Vol.642

FOOD

11 APR 2025

200年愛され続ける究極のチョコレートケーキ。ホテルザッハーのザッハトルテ

実は日本にある数々のザッハトルテが「ザッハトルテ風ケーキ」であることを、ほとんどの日本人は知らない。濃厚なチョコレートスポンジにアプリコットジャムを塗り、チョコレートでコーティングしたオーストリア発祥のザッハトルテ。かつてオーストリアの王族は、美食の限りを尽くし、選び抜かれた素材と職人の技が光るお菓子を楽しんでいた。そんな彼らが贅沢に味わっていた特別なケーキがザッハトルテなのである。自宅で貴族気分を味わいながら、ゆったりと楽しむザッハトルテ。それはただのスイーツではなく、時を超えた贅沢な体験そのものだ。

甘い七年戦争

クリスマス時期のホテルザッハー
ウィーンの銘菓、ザッハトルテをめぐり、19世紀から20世紀にかけて起こった「甘い七年戦争」。その舞台となったのは、オーストリア皇室御用達の名門菓子店「デメル」と、ザッハトルテ発祥の場所である「ホテルザッハー」だ。

本家本元のザッハトルテは、ウィーンにあるホテルザッハーで生まれたもので、チョコレートスポンジにアプリコットジャムを挟み、チョコレートと砂糖を煮詰めて作った「グラズール」でコーティングしたシンプルな構成でできている。どっしりとした食べごたえが特徴で、現代的なふんわりケーキとは異なる、伝統菓子ならではの重厚感のある味わいだ。

ザッハトルテはホテルザッハーの見習い料理人であったフランツ・ザッハーが生みの親であり、そのレシピは門外不出のものであった。だが、3代目の時にホテルザッハーが経営難に陥り、そこにデメルが援助を申し入れた。その時、援助の見返りとして門外不出だったザッハトルテのレシピがデメルに渡ったといわれている。

発端は、ホテルザッハーがデメルを相手に「ザッハトルテ」の商標使用と販売の差し止めを求め、裁判を起こしたことから始まる。長きにわたる法廷闘争の末、1963年に和解が成立した。

ホテルザッハーが「オリジナル・ザッハトルテ」の名称を独占し、デメルは「デメルのザッハトルテ」として販売する権利を得た。争いの果てに生まれた、二つのザッハトルテ。どちらもウィーンの伝統を受け継ぐ、誇り高き一品である。

チョコレートでできたシーリングスタンプは、オリジナル・ザッハトルテだけのもの

チョコレートケーキの王様

一見ふわふわとしたケーキに見えるが、食べてみると濃厚
いわゆる世間一般的なザッハトルテは発祥の地ウィーンを飛び出し、世界中で楽しまれるスイーツとなっている。オーストリア以外の国でも、その味を再現したケーキが作られ、日本の洋菓子店やカフェでも提供されるようになった。

伝統を守りながらも、現代風にアレンジされたザッハトルテもたびたび見かける。チョコレートの種類を変えたり、フルーツやナッツを加えたりと、多様なバリエーションが生まれている。

そんな中で、ホテルザッハーのオリジナルザッハトルテは、ザッハーの公式HPから購入可能である。日本にいながら、本場ウィーンの味を自宅で手軽に味わうことができるのだ。王侯貴族が愛した伝統菓子を、200年経った現代日本で味わうことができるとは、何て贅沢なのだろう。

ザッハトルテとチョコレートドリンクを購入。グリーティングカードもついてきた。中は自由に書き込めるようになっている

チョコレートドリンクにはホテルの外観が描かれている
世界各地、様々なアレンジザッハトルテが出回る中で、唯一不動の地位を持つオリジナルザッハトルテは、まさにチョコレートケーキの王様と称されるに相応しい存在なのだ。

チョコレートと砂糖を煮詰めて作るグラズールがたっぷりとかかっている

自宅にいながらウィーンを感じて

オーストリアの首都ウィーンは、様々な文化の残る街だ。これらの文化の1つとして忘れてはいけないのがカフェハウス。

昭和レトロな喫茶店のよう
実はウィーンのカフェ文化は、2011年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されている。カフェハウスは、端的に言えば日本のカフェと同じくコーヒーを提供する飲食店である。だが、ウィーンの古典的なカフェハウスの特徴は、広々とした天井の高い建物、アンティーク調の家具、少し暗めの照明、そしてケルナー (Kellner) と呼ばれる正装したウエイターがコーヒーを運んでくれること。

