2021年4月、東京・日本橋にオープンしたアートホテル「BnA_WALL(ビーエヌエー ウォール)」。このホテルは、新たなアートや人との出会い、楽しみを見つけられる場だ。そして、遠方からの観光客だけのものではなく、都心に住む人たちも訪れる価値が十分にあるという。その魅力を探りに、実際に「BnA_WALL」へ。気になるアーティストの客室を見てまわりながら、アートホテルの楽しみ方を見つけよう。
日本橋にできたアートホテル。その特徴とは?
BnAは、これまで高円寺の「BnA HOTEL」を皮切りに、秋葉原の「BnA STUDIO」、京都の「BnA Alter Museum」を続々とオープンさせてきた。「BnA_WALL」は、ただ単に客室にアートを飾るのではなく、アーティスト自身が一から空間設計を手がけているという特徴がある。
さらに、世界初の「アート作品に泊まることでパトロンになれる」という試みを行い、宿泊料金の一部をアーティストに還元する仕組みを導入。日本のアートホテルを革新し、牽引する存在だ。
今回新しく日本橋に登場した「BnA_WALL」も、東京を中心に活動する気鋭の若手アーティスト14組が参加している。これまでと同様に部屋ごと制作し、26部屋の空間そのものがアートな客室を完成させた。チェックインからチェックアウトまで、長い時間アートと触れる機会を作ることで、鑑賞する側とアート、そしてアーティストとの新たな関係の創出を目指しているのだという。
現在再開発が進んでいる日本橋周辺は、新しい形態の大型施設が続々と登場し、古さと新しさを掛け合わせたような、変わりゆく街並みを楽しめるエリアだ。「BnA_WALL」は、その裏側にあるローカルの立ち位置として、街のカルチャーが生み出されていくためのハブとしての存在も担っている。
さっそく気になる客室へ。SIDE CORE 「昼がみた夢 - daytime's daydream -」
まず訪れたのは、3Fにある「BnA_WALL」のスイートルーム。匿名のアートチームSIDE COREが手がけた、「昼がみた夢 - daytime's daydream -」という客室だ。メンバーには、グラフィティライターや映像作家、キュレーター、アーティストが参加。公共空間を舞台に、ストリートカルチャーの視点から作品を制作している。
この部屋のコンセプトは、「東京の風景の中に潜む”街の記憶”を追想する空間」だという。全体的に青とグレーで統一されているので、落ち着ける空間だが、部分的に見ていくと「あれ?」という感覚を覚える。
まずは床に注目してみよう。床には一枚一枚異なる凹凸があるユニークな柄のタイルが敷き詰められ、濃さの異なる青い釉薬が空間に不思議な深みを出している。タイルの柄は東京のどこかの路面や壁面を3Dスキャニングし、切削して再現しているそうだ。じっくり見ていると、「これはマンホールの一部だろうか、これは野良猫の足跡だろうか」などと、街の痕跡を探し始める。
さらに別の部分に注目すると、ベッドの土台は道路の縁石、ライトは街灯、自動販売機と公園に置かれているようなメッシュのゴミ箱、壁には劣化した標識文字など、本来屋外に設置されているものが室内に持ち込まれ、家具や調度品として生かされていることに気づく。
このように、床やソファで寛ぎながらじっくり部屋を眺めていると、部屋のいたる所に「これはなんだ?」というものを見つける。そして、「これはこういうシチュエーションなのかもしれない」などと、次々に解釈が浮かび上がり、部屋そのものがアートとして機能していることを実感する。自分自身も街の一部として、東京の街が体験してきた記憶に思いを巡らせる一晩になるはずだ。
眠れない夜を楽しむ magma「HARDCORE GAME ROOM」
続いて訪れたのは、4Fと5Fにあるmagmaの「HARDCORE GAME ROOM」だ。
