昨今のクラフトブームで生まれた職人が直営するショップ。案外、オーダーメイドを受けているお店が多いのをご存じだろうか。顧客の要望に応じた一点モノゆえ、もちろん高価なアイテムもあるが、手頃な値段ながら独自のデザインと丁寧な仕事が光って、受注が絶えない評判店も存在する。今回取り上げる、足立区・江北の「nakamura」は、2万円台から革靴がオーダーできるシューズ店で、納品は4か月待ちの繁盛ぶり。日暮里・舎人ライナーの沿線という、都心からやや離れた立地にありながら、全国からファンが訪れる人気店だ。
JR日暮里駅から、日暮里・舎人ライナーに乗ること約10分。途中、隅田川と荒川を続けて渡ると、一気に視界が開けてくる。晴れた日なら眼下には下町情緒が残る風景が広がり、「nakamura」を訪れること自体に小さな旅を感じさせてくれる。荒川にかかった扇大橋を過ぎると、そこは足立区のダウンタウン。江北駅で降りれば、歩いて2分の距離に「nakamura」のショップ兼作業場がある。
手仕事の温もりを感じさせてくれる空間
グレーの外壁に、年季の入った朱色のドア。下町の住宅街で異彩を放ちながらも、ずっと昔からここにあったような佇まいもある建物。ここで中村隆司さん・民さん夫妻が「nakamura」を開業したのが2011年のこと。1階は靴を製作する作業場で、2階がショップになっている。内装は、今はクローズしてしまった西荻窪の古道具屋「魯山(ROZAN)」の店主・大嶌文彦さんの手によるもの。穏やかな日が差し込む店内には、どこか郷愁を誘う雰囲気がある。足立区の学校で使われていたという椅子や、靴工場から譲ってもらったスチールラックの上に、中村夫妻が手がけるシューズが並べられている。
革靴の定番、オックスフォードシューズを中心に、ブーツやサンダルなど20種類のサンプルが並ぶ。シューズデザインは、夫・中村隆司さんの担当だ。
「お客様に履きたいデザインを選んでいただいて、足に合った一足を作っていきます。アッパー(靴の底を除いた上の部分)の革の種類、外底の素材をどうするかなども事前に選んでいただきます。靴のデザインのサンプルは20種しかなくても、お客様の要望によって、完成するシューズは異なってきます」
ショップに所狭しと並ぶシューズは、中村さん夫妻が手がけてきた商品のライブラリーでもある。
「nakamura」の靴の魅力のひとつが柔和な印象、丸みを帯びたフォルムだろう。親しみやすいイメージで、カジュアルな服装にも合わせやすい。
「たとえばアッパーのステッチやソールの材質など、もともと靴をオーダーメイドする方は、細部からこだわる方が多い。でも僕のシューズは、どちらかというと全体主義。オーダーメイドだからと特別な日だけ履くのではなく、普段使いしていただきたいのです。スニーカーと革靴の中間のような靴が多いですね」。
日々の暮らしに寄り添う靴
「スニーカーの次に履きやすい靴」。自身が作るシューズを、そう表現する隆司さん。日常的に履き続けてもらうために工夫を凝らしたのが、生活に馴染むシンプルなデザインだ。「玄関に置いてあると、無意識に履いてしまう靴」。その言葉が体現するように、隆司さんのシューズは、生活のなかで身につける場面が思い浮かぶ商品ばかりだ。また日常的に履いてもらうために必要なのが、丈夫であること。もともと機能的なワークブーツが好きで、「nakamura」開業前には堅牢なオーダー登山靴で知られる巣鴨の「GORO」で修行していた隆司さんにとって、強度の高いシューズを作るのはごく自然なことだった。
しかし日常使いを続けると、どうしても靴に不具合が生じてくる。靴底の踵だけ擦り減る、ソールが全体的に摩耗する、裏革が破ける、アッパーの革が切れてしまうなどの傷みだ。ゆえにこれらシューズの消耗に対応すべく、「nakamura」では、修理も受け付けている。
「そのために、アッパーと靴の底はセメント付けして仕上げています。オーダー靴というと、手縫いを謳う高級靴が多く、『セメント付けの靴=安物』というイメージもあります。けれどもセメントで接着させておいたほうが、修理のときに分解しやすいんですよ」。くわえて手縫いよりセメント付けのほうが、靴の底が柔軟に撓(しな)って、動きやすいと隆司さんは話す。またセメント接着だからこそ、手縫いより時間が短縮でき、価格も安価に抑えられる。
自分だけの一足ができるまで
