用の美まで楽しめる。マスターピースと呼ばれる椅子を暮らしに
人気の高いマスターピースの椅子をいくつかあげてみよう。
たとえば、アメリカで1950年代に広まったミッドセンチュリーのデザインが好きな方は、チャールズ&レイ・イームズによって生み出された「イームズシェルサイドチェア」にピンとくるはず。また、北欧家具が好きな方は、フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトが生み出した、シンプルで使い勝手のいい「スツール 60」をイメージするかもしれない。
近年は籐張りの背座面とスチールパイプという相反する素材を用いた、カンティレバー(片持ち)構造の「チェスカチェア」も人気だ。これはバウハウスのデザインを象徴する椅子のひとつで、マルセル・ブロイヤーが1928年にデザインしたものである。
もちろん日本からも、世界的に高い評価を受けるマスターピースが生み出されている。その代表格と言えるものが、1956年に発表され、翌年のミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞した、柳宗理の「バタフライスツール」だ。モダンでありながら、日本的な美的感覚が詰め込まれている。
コルビジェも愛用。トーネットのアームチェア「No.209」とは
高貴さや知性を感じさせ、クラシカルでありながらモダンさも感じさせる佇まいは、ワークルームだけでなく、ダイニングやベッドルームなど、さまざまな空間にフィットする。気の利いた部屋にさせる「No.209」の魅力は、100年近く経った今でも色褪せない。
トーネット社の歴史は古く、1819年にミヒャエル・トーネットがドイツで創業した。その後、曲げ木の技術開発をスタートさせ、積層材の合板を曲げる技術や曲木椅子で特許を取得。それまでの「木という素材はまっすぐのまま使うもの」という概念を覆した。その後、1859年にはトーネットを代表する「No.14(現在は「No.214」)」が誕生。すべての工程を木工職人が手作りしていた当時は非常に画期的で、大量生産を実現した初めての椅子として広く普及し、今も「ウィーン椅子」の愛称で親しまれている。
1871年にミヒャエル・トーネットが亡くなると、アウグストをはじめとする5人の息子たちが事業を継承した。彼らはミヒャエルが生み出した曲げ木の技術を用いながら、新たに機械や作業プロセスを開発し、新しい家具を発表しつづけることで、さらにトーネット社を発展させていった。「No.600」(現在の「No.209」)も、ミヒャエルが亡くなった年に発表され、量産が始まったものである。
曲木の技術が実現する、優美なフォルム
アウグストは、父・ミヒャエルがデザインした「No.214」の基本構造を踏襲しながら、さらに曲げ木の技術を用いて、背もたれとアームレストの両方の機能を果たすパーツを追加。腕を置けるようにしたことで、ゆったりと快適な座り心地を実現しながら、エレガントなシルエットに仕上げた。
「No.209」は、「No.214」と同様に、たった6つのパーツで構成され、装飾的な要素も徹底的に削ぎ落とされている。そのため組み立ても簡単だ。それでいて、有機的で美しいフォルムが実現されているということに、改めて驚かされる。
深く座ることができる、繊細な座面設計
座面がラタンでできていることによって、片手でも楽に持ち上げることができ、持ち運びがしやすいという利点も生まれている。
いいものを未来につなげていく
マスターピースの椅子は、長く使い続けていても大幅に価値は落ちない。そのため、使い捨ての道具としてではなく、資産として持つという意識で手に入れれば、そこまでハードルが高いものではないと言えるだろう。そう捉えることにより、これまでの消費のあり方も見直せるはずだ。
憧れの特別な家具を吟味し、手に入れることは、暮らしに一層の豊かさをもたらすだろう。それはさらに後世へと、ものの価値や美しさを伝えていくことに繋がっていくのだ。