自分をケアするアイテムを上質なものに変えるだけで、少し背筋が伸びて、毎日に張りが出るように思う。中でも自分の気持ちにもダイレクトに影響し、なおかつ、身だしなみにおいても重要なのが「髪」ではないだろうか。長年愛用できるブラシや櫛を探していた私が行き着いたのが、日本伝統の「つげ櫛」だった。今回はこのつげ櫛をご紹介したい。
日本人だからこそ選んだつげ櫛
かねてから、ヘアコームやブラシは長く使える上等なものにしたいと思っていた。毎日使うものであるし、年齢を重ねて買い換えるようなものでもない。そのため何年も飽きがこないデザインで、使い心地が良いものを探していたのだ。
そんなときに、ふと思い出したのがつげ櫛だった。上質で丈夫だから長く使え、そして日本の材料と伝統的な手法で作られている点も私の心をつかんだ。
よく海外に行く私にとって、日本人らしい黒髪は大切なアイデンティティ。同じく日本で生まれたつげ櫛であれば、まるでお守りのように、異国の地でも私の精神を支えてくれそうな気がした。
一生ものの櫛で、髪をケアする
つげ櫛とは、柘植(つげ)と呼ばれる木を素材として作られている日本伝統の櫛のこと。常緑の成長がとてもゆっくりな樹木だが、緻密で均整がとれ、さらに曲げ強度や弾力性を持った材質は、櫛に最適な素材として用いられるようになった。
その歴史は古く、平安時代にはすでに貴族の化粧道具として愛用されていたと伝えられている。江戸時代に入ると、治水工事に従事した薩摩藩が膨大な費用負担を被ったことで、武士たちが内職として櫛作りを始めた。次第に薩摩のものは「薩摩つげ櫛」として名声を博し、その美しさと使い心地の良さは、現代でも名品として知られる存在である。
昨今はプラスチックの櫛が主流だが、つげ櫛は木製であるため静電気が発生しにくく、乾燥しがちな季節でも髪の広がりを抑えられる点が魅力。さらに、使い込むほどに油分がなじんで美しい飴色になり、表面もより滑らかに変化する。まるで自分だけの道具へ育っていくかのような愛着を感じられるのが、つげ櫛の魅力なのだ。
300年以上受け継がれてきた職人技。浅草「よのや櫛舗」
私が櫛を購入したのは、浅草の伝法院通りにある「よのや櫛舗」。浅草周辺では唯一のつげ櫛専門店としてよく知られている。1717(享保2)年に創業した300年以上の歴史を持つ老舗のつげ櫛専門店で、江戸期から受け継がれた技を現代に伝えている。
大正初期に現在の文京区から浅草に移り、「よのや櫛舗」として店を構えた。震災や戦災を経て、現在の店舗は平成元年に建て直したものだが、店内の内装は大正初期と変わらぬ店構えを保っている。店内は、櫛が飾られた箪笥や棚に囲まれた温かな雰囲気を感じることができる。
ここではとかし櫛・パーマ櫛・セット櫛・梳き櫛・飾り櫛・簪などを取り扱っており、素材は櫛材として最高級とされる鹿児島県指宿産の薩摩つげのみを使用。
伐採後、櫛にする前に柘植を半年間燻し、さらに半年間寝かせることを何回か繰り返す。この長期乾燥と熟成によって強靱な櫛材が出来上がるそうだ。
製作はもちろん全て手作業。中でも櫛で最も大切な歯を整える「歯摺り」という工程は、熟練の技が必要になる。使用するのは日本庭園でもたびたび見かける砥草(トクサ)だ。この茎を乾燥させ、煮て、薄く削いだものを貼り付けた棒で、櫛の歯を整えるそうだ。砥草の茎は表面がザラザラしており、昔は爪やすりや刃物を磨くために使われていた。この伝統的な手法を、今でも受け継いでいる。
仕上げは、麝香の香りをブレンドした椿油「よのや香油」に漬け込む作業。私の手元に届いた時も、櫛からは麝香の甘く気持ちの落ち着く香りがしていた。
こうして1年以上の年月を経てようやく出来上がるつげ櫛は、丹念に作られたものだからこそ備わる美しさが宿っているように思う。
オリエンタルな魅力を放つ造形美
洋服を着て、外国でデザインされた多くの生活雑貨に囲まれて暮らす私にとって、ときどき和のものは敷居を高く感じる。雑誌で見かける鉄瓶や桐箪笥など和の要素を上手に取り入れたインテリアをステキだなぁと思いながら眺める反面、相当センスが良くなければうまく調和せず、浮いた存在になってしまう気がするのだ。
けれどもつげ櫛は、とても端正で引き算された見た目。現代の生活にもマッチしやすいものだと感じる。特に「とかし櫛」であれば造形もシンプルで美しく、さらに毎日使えるから、誰もが手に取りやすいはずだ。
自分好みの櫛を選べる
自分の髪の特徴に合わせてタイプを選べるのも、自分の髪や櫛への愛着を育ててくれる。よのや櫛舗の櫛は、3種類の「櫛の大きさ」と 3種類の「歯の荒さ」から選ぶことができるのだ。
例えば大きさは、子ども用の3寸8分から、4寸2分(携帯するのに便利なサイズ)、4寸5分など、使う場所によって最適なサイズに分かれている。さらに髪の長さによって「細歯」「中歯」「荒歯」を選べるのだ。ショートやボブヘアなら「細歯」、胸より下のロングヘアであれば「荒歯」がおすすめだそうだ。またパーマヘア用の「パーマ櫛」も用意されている。
ちなみに私はボブヘアが多いことから、「細歯」を愛用している。
軽くて薄いから、旅行にも持って行きやすい
丈夫で軽く、そしてブラシなどと違い薄いつげ櫛は鞄に入れてもかさばらないから、旅行にも持って行きやすい。特に海外にいるときにつげ櫛を使うと、日本人としての自分のルーツやアイデンティティに自信を持つことができる。
お手入れをする時間に愛おしさが育つ
しっかりお手入れをして大切に使えば、一生を通じて使えるつげ櫛。私も大切に使って、いずれは誰かに譲ろうと考えている。
お手入れはとても簡単だ。用意するものは、お手入れ用のブラシ(歯ブラシでもOK)と椿油。
まずは椿油をコットンに取り、特に歯に重点を置き、櫛全体を拭く。次に埃などが溜まりやすい歯の間を、ブラシに椿油を付けゴシゴシと櫛の根元に向かってこする。最後に椿油と共に櫛の根元に浮いてきた汚れをティッシュなどで拭き取る。これを2ヶ月〜3ヶ月に1度のペースで行うと良いそうだ。
つげ櫛で、自分の髪に自信を
つげ櫛で髪をとかしていると、不思議と自分の髪に自信が湧いてくる。1日1日がんばっている自分の頭を、まるで撫でているような感覚になるからかもしれない。
さらに、髪と手で木のぬくもりや丹念に仕上げられたすべすべの表面にふれていると、それだけでとてもリラックスできる。また、上質なもので髪をケアする時間は、自分を大切にする気持ちも育んでくれるように思う。
髪をとかすだけではなく、自分の髪を愛でる時間をくれるつげ櫛。みなさんも手にとってみてはいかがだろうか。
よのや櫛舗
CURATION BY
東京都出身。フリーの編集・ライター。フランスと日本を行ったり来たりの生活をしている。