明治維新以降、日本の経済発展の要として全国各地で行われていたシルク(絹)産業。しかし近年はシルクの需要が激減し、豊富にあった国内の養蚕農家やシルクメーカーの多くが姿を消してしまった。そんな中でも、1300年も前からシルク産業が盛んな群馬県の桐生では、今もなお養蚕からシルク製品の生産までが一貫して続けられている。2020年、そんな桐生の街に日常使いできるシルク製品ブランド「SILKKI」が誕生した。ブランドが発信するのは、シルクという天然素材が持つ素材の魅力だ。「フォーマル向けの美しく装える高級生地」というシルクのイメージとは全く異なるアプローチは、素材と人間の暮らしや身体との共存に意識を向かわせてくれる。いまこそ改めて、シルク製品を選ぶ意味を考えてみよう。
蚕とともに生きてきた人びと
人がシルクを使うようになったのは、今から5〜6000年前の紀元前2650年ごろのこと。中国からはじまったと言われており、最初は野生の蚕(野蚕)の繭を集めて糸を紡ぎ出し、織物にして使っていたという。しかし、野蚕の飼育は時間がかかる上に、気候や外敵からの影響も受けやすく、管理が難しい。効率的な生産を求めて、屋内で飼育する家蚕が行われるようになっていった。
中国では、およそ4700年前の平織りのシルクの布が最古のものとして見つかっているが、その技術は国外秘として王侯や貴族たちが独占していた。その時代は長く続いたが、紀元前300年ごろには中近東からヨーロッパに伝わり始めたといわれ、そこで発達していった交易路はシルクロード(絹の道)と呼ばれるようになった。日本における絹の歴史も古く、紀元前の弥生時代のものと見られる平織りのシルク布が見つかっている。5世紀後半の雄略(ゆうりゃく)天皇の時代からは、養蚕を広めるために織布技術も導入されはじめたそうだ。日本でも長い間全国的に養蚕が行われていたが、天皇や武家など身分の高い人たちの権力誇示のためにシルクは使われていた。
そして江戸時代になると、中国からの生糸の輸入を減らす為、幕府が養蚕を積極的に推奨。農民たちは山地に桑を植え、農閑期には養蚕に励み、製糸や織物業に発展させていきながら地域独自の織物を生み出していった。そして明治時代に入った1872年、日本で最初の官営模範製糸場「富岡製糸場」が群馬県の富岡に誕生。フランス式の最新機器を導入し、日本の近代化に大きく貢献した。
その後、世界大戦や化学繊維の発明により、日本のシルクの生産は衰退の一途をたどり、産地は大幅に減っていった。そんな中、1300年の歴史を持つ織都(しょくと)群馬県・桐生では、日本のシルクの伝統を守りながら、新しいシルクの価値を伝える取り組みが各所で行われている。
自然豊かな土地で絹を織る
1950年に創業した桐生整染商事株式会社も、桐生で新しい取り組みを行う織物メーカーのひとつだ。2020年5月、社員である川上由綺さんが中心となり、メーカーとしてのバックグラウンドを活かしながら、シルクに特化したライフスタイルブランド「SILKKI」を生み出した。
川上さんが桐生に来た理由は、学生時代から感じていた「ものは、こんなに大量に作るべきものなのだろうか?」という問いが起点になっている。
「元々東京の美大に通っていて、以前から福祉やサスティナビリティに興味があったことから、在学中にフィンランドへ留学していました。そこで織物の技術を学んでいくうちに、『もっと社会に寄り添えるものづくりをしていきたい』と思うようになったんです。そこで、あえて工場で働くのも面白そうだと思い、京都、兵庫、岐阜と全国の織物産地を見てまわっていたところ、群馬の桐生を知り、現地で活動するテキスタイルデザイナー・畠山陽子さんとの繋がりから桐生整染商事株式会社への就職を決めました。桐生はもともと分業生産制で、同一地域で養蚕から製品完成まで一貫できる。そういった特徴も魅力だと感じました」
社会との関わり方について、現実感を持って考えるべく、作家ではない道を選んだ川上さん。実際に桐生で過ごすようになってみると、街と自然との距離感、古いものが好きで自分の意見をしっかり言う人が多いこと、着物の文化が色濃く残っているところにも魅力を感じるようになったという。そんな自然豊かな桐生の地で織物に向き合ううちに、シルクという素材の魅力に感化されていった。
