Vol.208

KOTO

12 FEB 2021

<SERIES>アーティストFILE vol.18 糸を紡いで世界を創る。奥見伊代

兵庫県在住。イラストレーター・刺繍作家。京都造形芸術大学ファッションデザインコース在学中に刺繍と出会い、絵としての刺繍の表現に興味を持ち、卒業後イラストを学ぶ。現在は刺繍と色鉛筆の2種類を使い分けて制作している。主な仕事に、近鉄百貨店2020年クリスマスビジュアル、石川県能美市・能見ふるさとミュージアム内「こどもミュージアム」壁面イラスト、キングジム「おおきめシール」イラスト提供など。今回はテーマ「パワー」で制作してもらった刺繍作品を基に話を聞いた。

心の中にある創作の泉

「my sanctuary」

“sanctuary”とは、日本語で「神聖な場所・聖域」「避難場所」という意味である。タイトル通り、彼女の心の中にある聖域のような場所の風景を描いたのが「my sanctuary」だ。それは彼女自身のパワーの源であり、創作の源でもあるそう。

「子どもの時の記憶や旅先、散歩で見かけた気になった風景、映画のワンシーンや自分の中で気になるものなど、今まで見たり聞いたり、感じたものや好きなもののカケラが積もっているような、小さな庭やオアシスのような場所です」

ジャングルのように生い茂った草木をかき分けて行くと、開けた場所にあるのが彼女の“庭”だ。種類豊富な植物と神道では神の使いともされる鶏や猿などの動物達は、よく作品に登場するモチーフ。それらに囲まれた東屋の下に座る二人には、彼女自身が投影されている。

「この双子は、チェスをするネガティブな私と本を読むポジティブな私が問答しているイメージです。改めて自分の性格を考えてみると、勢いで楽しい事ややりたい事をやろうとするポジティブな私と『どうしようどうしよう』って悩んでしまうネガティブな私が居るなと思って。本は知識の源、チェスであれこれ考えてしまうことを表しました。でも実際チェスは出来ないです(笑)」

ひとつひとつの言葉をゆっくりと話し、「基本的にネガティブで根が暗いんです」と笑いながら言う様子から、彼女が悩みがちなのはこの刺繍のように丁寧な性格故のことなのだろうと感じる。感情の浮き沈みが激しい時や行き詰まった時などに、sanctuaryに“潜る”ように自分自身と向き合って、ニュートラルな自分に立ち返るようにしているそうだ。

「言葉で表現しづらいのですが、例えるなら『ふしぎの国のアリス』で兎を追いかけてアリスがふわふわと穴に落ちていくシーンのように潜っていく感覚です。落ち込んだ時や制作する時に白いノートを開いてぼーっとして、そこへ潜っていくと、段々と落ち着いてくる避難場所のような所です」

「私の場合、創作をすること自体が私のパワーになって、そのパワーの源をくれるのがsanctuaryなんです。湧いてくる泉のような感じで、そこが止まってしまうと創作が進まなくなってしまって、泉が潤っていると、創作が出来て私も元気になります」

「自分が自分のことを一番よく分からない」と彼女は話すが、自分で自分を落ち着かせられる術を持っているのは、自分自身によく向き合ってきたからこそ。心の中に避難場所を持っている彼女は、きっと自分が思っている以上にパワーの使い方が上手なのだと思う。

「園」で結びついたイメージ

昔から自分の中に“庭”のようなものがあることは自覚していて、それが初めて形となったのが、2020年5月ondo galleryで「園(その・えん)」をテーマにした個展「sanctuary」だった。

「楽園や庭園、植物園などに興味を持って調べていくうちに、自分の心の中にも楽園のような閉ざされた場所があるなと思って。さらにテーマを深堀して考えてみると、『園』が持つ “隔離された安全で美しい場所だけど、ちょっと寂しげで退屈そうなイメージ”が自分の内面にリンクして繋がった気がしました」

今回の作品は“彼女の”sanctuary。この個展では、そのテーマ通りに「神聖な園」を彼女なりに表現した作品を展示した。作品「桃園にて」は、桃園でのあるシーンを想像して刺繍で描いた作品だ。

「桃の香りに誘われて、さらわれるのを待っているようなところです。本当はその隔離された桃園から出たがっているけど、勇気がなくて出られない、でもさらわれたいと思っているような感じ。中央の影から伸びる黒い服を着た人の手は、外の世界との繋がりを表現しています」

「桃園にて」

この作品を見て気になるのは、地面に座る二人が着物のようなものを着ていて、西洋的な雰囲気の中に東洋が混じっていること。それはこの個展に「シノワズリ」(フランス語で『中国趣味』と言う意味。西洋人の東洋文化への憧れから、東洋風デザインを用いること)を取り入れているからだそう。作品「苔盆景」は、彼女がイメージする東洋的楽園を色鉛筆で描いたものだ。

