マイナスは、表現する原動力
「私が『耐える』とか『持続する』パワーを感じる瞬間が、着替える時なんです。大多数の人が、朝起きて会社に行って仕事をするっていう毎日をこなしていて、たとえ元気がなかったり辛かったりしても、身体が動く限りはシャツの袖に手を通して、外に出てその日一日を始めなきゃいけないんですよね。自分もそうだし、みんなも恐らくそうなんだろうなぁって考えていたら、この作品が出来上がりました」
誰もが一度は抱く「仕事したくない」や「会社に行きたくない」というマイナスな気持ち。それに耐えてシャツの袖に腕を通し、それぞれの一日を始めていく。明るい配色や丸みのある線でポップな雰囲気の作風とは裏腹に、このリアルでマイナスな気持ちこそが彼女が絵を描くスタート地点だと言う。
「誰にでもあるような悩みを抱えている時や、すぐには解決できなくてどうにもならないような時に、気を紛らわせるために絵を描いていることが多いです。描くことで解決させようとか、モヤモヤを解消しようというわけではないのですが、そういうマイナスなもの全部から、自分の『表現する原動力』が生まれているのだと思います」
スタート地点はマイナスだけれど、それ以上に絵を描いて表現することを楽しんでいる彼女にとっては、たとえ会社に行きたくない憂鬱な朝でさえ、表現する原動力となり、「耐える力」や「持続する力」へと変換される。それは外からは見えないけれど、みんなが持っている内側で光るパワーだ。
ぬいぐるみのようにパッケージする
「私が感じたマイナスな気持ちをそのまま描いたら、見る人もマイナスな気持ちを受け取ってそこで終わりになってしまう気がするので、どんなに内側に憎悪とか悲しみがあったとしても、可愛い包み紙とリボンでキュッと包むイメージで、人に見せられるように“パッケージ”しています。全体的に明るい色を使うのはそういった理由からです」
「パッケージする」という発想は、数年前から集め始めた「ぬいぐるみ」と共通していることがあると言う。それは物作りをする人ならではの面白い発想だった。
「本物のクマとぬいぐるみのクマって、見た目的には実際かなり違いますよね。でもデザイナーやパタンナーが平面の紙に描いた動物を型紙に起こして立体にするっていう流れの中で、デフォルメするために要素を捨てて分かりやすくすると、本物のクマではないぬいぐるみでもちゃんとクマだと認識できる。その物作りの流れが好きなんです。私も絵を描く時にマイナスな気持ちを一旦自分の中で整理整頓して、変換とか翻訳する感じでパッケージしているので、似たようなことをしているなって思います」
散歩で見つける小さな喜び
「言葉で説明しづらいのですが、例えば、行ったことのないような場所に見える場所とか、何なのかよく分からない物が道の真ん中に落ちていてなんだか面白い状況とか、何かしら自分の心が浮き立つようなものが曲がり角の先にないかなって思いながら、いつも歩いています」
人は住み慣れた土地や見慣れた景色に愛着を覚える反面、退屈感を覚えることもしばしば。でも彼女の場合は、近所の街でもただ歩いているだけで楽しいのだとか。それは、見るもの全てが真新しく見える老化しない視点を持っているから。そんな子どものような目線で生まれた作品のひとつが「散歩」だ。
「曲がった先に見たこともないくらい、めちゃくちゃに丸い植木があるという状況だけで嬉しくなっちゃいます。お金がかからなくて、すごくコスパがいいですよね(笑)本当に何でも良くて、私にはこんなちっちゃいことで充分なんです」
「昼間の渋谷駅の構内なのに誰も居なくて、まるで行ったことがないような場所に見えていいなぁと思って撮りました。最初から人が居ない場所より、普段から人が沢山居るような場所が閑散とした状態になっていると、人が居ないことの貴重さを感じられて『なんか今日人少なくない?』ってなるのが楽しいんです」
想像に生きる怪物たち
「丸い植木を見た時みたいに、自分が予想し得ない出来事や未知のものに“遭遇したい”って気持ちが昔からずっとあるんです。曲がり角の先に怪物が居て欲しいと思うし、もしくは怪物と遭遇するのと同じくらいにスペシャルな出来事が起きて欲しいって思うから、それを記号的に全部ひっくるめて怪物として描いています」
怪物という記号になった彼女の理想の状況や空間への願望。キャッチーで目を引く存在であると同時に、メタファー的な表現方法としても作品の中に存在している。下の作品は、あるものを怪物に見立てて描いた理想の状況の絵「次の姿−1」だ。
「台風とか豪雨の後の晴れた日って、街中に壊れた傘がたくさん置き去りにされていますよね。でもいつの間にか姿を消していることが凄く面白く感じると同時に、ボロボロになった上に持ち主がいなくて動けない傘がなんだか可哀想だから、それを“回収する係”の人が回収して、次の姿になって別の人生を送ることができる状況を想像して描きました」
「例えるなら、完璧に好きなタイプの人間が目の前に現れたとしても、実際には眺めるだけで充分みたいな感覚に近いかもしれません。怪物も見てみたいけど見たくない、行きたいけど行きたくないし、行かなくていいかなって。自分の想像の中で存在しているからこそ、理想の“純度”が高くなるのだと思います」
行けないからこそ、存在しないからこそ良い。なぜなら、純度の高い彼女の理想の中でなら、行き場を失くした傘も転生して絵の中で生きる怪物になれるから。この「理想」と「怪物」を生み出すクリエイティブな思考は、どこを探しても彼女の頭の中にしかない稀有なものだと思う。
平熱37度の「好き」
「モヤモヤすることをずっと考えちゃうのと同じで、好きな食べ物はずっと食べていられるし、面白いと思ったものもずっと面白がっていられるところがあります。でも、ずっと大爆笑じゃなくて、ずっとニヤニヤしているような、高体温じゃなくて平熱よりちょっと高めの状態を維持している感じなんですよね。冷めにくくて、自分の“好き”に対しては、それこそ『持続している』のだと思います」
マイナスな気持ちから始まる分、それだけ熱量が込められている作品たち。冷めることのない彼女の「好き」という気持ちから、どんな理想の状況や空間を見せてくれるのか。決して会えない怪物に会えることを願いながら、これからも作品の発表を楽しみに待ちたい。
この展示会は終了しました
会期:4/3(土)〜4/23(金)、5/8(土)〜5/28(金)
場所:RISE GALLERY
東京都目黒区碑文谷4-3-12 1F イオンスタイル碑文谷真裏
12:00ー19:00 ※月・火曜休廊
https://www.rise-gallery.com/index.html
millitsuka(ミリツカ)
https://millitsuka.tumblr.com/
https://www.instagram.com/millitsuka/?hl=ja