自分だけの一足を求めて「nakamura」を訪れた顧客は、まずショップに並んだサンプルから、自分の好みにあった型をセレクトする。「目に留まったものは、どんどん履いてみてください」。ショップでの接客は、妻の民さんの担当。実は隆司さんと民さんは、浅草にある製靴の職業訓練校で学んでいたときの同級生だ。
おおよその型を決めたら、次はオーダーメイドする靴の詳細を詰めていく。シューズの表情を決めるアッパーの革の種類も複数から選べるが、「nakamura」ではステアレザー、キップレザーと呼ばれる、手ざわりのいいレザーを使った商品が多い。「ドレスシューズで一般的なカーフレザーと違って、高級感はそれほどありません。しかし代わりに、柔らかく親しみやすい印象を与える革なんです」と民さん。他にもスエードやヌバックと呼ばれる起毛皮革をチョイスすることが可能だ。
靴の外底の素材も選んでいく。「nakamura」では、履きやすさと動きやすさを優先するため、クレープやスポンジ、ビブラムなどのソールを薦める。さらにアッパーの内側の革の色や靴紐の穴の数なども選んだら、シューズ全体の骨格が決まる。
次はショップに用意された木製の椅子に座って(こちらも古道具屋から購入した、いまは使われなくなった高校の椅子)、民さんに足の大きさを計測してもらう。これが終わればオーダーは完了。顧客は4か月後の納品を心待ちにしながら、店を後にしていく。
実際の靴づくりは、民さんがおこなう「型入れ」から始まる。客のリクエスト、そして計測した足のサイズに基づいて型紙をチョイスしたら、次に実際に革を広げて、型紙を転写していく。ここで民さんの仕事は終わり。今度はアッパーを担当する職人の馬渡(まわたり)加代子さんが、1階の作業場でこれを裁断していく。
裁断用の革包丁で型入れ通りにレザーをくり抜いたら、今度は革漉き機で折り込みや貼り込みをする部分の革を薄く漉いていく。この作業のあと、製甲(ミシンで各パーツを縫い付ける)を経て、アッパーの完成だ。
「丈夫さを求めて、うちでは業界で『8番』と呼ばれる太い糸を使っています。これで縫い付けていこうとすると、ドイツ製の『パフ』と呼ばれるミシンしか使えないから、これが壊れたらもう大変なんですよ(苦笑)」と隆司さんは言う。
こうしてアッパーが完成したら、「吊り込み」「底付け」と、最後には隆司さんの出番が待っている。「吊り込み」は、客が選んだデザインにあった靴型に、製作したアッパーを密着させながらかぶせ、クギ(釘)で仮どめした中底と接着させていく作業だ。吊り込みが完了したら、今度は外側のソールをセメントで本体に接着させる。これにて、製作工程は終了。丁寧に磨きをかけたら箱詰めされ、客の手元に届いていく。ここまでのすべての作業を、中村さん夫婦と馬渡さんの3人だけでこなしている。
全てを自社で賄う強み
「今は靴の業界も分業が一般的で、オーダーメイドの注文でもデザインだけ担当、あとは強みのある業者に頼むところもあります。でも僕は『GORO』で働いていたときから、全てを自社で行う、このスタイルしか知らない。これが当たり前だし、性に合っているんです」。
自分たちですべての工程をおこなう分、コストも抑えられると隆司さんは話す。「ただ人手に限界があるため、お客さまを待たせてしまうのは本当に心苦しいんです。4か月も待ってくださる方々には、心から感謝しています」
ネットで注文すれば、翌日には商品が届く時代。わざわざ出かけて、4か月待ちの靴をあつらえてしまう理由はなんだろう。それはできあがるまでの4か月に小さな物語が詰まっているからだ。そしてそのストーリーは、商品が届いたのちにより輝く。
「気に入って修理を頼んできてくださったり、もう一足頼んでくださると、うれしいですね」。修理や買い替えを通して、長く作り手と付き合っていけることも、オーダーメイドの魅力。身の回りの品をあつらえることは、人生をより豊かにしてくれるのだ。
撮影/難波雄史
nakamura
住所:東京都足立区江北4-5-4
TEL:03-3898-1581
営業時間:10:00~18:00
定休日:水、木曜(祝日の場合は営業)
CURATION BY
雑誌編集者を経てフリーライター。ライフスタイル誌から週刊誌まで幅広く寄稿。趣味はフィギュアスケート、相撲、サッカー・プレミアリーグなど、様式美のあるスポーツの観戦。