「本来は野生だった蚕は、長い期間、幾度もの改良を経て家の中でしか育てられない、非常にデリケートな動物へと変わって行きました。少しでも温度管理をミスすれば死んでしまうし、害獣からも狙われやすい。乳幼児を育てる時のように、ずっと張り付いて見守っていないといけません。そのため、日本でも母親の仕事として広まっていきましたし、実際に女性にとって憧れの職業でもありました。今の日本があるのも、こうした女性の影なる努力があったからなんです。
そんな蚕は、成長過程で自分の体から繊維を出し、繭を作ることで自分の身を守ります。その天然のシェルターは夏は熱を逃し、冬は保温性を高め体温を一定にします。私たちがシルク製品を使うとき、蚕たちの力をいただいているんだ。そう肌で感じるようになりました」
シルクといえば高級で、日常で使うには扱いが難しいというイメージがあるが、SILKKIでは日常使いできるシルク製品を通してシルクの新たな魅力を伝えている。
「シルクというと、艶々した光沢のある素材で、ドレスやシャツなど特別なシーンで着るような服にしか使われないイメージもあります。しかしSILKKIでは、これまで培ってきた自社技術を活かし、丈夫でマットな質感の日常着として気軽に洗濯できるカジュアルなシルク生地を織り上げています」
さらにものづくりをするうえで、環境への配慮も欠かさない。
「SILKKIでは、ほとんどの商品を桐生のみで生産しています。そうすることで、移動の際に排出されるCO2が削減でき、必要な分だけ作ることで廃棄も減らしています」
このようにローカルの小さなコミュニティでもの作りすることで、ユーザーが満足できる製品をスピーディーにつくり、シルク産業を持続可能なものにする方向へ導いている。
SILKKIで暮らしにシルクを取り入れる
人々が愛してやまないシルク。その魅力は美しさだけでなく、機能性の高さにもある。SILKKIでは、シルクが持つ多様な機能を応用しながら、土に還る素材だけで作ることを心がけ、日常使いできるプロダクトを提案している。
たとえばSILKKIでも人気のシルクリネンの「シルッキパンツ」は、肌に当たる方をシルク、外側をリネンにしたオリジナルの生地を使用。シルクの熱や汗を放湿し、寒い時は保温し冷気から保護する機能に着目し、快適な着心地と使いやすさを実現している。
こちらのデニムライクな「シルッキパンツ」は、見た目はデニムだが内側はシルク100%。外側には綿の落ち綿を再生したリサイクルコットンを使用している。着心地もよく、メンズ・レディース問わず使いやすいアイテムだ。
マスクが欠かせなくなった昨今、肌ストレスを軽減させたいという方は、肌あたりのいいシルクプロテインを使用し、繊維産地の技術によって加工したウレタンマスクがおすすめだ。シルクにはUVカット機能もあるため、日焼けも防ぐことができる。また、ナノ銀も配合されているので、抗菌防臭効果もあり、繰り返し心地よく使うことができる。
こちらのUVミルクは、シルクに含まれる人の肌を構成するアミノ酸とほぼ同じ成分の「フィブロイン」の力を使い、紫外線吸収剤などの刺激物を配合せずに紫外線から肌をやさしく守るスキンケアアイテム。まるで美容液のようなしっとりとした感触も魅力のひとつだ。
季節の変わり目は体温調節が難しくなるもの。特に足元の冷えを感じやすい方は、シルクの靴下やレッグウォーマーで冷えとりをしてみるのもいいだろう。特に五本指ソックスは、足先をしっかり保温しながら汗を逃がし、足の臭いも防いでくれる。
天然素材の魅力を知り、愛しみのある暮らしへ
「今後もシルクの魅力を伝えながら、製品としてもさまざまな方に使っていただけるように、シルッキパンツを中心に展開していきたいですね」
そう今後の抱負を語る川上さん。性別や年齢を問わず使えるSILKKIのアイテムは、これからも私たちの暮らしや考え方にゆとりをもたらしてくれるだろう。
現在はさまざまな素材が世の中に溢れている。高機能で安価で扱いやすい化学繊維も魅力的だが、これまで人の営みに長く寄り添ってきた天然素材にあらためて目を向けてみると、意外と機能性が高く親しみを持てる素材だということを知る。
そしてなによりも、身につけると心がほんのりと満たされる気分になる。サステナブルであることが必須となる世の中に変化しつつあるからこそ、物を選ぶときに素材から吟味し、長く使いたくなるものを選ぶ視点も必要かもしれない。
SILKKI
CURATION BY
フリーライター・エディター。専門はコミュニケーションデザインとサウンドアート。ものづくりとその周辺で起こる出来事に興味あり。ピンときたらまずは体験。そのための旅が好き。