そんなウィーンのカフェハウス文化を、ザッハトルテを楽しむときにぜひ取り入れたい。

ザッハトルテは寒い時期なら常温での保存が推奨されている。暑い時期なら冷蔵庫から取り出し、少し常温に戻しておくと、しっとりとした食感とチョコレートの香りが引き立つ。他のケーキと違い、冷たいままだとチョコレートの香りを感じにくくなってしまう。

温めた包丁でグラズールを溶かすように慎重に切り分ける
また、ザッハトルテのスポンジは比較的しっかりした食感だが、冷蔵庫の乾燥した環境でさらに固くなりやすいので、常温で楽しめる2週間以内に食べ切るのがおすすめだ。

伝統的なスタイルにならい、無糖のホイップクリームを添えることで、濃厚なグラズールの甘さとの絶妙なバランスを楽しめる。

ザッハトルテに生クリームはマスト。必ず添えてほしい
ザッハトルテにはこの無糖の生クリームが欠かせない。無糖のクリームが口の中でふんわりと広がり、濃厚なグラズールと調和し、後味を軽やかにしてくれるのだ。アプリコットジャム(あんずのジャム)の酸味も相まって、絶妙なバランスと完成された味わいだ。

ザッハトルテの重厚感に合わせて、脂肪分35%前後の生クリームを泡立てて準備しておこう。低めの脂肪分の生クリームを使うことで、最後までペロリと食べられる。そしてこのひと手間が、本場さながらの贅沢な味わいを生み出してくれる。

生クリームは固めに泡立てる。分離させないように注意
ドリンクは、オーストリア流に「メランジェ」(ウィーン風カフェオレ。日本ではウインナーコーヒーと呼ばれている)やストレートの紅茶を用意すると、より本格的な雰囲気に。お気に入りのプレートにケーキを盛り付けたら、まるでウィーンのカフェにいるかのような時間が味わえる。

とっておきの茶器と紅茶で楽しもう

余った生クリームを使ってカジュアルに

伝統菓子が持つ魅力

ホテルザッハーのザッハトルテのように、各国の伝統菓子には長い歴史が詰まっているだけでなく、人々の生活と密接に結びついた特別な存在だ。

たとえば、フランスのマカロンは修道院で作られたのが始まりと言われ、イタリアのパネットーネは(伝統的なドライフルーツが入った発酵菓子パンの一つ)中世からクリスマスの象徴として親しまれてきた。

紐解いていけば、その土地ならではの素材や製法を使って生まれたことも分かる。
スペインのチュロスにはオリーブオイルが使われ、ドイツのシュトーレンには保存性を高めるためにたっぷりのドライフルーツとスパイスが練り込まれている。どれも、その地域の気候や食文化に根ざした独自の工夫が詰まっているのだ。

国内外問わず「ハレの日のもの」であるスイーツは、お祝いの場で振る舞われたり、家族や友人と囲むひとときに欠かせない存在なのである。

買うのも作るのも良い。どのように楽しむかが大切
ホテルザッハーのザッハトルテは、かつて王族が楽しんでいた物だった。それが200年の時間の中で、ウィーンのカフェ文化の中へ受け継がれていき、人々が優雅なひとときを過ごすために楽しむものとなった。

伝統菓子の魅力は、その国の歴史や文化を味わうことができる点にあると私は思う。一口食べるだけで、その国の風景や人々の営みを感じられるのが、伝統菓子ならではの楽しみ方だ。

歴史が織りなすオリジナルの価値

ホテルザッハーの象徴である臙脂色が、その格式高さを主張するよう
ホテルザッハーのザッハトルテを食べるということは、単にチョコレートケーキを味わうことに留まらない。そこには、世界的に名高い「オリジナル」の価値があり、19世紀から受け継がれる伝統の重みがある。

本家本元の味を楽しむことは、単なるスイーツ体験ではなく、ウィーンの歴史や文化に触れる旅のようなもの。

お菓子は、見た目や味だけで評価されるものではない。その背景には、誕生の物語や、時代を超えて愛され続ける理由がある。伝統菓子には、その国の風土や人々の想いが込められ、「食」と「文化」が密接に結びついていることに気づかされる。

自分へのご褒美として
もし、自宅でホテルザッハーのザッハトルテを楽しむ機会があれば、その一口一口に込められた歴史を感じながら、ウィーンのカフェ文化に思いを馳せてみてほしい。

きっと、ただのチョコレートケーキを食べられるだけでは得られない、特別な時間が生まれるはずだ。

Sachertorte|ザッハトルテ