magmaは、杉山純氏と宮澤謙一氏の2人からなるアーティストユニットだ。廃材や電動器具などを組み合わせながら色彩豊かな作品を制作し、どこか懐かしく奇妙な世界観を創りだしている。2017年にラフォーレミュージアム原宿で開催された、活動10周年を記念した大規模個展も記憶に新しい。
magmaが制作したこの奇想天外な2つの客室のテーマは、ずばり「ゲーム」。壁にはオセロ版やゲームのようなドット絵のグラフィック、天井付近にはたくさんのバスケットゴールなど、ぎゅうぎゅうに遊び心が詰め込まれている。
ライトとして使えるメガネは、鼻オブジェの穴からぶら下がる紐を引っ張ることで点灯。もう一つの穴からは、ティッシュが出てくるというユーモアたっぷりの仕掛けが満載だ。
ワクワクして眠れなくなりそうな空間なので、純粋な好奇心を掘り起こしたい方におすすめしたい客室である。
異次元空間で瞑想を。YOSHIROTTEN 「Float」
日常の疲れを癒し、自分自身と向き合いたいという方は、5Fにあるジュニアスイート、YOSHIROTTENの「Float」を利用するといいだろう。
YOSHIROTTENはグラフィック、映像、立体、インスタレーション、音楽など、ジャンルを超えて様々な表現活動を行うアーティストであり、アートディレクターやデザイナーとしても活動している。
エントランス付近のスペースには、曲面の壁とYOSHIROTTENのグラフィックアート、そしてミラーの円形ローテーブルがあり、中心にはクリスタルと音叉が置かれている。腰を下ろして曲面の壁に寄りかかり、ゆっくりと瞑想してみるのもいいだろう。
「Float」では、究極の休息、リセット、イマジネーションの増幅、そして精神の深化のためのメディテーションルームとして作られ、地上の時空間と切り離された異次元の世界を表現。全方向から光に包まれて、まるでSF空間に入り込んだような感覚を覚える。光と音に全身を包み込まれて、自分の内面と向き合う贅沢な時間を過ごそう。
ラウンジでアーティストとの交流も
ひと通り部屋を見て回ったので、ラウンジへ。コンパクトだが、寛げるソファやバーカウンターが置かれ、アートやオブジェなども飾られている。訪れた人とアーティストが気軽に交流できる場だ。今後はライブペイントや交流イベントなど、宿泊者以外も楽しめるイベントが開催されるという。
「BnA_WALL」はWALLという名の通り、施設の地下1Fから1Fへと貫く巨大な壁が設置されている。ここに数ヶ月に1度、アーティストが巨大壁画を制作。2021年4月2日からは、アーティスト/ペインターの高橋洋平氏が壁画制作を担当している。
地下1Fには、ファクトリースペースやレジデンスも備えられ、今後もワークショップやアートシンキングの時間を提供するイベントを開催するなどして、アートと触れ合う様々な機会を創出していくという。客室、ラウンジにかかわらず、作品の入れ替えも不定期にあるため、訪れるたびに変化し、新たな発見をもたらしてくれるだろう。
フィジカルな感動が、新しい視点を切り拓く
仕事環境がリモートワークに移行し、都心での暮らしは様変わりしつつある。そんな中、アート空間に滞在したり、アーティストやアート好きな人たちと交流したりすることは、今まで以上にアートに親しむことになり、感性が切り開かれ、SNSなどでは簡単に消費されない体験になるだろう。
ホテル内に置かれているアート作品は、一部が購入の相談ができるようになっている。ここで長い時間アートと触れ合い、作品を気に入ったら、購入して引き続き自宅で楽しむのもいい。まずは気になる部屋を見つけて、体験するところからはじめよう。都心に暮らしている方も、アートホテルに泊まることで、今まで知らなかった東京を見つけることができるはずだ。
BnA_WALL
住所:東京都中央区日本橋大伝馬町1-1
電話:03-5962-3958
https://bnawall.com/
CURATION BY
フリーライター・エディター。専門はコミュニケーションデザインとサウンドアート。ものづくりとその周辺で起こる出来事に興味あり。ピンときたらまずは体験。そのための旅が好き。