう。

たとえば、アメリカで1950年代に広まったミッドセンチュリーのデザインが好きな方は、チャールズ&レイ・イームズによって生み出された「イームズシェルサイドチェア」にピンとくるはず。また、北欧家具が好きな方は、フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトが生み出した、シンプルで使い勝手のいい「スツール 60」をイメージするかもしれない。

近年は籐張りの背座面とスチールパイプという相反する素材を用いた、カンティレバー(片持ち)構造の「チェスカチェア」も人気だ。これはバウハウスのデザインを象徴する椅子のひとつで、マルセル・ブロイヤーが1928年にデザインしたものである。

もちろん日本からも、世界的に高い評価を受けるマスターピースが生み出されている。その代表格と言えるものが、1956年に発表され、翌年のミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞した、柳宗理の「バタフライスツール」だ。モダンでありながら、日本的な美的感覚が詰め込まれている。

柳宗理のバタフライスツール
これらの名作椅子は現在も生産されているものばかりで、道具としての用途も失われていない。著名なアーティストの作品のように手が届かないほど高価なものではなく、複数持っていても困るものではないため、日常に“用の美”を取り入れるためにぴったりのアイテムなのだ。

コルビジェも愛用。トーネットのアームチェア「No.209」とは

ヴィンテージで手に入れた、トーネットのアームチェア「No.209」
今回紹介するのは、トーネット社のアームチェア「No.209」。これは「コルビジェ・チェア」とも呼ばれ、建築家のル・コルビジェが愛用した椅子としても有名である。コルビジェは、パリ万博で発表した「レスプリ・ヌーヴォー館」(1925年)やドイツで開催された住宅展「ヴァイセンホフ・ジードルング」(1927年)など、自身が設計した住宅に置く家具として「No.209」を多用した。

高貴さや知性を感じさせ、クラシカルでありながらモダンさも感じさせる佇まいは、ワークルームだけでなく、ダイニングやベッドルームなど、さまざまな空間にフィットする。気の利いた部屋にさせる「No.209」の魅力は、100年近く経った今でも色褪せない。

座面裏側に「THONET」と書かれた紙のラベルが貼ってある
この椅子を生み出したのは、トーネット創業者の息子アウグスト・トーネットだ。

トーネット社の歴史は古く、1819年にミヒャエル・トーネットがドイツで創業した。その後、曲げ木の技術開発をスタートさせ、積層材の合板を曲げる技術や曲木椅子で特許を取得。それまでの「木という素材はまっすぐのまま使うもの」という概念を覆した。その後、1859年にはトーネットを代表する「No.14(現在は「No.214」)」が誕生。すべての工程を木工職人が手作りしていた当時は非常に画期的で、大量生産を実現した初めての椅子として広く普及し、今も「ウィーン椅子」の愛称で親しまれている。

1871年にミヒャエル・トーネットが亡くなると、アウグストをはじめとする5人の息子たちが事業を継承した。彼らはミヒャエルが生み出した曲げ木の技術を用いながら、新たに機械や作業プロセスを開発し、新しい家具を発表しつづけることで、さらにトーネット社を発展させていった。「No.600」(現在の「No.209」)も、ミヒャエルが亡くなった年に発表され、量産が始まったものである。

曲木の技術が実現する、優美なフォルム

曲げ木の技術によってつくられた、背もたれと肘掛け
曲げ木の椅子として画期的だった「No.214」に対して、「No.209」はコルビジェが絶賛するほどのデザイン性と機能性の高さが、マスターピースとして認められている。

アウグストは、父・ミヒャエルがデザインした「No.214」の基本構造を踏襲しながら、さらに曲げ木の技術を用いて、背もたれとアームレストの両方の機能を果たすパーツを追加。腕を置けるようにしたことで、ゆったりと快適な座り心地を実現しながら、エレガントなシルエットに仕上げた。

少し外向きに曲がる脚も、「No.214」を踏襲している

身体をぐるりと囲むなだらかな曲線が、シンプルでありながら優雅な印象を与える。さらに肘掛けとしても、しっかりと機能してくれる
トーネットの曲げ木の椅子は、無垢のブナ材で作られている。ブナは硬く、衝撃に強いうえに、粘りと弾力性があるため曲げにも適している素材だ。さらに接着剤で簡単に接着することもできる。これにより、美しい曲線を作ることができるのだ。

「No.209」は、「No.214」と同様に、たった6つのパーツで構成され、装飾的な要素も徹底的に削ぎ落とされている。そのため組み立ても簡単だ。それでいて、有機的で美しいフォルムが実現されているということに、改めて驚かされる。

深く座ることができる、繊細な座面設計

座面にも注目してみよう

座面はラタン(藤)張り
「No.209」といえば曲げ木だけでなく、しなやかなラタンを編んだ座面も印象深いパーツだ。座面が広めなので、ゆったりと座ることができる上に、ほどよく反発するラタンが体にちょうどよく馴染み、長時間心地よく座ることができる。また近年販売されているものには、裏面にポリエステルのサポートメッシュが貼られているため、より安心して使うことができるだろう。

座面がラタンでできていることによって、片手でも楽に持ち上げることができ、持ち運びがしやすいという利点も生まれている。

後ろ側に向かって下がるように、座面がわずかに傾いている
さらによく見てみると、パッと見ただけでは気づかないくらい、微かな傾斜がある。これもまた、深くゆったりと腰をおろせる秘訣だろう。シンプルでありながら、気の利いたデザインが嬉しい。実際に使用するときも、仕事をするときは浅く座り、リラックスしたいときは深く座るなどして、さまざまなシーンで使うことができ、使うたびに新しい魅力を発見することができるのだ。

いいものを未来につなげていく

柔らかな印象になった部屋で、ゆったりと過ごす
所有している白い塗装が施されたヴィンテージのトーネットの椅子は、十数万円で購入した。新品では、現在ブラックやウォールナット、ナチュラルなどのカラーが販売され、20万円以下で購入することができる。

マスターピースの椅子は、長く使い続けていても大幅に価値は落ちない。そのため、使い捨ての道具としてではなく、資産として持つという意識で手に入れれば、そこまでハードルが高いものではないと言えるだろう。そう捉えることにより、これまでの消費のあり方も見直せるはずだ。

憧れの特別な家具を吟味し、手に入れることは、暮らしに一層の豊かさをもたらすだろう。それはさらに後世へと、ものの価値や美しさを伝えていくことに繋がっていくのだ。

THONET

アームチェア No.209