Vol.319

KOTO

08 MAR 2022

大切な本を守り、装う。ブックカバーで変化する読書の時間

時代を経て読書の方法が変わっても、紙に印刷された書籍を好む人はまだまだ多い。手で持てるちょうど良い大きさ、紙独自の柔らかな質感、ページをめくるその感触。書店や図書館、自室の本棚に並んだその姿を見るのが好きだと思う気持ちは根強く残っているに違いない。その本を守り、読む気分を上げてくれる存在がブックカバーだ。美しく装った本を持ち、ページをめくるに相応しい、新たな場所を探しに行きたい。

手に身体に、馴染むように作られた書籍

電子書籍が普及したことによって書物の読み方は大きく変わり、本に対する意識も変化した。電子書籍のメリットは数多く、本を置くスペースを取ることもないし、書店に行く必要もない。一方で紙に印刷された書籍に愛着を持つ人も多いだろう。

デジタル化が進んでもやはり読書は紙の本で、という人も多いはず
昔ながらの書籍を好む理由は人によって様々だが、本そのものが人間の体に馴染むよう作られているのをご存知だろうか。欧米では正方形や丸型など特殊なデザインを除き、一般の書籍は長方形でほぼ同じ比率(幅:高さ=5:8)となっている。

この比率は人の手の形と良く似ており、本を持ちやすいように調整されている。また本の幅が高さよりも短いのにも理由があり、高さよりも幅が長いと本を持つ際に背骨に負担がかかるからだという。

しかしながら1500年以前はこの比率に沿っておらず、本自体が非常に大きく、机の上の台座に載せて読んでいた。これは本を持ち運びすることがなかったためで、1501年にポータブルの本が生産された際にこの比率が生まれたという。つまり書籍は持ち運びやすいよう、本が読みやすいように人体に合わせ最適化されたのだ。

ブックカバーは日本だけのものなのか

書籍が好きな人にとって、本を読む場所はどこだろう。就寝前のベッドルームや通勤列車の中、あるいはお気に入りのカフェかもしれない。本はバッグにつめ込んで、何処へでも一緒に出掛けられる。だが紙の本は傷みやすく、カバーが汚れてしまったり、四隅に傷がついてしまうこともしばしばだ。

日本では書店でカバーを付けてくれるサービスがあるが、これはまず海外でお目にかかることはない。欧米の文庫本、ペーパーバックにはカバーがそもそも付いていないし、単行本であるハードカバーの大きさが多様なためにブックカバーがないのだろうと推測していたが、実はヨーロッパでもかつてはブックカバーが存在していたという。

海外の書店では、もらえることのないブックカバー。だがそこに至るまでの歴史があった
1820年代以前のヨーロッパでは現在のような本の形では製本されず、書店のために単純に綴じたものか、顧客のために特別に製本されていた。そのため所有者が皮や壁紙などを用いてブックカバーを作成していたという。

英国の初期のブックカバーは1820年〜50年代に人気のあったガーデニング、一年草の植物に関する書籍のためのもので、これらは豪奢な装丁を施されていたため、ブックカバーで保護する必要があったのだ。

だがこの時代のブックカバーは包装紙のような役割で、完全に本を包み込み、蝋などで密閉されていた。そのため本を読む際に破棄されていたが、後に現在のブックカバーのようなかたちに再利用できる包装紙も生まれている。

書店が現代と同じ形のブックカバーを使用し始めたのは1880年代以降だが、本を所有できる階級の人々は依然として特注したものを好んだという。素材は皮や上質紙、金などを使い、19世紀後半には布製のものや箱に入れて保存する方法も人気を博した。

本を所有出来るのは限られた人々だけだった時代、ブックカバーは所有者の好みに合わせて作成された
産業革命によって一般の人々も本を所有出来るようになった1900年代初頭、ブックカバーは本を保護する役割だけなく、販売促進にも使用された。派手なデザインで目立たせ、著書の経歴、他の書籍の広告が描かれるようになった。つまり西洋では、日本の「書店でもらえるブックカバー」が、本そのものに付属する「カバー」へと変化を遂げたのだ。

素材、デザインを吟味して

書店でもらえるブックカバーをその場では頼むものの、読み終えたら外してしまうという人も多いのではないだろうか。これは本棚に収納した際タイトルが分からない、ブックカバーが好みでない等、色々な理由があるだろう。

だがブックカバーを付けていないと、本自体が傷んでしまう。本が好きだからこそ大切に所有したい、そんな願いから思い立ったのがブックカバーだった。探してみれば紙製だけでなく、布や皮など多くの素材から作られたブックカバーがあるではないか。

布製のブックカバーは何といってもデザインが豊富だ。ポップなデザインやシックな色合いなど選択肢も多々あり、異なるデザインを多く持つのも楽しいに違いない。

デザイン重視で選べる布製のブックカバー。好みの生地を使って自分で作成してみても
水に弱い書籍のために防水加工を施した素材もおすすめだ。皮を素材としたブックカバーは高価格なため、好みのカラーや質感をじっくり考慮して選んでみたい。手入れに手間がかかるものの、とっておきのマテリアルは本とともに長く愛用できるだろう。

保護する目的から自分を彩るアイテムへ

本を保護するために使用し始めたブックカバー。使ってみると成程、本をしっかり保護してくれるので、バッグの中に入れておいても安心だ。ブックカバーをかけておけば、カバーから本が外れて落ちてしまう心配もない。

傷みやすい本の四隅もブックカバーが守ってくれる
何といっても本を読む時の気分が違う。好きなブックカバーを付けた本を手に取ると、気分が自然と浮き立ってくる。その弾むような気分は新たな洋服や靴を購入した際に、気持ちが高揚するのと似ていることに気付く。

本のタイトルや内容に合わせて、あるいはその日の衣類やバッグに合わせてブックカバーを選んでみたい
ブックカバーは本を保護する用途であるが、ジュエリーや衣類のように身に着けるもののひとつに変化している。おろしたてのブックカバーで本を装い、それを持って何処かへ出かけてみたくなる。

本を読む新たな場所を探しに

装いを新たにした本を持って、小さな旅に出てみたい
本を読む、それは映画を観たり、音楽を聴くのと異なり、他人と一緒に行うことの出来ない行為。自分一人だけで楽しむという、孤独でありながらこの上ない幸福な時間であるからこそ、もっと特別なものにしてみよう。寝室や通勤列車の中といった、いつもと同じ場所でなく、新たな風景の中で本を読んでみたい。

これまで乗ったことのない路線の列車、訪ねたことのない街にあるカフェ、憧れていたホテルのバー、通り過ぎるだけだった公園のベンチ…探せば幾つもの「本を読んでみたい」場所がある。

新たな場所でページをめくれば、違う景色が見えてくる
折しも季節は春、出かけるにはちょうど良い気候。これから始まる未知の物語を読むために、それに似合う空間を探しに行こう。お気に入りのブックカバーをかけて、美しく装った本をバッグに忍ばせて。