Vol.183

KOTO

17 NOV 2020

<SERIES>アーティストFILE vol.16  普通の美しさを見つける。太田侑子

1988年奈良県出身。金沢美術工芸大学大学院修了。2017年に油絵作家からイラストレーターに転向し、美しい光と影が映える静物画や風景画で数多くの挿画などを手掛ける。2016年ザ・チョイス年間大賞優秀賞、2018年東京装画賞入選。主な仕事に『読楽』(徳間書店)2019年1月号〜12月号表紙、『カクレカラクリ』(森 博嗣著、講談社文庫)の装画、『競歩王』(額賀澪著、光文社)の装画などがある。テーマ「パワー」で描き下ろしてもらった作品を元に話を聞いた。

生活を美術する

「power」

彼女にとって「パワー」は凄く新しいテーマだったと言う。それは、彼女がいつも「静寂」をベースに制作をしていて、パワーのように“力”が伴うイメージのコンセプトを持って描いたことが今までになかったからだそう。

「どんな物をパワーとして捉えるべきかと考えた時に、私は食べ物や器のように日常で必ず必要なものに『美しさ』を見出すことが多いことに気付きました」

今までいくつもの「パワー」を様々なアーティストに描いてきてもらったが、食べ物の絵は今回が初めて。シンプルな食べ物の絵に、どんな美しさが込められているのだろうか。

「例えば、美しい器に食べ物を盛り付けると、食べ物がより美味しそうに見えますよね。そうすると気持ちが何だか穏やかになって、充足感が生まれる気がするんです。より美しい盛り付け方を自分で考えて、それを人に出したり自分の食卓に出したりして楽しむ。そういう自分の思う美しさみたいなものを大切にして、生活の中に取り入れることが自分のパワーになっていくなって思いました」

スーパーで買ってきた食べ物を、綺麗な器に盛るという行動は、彼女のいつもの生活の一部。小さい頃から食事の時に出てくる器にこだわりがあって、「少しでも美しい方が、生活が豊かに見えるでしょ?」と母親にも言っていたそうだ。

「美しいことって、専門的な勉強をしていなくても、色んな人が好きに考えることが出来るジャンルだと思っています。学んだことだけではなくて、その人達が生まれ育って、培ってきた知識や感覚で美しさを見出していく行為ってすごく素敵だなと。それって心にゆとりや豊かさをもたらしてくれることやから、そういう小さなことを『美術する』ことが生活のプラスになっていくと思います」

小さな生活の切れ端を、より自分好みに美術する。それによって生活も心も豊かになるという彼女の考え方自体が、シンプルでとても美しいことだと思う。静かな佇まいで置かれているフルーツには、些細な美しさに気を配ることが出来る彼女の心の豊かさとパワーが現れていた。

物語をつくる光と影

「私、ぶどうめっちゃ好きなんです」と奈良弁で明るく、笑顔で話してくれる彼女。一粒一粒が艶々に光るぶどうが印象的な今回の作品。光を引き立てるバナナや器に落ちる影もリアルで美しい。彼女自身も「光と影があることによって、立体感と作品に物語性が生まれるから」と意識してずっと描き続けてきたモチーフだそう。

下の作品は彼女が手掛けた、森谷明子『南風吹く』(光文社文庫)の装画。これは離島に住む高校生達が俳句甲子園出場を目指し、過疎が進む島での暮らしや進路の葛藤などを描いた青春小説。

「南風吹く」(装画)

「影の長さや影の量で、時間帯を表現したり登場人物の気持ちを代弁出来たりと、光と影の形で伝えられることって多いと思っています。もし光が強く当たって、影が全くない絵だったら、この物語の雰囲気が伝わらないのかなと。長く伸びたフェリーの手すりの影を描くことによって、広い海に囲まれたおおらかな島で、色々なことに悩みながらも成長していく男の子の雰囲気が出ればいいなと思いました」

もし影がなかったら、もし影が短かったらと、彼女に言われるまま想像してみると、確かに絵の雰囲気は凄く変わる気がする。爽やかな絵ではあるが、ある程度の影があることによって、少しだけ寂しい感じや青春のしょっぱい感じが伝わってくる。

本を開く前に装画を眺めて、物語のヒントや雰囲気を感じ取ってから読んでみたり、読んだ後に自分が感じたものを絵と答え合わせしてみたりするのも面白いかもしれない。そうしたら、彼女が描く光と影が醸し出す物語性をより楽しめると思う。

