太くても細くても同じパワー
「太い線と細い線で『線の強弱』をテーマにして、シンプルに”絵”のパワーを表現してみようと思いました。今まで描いたことがないテーマだったので、せっかくなら自分の中で新しい雰囲気の作品にしてみました」
線の強弱をより際立たせる黒とグレーの大人しい色使い、なびいている服のラインを抽象的に捉えたグラフィカルな構成。どちらも彼女にとっては新しい技法だ。そして、テーマとなっている線には新しい画材を使ったそう。
「こんなに太い線を描くことがなかったので、カリグラフィー用のつけペンを使ってみました。一番太い線は平たいペン先、中位の太さは丸いペン先です。いつも使っているGペンで、肌や髪の毛の細い線の繊細さも保ちつつ、太い線で区切ることによって画面にダイナミックさを出しています」
緊張感のある細い線と大きな動きのある太い線が、お互いを引き立て合っているおかげで、細い線が持つ力強さも同じように感じることができる。人一倍強いこだわりを持って線を描いている彼女だが、時たまにそれが行き過ぎたこだわりのように感じることもあるのだとか。そんな時は描くだけでなく、絵を見ることでも感じるパワーで気持ちを立て直しているそう。
「凄く線が好きで、自分もこだわっている所ですけど、そもそもテーマや構図が良くなかったら、良い線を引けても良い絵にはならないし、色が良くなかったら結局台無しになってしまうんですよね。絵は線だけじゃないので、良い線を描くこと以前に『良い絵が描けたらいいじゃん』って思い直してリセットしています」
「決まった表現に固定せず、色んな表現をしてみたい」と話す通りに、新しい表現に挑戦した今回の作品。グラフィカルな太い線と、描き慣れた細い線が織りなす「線の強弱」は、彼女の線と絵に対してのパワーを迂回して表現されている。
こだわりは絵のスパイス
「変な作りの服が好きなんです。普通のシャツに見えても襟の形が変わっていて面白いなぁとか、ちょっとしたディテールを見るのが凄く好きで。私自身は洋服を沢山持っているようなタイプではなくて、良い服があったらたまに買って着るくらい。自分が着たいというよりは、見たり描いたりすることの方が好きです」
「変な服」を見た時と同じように「ここが面白い」から生まれた作品のひとつが、皿洗いをする女性の絵だ。
「たまたま家にあったゴム手袋をよく見てみたら、でこぼこした薔薇とか細かいレースの模様が裾についていて、『こんなファンシーなゴム手袋で皿洗いしてたんだ(笑)』って思って、そのギャップが面白かったんです。この絵でも、皿洗いにそぐわない格好にさせたくて、サボテンなどの細かい刺繍を頑張って描き込みました」
ゴム手袋の華美な装飾のギャップに、単純に美味しそうなパイを描かない発想や目の付け所に感じるのは強いユニークさ。その“強さ”に引かれて、見る人も同じように、彼女の「ここが好き」「ここが面白い」に自然と惹かれるのだと思う。
何か引っ掛かる美しさ
「見た人に何か“引っ掛かり”のある絵が描きたいので、綺麗なだけの絵にはならないように、『これってどういうことだろう?』って考えられる余地を絵の中に残すようにしているんです。なので、一応の設定は自分の中にありますが、本当は解説しないで自由に楽しんで欲しいなっていう、描き手としての私の個人的な思いがあります」
余地を残すためにしていることは、絵の人物がどんな感情を抱いているのか想像を膨らませられるように、表情豊かな顔を描かないこと。そして、言葉で想像を縛ることのないように作品にタイトルをつけないことだそう。
下の作品は、個展「気泡」(2020年/ギャラリールモンド)で展示されたもの。「気泡」というテーマに対する考えだけを頭に入れたら、彼女の言う通りに、ここでは個々の解説はなしで、その“引っ掛かり”をそれぞれ自由に体感して楽しんでみて欲しい。
「気泡って、硝子の中にある時は綺麗でキラキラしたものに見えますけど、スマホの画面に保護フィルムを貼る時に入り込むと、凄くイラっとするものでもありますよね。綺麗だけど、そういう存在でもあるのかな、と。自分の絵の中では、どっちの気泡も大事にしたいなと思ったんです」
描きたいものを描きたい時に
「装画やファッションに関わる仕事など、まだまだやりたい事はたくさんありますね。でも、絵のテーマに関しては、この先描いていきたい具体的なものは正直ないんです。その時に自分が良いと思ったものを描ければ、それで良いと私は思っているので、行き当たりばったりみたいなところはありますが、その時々に見て頂いて、楽しんで貰えたら嬉しいです」
「線」「こだわり」「引っ掛かり」のキーワードから紐解いてみて分かったのは、彼女の絵は見る人に対して“目”だけではなく、“感性”を開かせるようなパワーを持っているということ。これはどんな絵だろう?と自分でテーマを解釈してみたり、不思議な余韻に浸らせてくれたり、色々な角度から絵の中の余地を楽しませてくれる。その時々に彼女が見つける「ここが好き」や「ここが面白い」を見逃さないように、今後も制作活動に注目だ。
Information
2021年3月12日(金)― 3月22日(月)
場所:ondo STAY&EXHIBITION(東京)
https://ondo-info.net/
大津萌乃
Official Website: https://ootsumoeno.tumblr.com/
Instagram: https://www.instagram.com/ootsumoeno/