「元々植物も好きでしたし、シノワズリもすでに自分の中に蓄積されていたキーワードでした。テーマについて考えていた時に、小さなお盆の上に自然の景色を作って鑑賞する盆景という芸術が、自分の楽園・庭を閉じ込めている世界、sanctuaryに見えたんです。記憶の中のものと新しく見たもの、小さなものが繋がっていって新たなアイデアを発見しました」

「苔盆景」

刺繍は絵と自分の架け橋

元々は大学でファッションデザインを学んでいた彼女。クラスメイトが作った服に刺繍をしているのを見て、自分もやり始めたことがきっかけで刺繍の魅力に惹かれたそう。初めは刺繍本を参考にするも、複雑なテクニックに追いつけず、早々に諦めて自分流で縫い始めたと話す。

「好きなように縫ってみたら意外と自由で色んな表現が出来ることを知って、もっと突き詰めたいなって思ったんです。昔から絵を描くことは好きでしたが、刺繍で描くにしてもベースのイラストを学んだらもっと広がりが出るかもと思って、イラストの道を選びました」

それからの刺繍作品はブローチなどの小さな物だったが、個展「wander about」(2017年/ondo gallery)から、今の刺繍イラストの制作スタイルになる。当時「もっと自由に描ける」と手応えを感じたそう。この個展は、空から落ちてきた流れ星が色々な所を旅する様子をテーマにしている。作品「回遊」は、成長段階や環境の変化に応じて生息場所を移動する回遊魚が海の中に落ちてきた流れ星たちと、新たな居場所を求めて旅しているところだ。

「回遊」

気の遠くなるほど繊細なグラデーションに細やかな色遣い、童話のような物語性を感じさせる雰囲気に彼女の発想の豊かさ。見ているだけで楽しくなる“刺繍で描かれた”イラストたち。表現方法として、なぜ刺繍を選んだのかを教えてもらった。

「性格的に細かい作業が合っているのはもちろんですが、刺繍で描くと凄く時間がかかる分、糸の重なりとか流れに気持ちや積み重なった時間が感じられる気がするんです。執念じゃないですけど熱量がこもっているというか、その『針の重さ』みたいものが好きです」
彼女の縫い方はオリジナルという訳ではなく、ただただ「線」で縫っている。それは色鉛筆で線を重ねていくのと同じように、一針一針丁寧に、糸の線で紡ぐ物語が彼女のイラストだ。他の人が絵の具やペンを使うように、絵を描きたいから刺繍という道具を使い、表現したいから刺繍を使う。その刺繍という表現方法は、創作することで自分を保つ彼女とイラストを繋ぐ架け橋みたいなものなのかもしれない。

これからも変わらず、誰かのために

話を聞いていて伝わってくるように、彼女は感覚的な人で鋭い感性を持っている。その直感に従って絵を描くことを大切にしているが、縫っている時はどうしても同じ作業の繰り返しで、深みにはまってしまう時があるのだとか。

「ふと我に帰ると『こんなことをしていて良いのかな』と思う時があって。自分で選んだ好きな事なのに、もちろん全力でやっているので楽をしている訳でもないのに、“チェスの自分”が出てきて、ぐるぐると余計なことを考えてしまうんです。自分は苦しまないといけないのでは、とか(笑)」

何故そう思ってしまうのかを聞いてみると「もしかしたら、前世で悪さでもしたのかもしれないですね」と楽しくユーモアたっぷりに答えて笑わせてくれた。少しネガティブな方向に考える思考回路も、彼女のチャームポイントのひとつなのだと思う。最後に今後の展望について聞いた。

「自分の作品を百貨店の紙袋に使って頂いた時とか、他の人の手によって作品が形を変えて沢山の方に見て頂けた時に、自分一人で創っている世界が広がったような気がしました。最近は、家に籠っている期間に手芸が盛んになったりとか、芸術やエンタメの持つ力が見直されたりしているのを見て、直接的なことは出来ないけど、私の作品も遠回しに誰かを喜ばせることが出来たら良いなと思っています。これからも多くの人に届けられるように、変わらず創っていきたいです」

あれこれと考え悩んでしまっても、絵を描くことによって助けられると話す彼女。そうして生まれた作品は誰かの生活の一部になり、その人の”sanctuary”となって笑顔や癒しに繋がっていくかもしれない。この先彼女の“sanctuary”から、どんな糸でどんな物語が紡がれるのか、その制作活動が楽しみだ。

Information

参加予定イベント

2021年3月10日(水)-15日(月)
「セッセコンテンポラリー刺しゅう2021」
阪急うめだ本店(大阪)9階アートステージ
https://www.hankyu-dept.co.jp/


奥見伊代
Official Website: https://moshimoshiyio.jimdofree.com/
Instagram: https://www.instagram.com/moshimoshi_yio/?hl=ja