静かな絵に耳を澄ませて

旅好きの一面も持つ彼女。いつでもどこでも、ついつい光と影を見ながら歩いてしまうそうで、とにかく写真を沢山撮って資料として蓄えているとのこと。数々の旅先で見た景色をモデルにして描かれる風景画は、見る人に「行ってみたい」と思わせる。作品を見ていて「ここはどこだろう?」と気になったのが「燕の病室」。これはスペインのサン・パウ病院をモデルにしていて、“影の中”を描いた絵だ。

「燕の病室」

「建物の中全体が影に覆われていて、光が少しだけ入っているところを描いてみたかったんです。個人的に上手く描けたかなと、お気に入りの絵です。それにこの場所も、もし鳥が飛んでいても翼の邪魔に全くならないくらいに、天井が高くて広くて、凄く素敵な所でした。私、燕が好きなので『燕が飛んでいたら良いだろうな〜』と思って、実際の場所と自分の想像を混ぜて描きました」

いくつかある国内の旅先を描いた絵の中でも、特に周りからも好評だったのが鳥取砂丘を超えた先にある海を描いた作品だ。

「海を見に行くのが大好きで、特に鳥取砂丘や石川県にある千里浜みたいに、広い砂浜がずっと続く場所に出かけて、じっと黙って、ぼーっとする時間がすごく良かったです。この絵は鳥取砂丘と千里浜の、二つの旅先の良い思い出をミックスした感じでもあります」

「海」

どの絵を見ても共通して感じることは、彼女が最初に言っていた通り「静寂」だ。作品から聞こえてくるのは、フェリーの動く音、燕の鳴き声や波の音だけで、まるで絵の中の密閉された空間にいるように、関係のない雑音は聞こえてこない。彼女の絵を見ていると、聞こえない音に耳を澄ませることで、見る人を旅に連れて行ってくれるような気持ちになる。

見る人の感覚を大切にする

元々は油彩画出身の彼女。安定して仕事をするには何かしらの賞をとらないといけないと思い、コンペティションに出品を続けた。しかし実際に賞を取るも、あまり手応えを感じられなかったそう。

「賞を取っても何かがすぐに起こるわけではなく。すぐにレスポンスが返ってくるわけではないので、良い意味で鈍感な精神力でずっと絵を続けていける人こそが、現代美術をやっていくべき人なんやなって気付き始めて。私はせっかちなので、それが我慢出来なくなってきてしまったんです」

絵画や現代美術はギャラリーに足を運ばないと見ることが出来ないことが多く、沢山の人の目に触れることが難しくなってしまうことにも違和感を感じるようになったそう。それから意を決し、イラストレーターの道を進むことに。

「絵画は一点物ですが、描いたイラストが印刷されて本の表紙になると、色んな所に配られて見てもらえる機会がありますし、それこそ絵に興味のない人も見ることになりますよね。そう思うと、今は色んな人に寄り添う絵が描けていることが凄く嬉しいです」

そうしてイラストを描き始めてから、第一に「人がどう思うか」ということを意識するようになったと言う。

「自分よがりの好きな絵ばっかりやと、みんなが嫌な気持ちになるんじゃないかなって、個人的に思います。自分を自由に出し過ぎて縛りが全く無い状態よりは、ある程度の縛りがあるから絵が良くなるのかなと。これもある意味『静寂』ですね。静かな絵の中にも楽しそうな雰囲気や爽やかさとか、良い意味で普通の空気感のような、みんなが心地良いと思うものを取り入れて描くことを意識しています」

3月にHBギャラリーで開催した個展「影の中、光の中。」で一番人気だった作品が「メリーゴーランド」。この作品が人気だったのは、彼女からすると意外だったそう。

「メリーゴーランド」

「この作品は、ただ美しい影を伸ばしたかった絵なので意外でした。個人的にそこまで思い入れのない作品とか『こっちの方がめちゃくちゃ頑張ったんですけど!』っていう絵が全く人気なかったりして、『そんなにええか?』って思ったりすることもあります(笑)。でも、それが良い意味の“普通”っていうことやから、みんなに見てもらって、みんなが良いという感覚は、本当にちゃんと大切にしないとなって思います」

絵画の世界を経験し、イラストレーターとして活動を始めてから約3年。今はまだ自分の持てる技術で描ける絵を描くことに精一杯だと言う彼女。それでも、心のゆとりを持つ事を忘れずに、自分の生活を自分なりに美術している。美しさへのこだわりはもちろん絵にも反映し、それは光と影が生み出す物語にもなる。これから彼女はどんな「普通の良さ」を発見するのだろうか。今後も作品を見るのが楽しみだ。

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