Vol.119

KOTO

07 APR 2020

MARQUESSのビスポークシューズから、真の贅沢の意味を知る。

映画やTVなどでマニアだけでなく、一般の人々にも広く知れ渡った「靴職人」という職業。靴を作る工程は手作業で、彼/彼女らの作った靴は、気軽に購入できるものではないほど高価だということも、知られているだろう。英国で靴作りの技術を習得し、日本で展開しているビスポークシューズ・ブランドMARQUESS(マーキス)では、靴を依頼してから完成までにおよそ1年半かかるという。だが時間をじっくりとかけ、丁寧に作られたものだと分かっていても、靴のためにそこまでの金額を払うのは、”贅沢”過ぎる。多くの人がそう感じているのではないだろうか。
贅沢、それは‟身の丈に合わない浪費をすること”。

しかし安価ではあるが足に合わない靴や、長持ちしない靴を履きつぶしては新たに購入し続けることこそが、実は‟浪費”と言えるのかもしれない。

サイズは合っているはずなのに…。既成靴はなぜ痛い?

靴を購入する際に、決め手となるのは値段やブランド、デザインに素材や色、そしてサイズ。しかしその靴で足に痛みを感じるのは何故なのだろうか。

靴のサイズは『足長』と呼ばれる、かかとから最も長い足の指先までの長さが、ひとつ目の基準となっている。もうひとつは『足囲』という、足の親指から小指の付け根をぐるりと一周した長さだ。

このふたつの長さから、自分に合った靴のサイズを選ぶわけだが、しかし良く考えてみて欲しい。まず左右の足のかたちが同じ人はあまりいないという事実。そして既成靴のために決められたサイズだが、自分と『足長』のサイズが同じだからといって、他の人が『足囲』の長さも同じとは限らない。

つまり既成靴のサイズは細かく分けられてはいるものの、あくまで目安であり、全ての人が痛みを感じないサイズの靴を探すのは、ある意味不可能であるということだ。

ラスティング(つり込み作業)。 ビスポークシューズはほぼ全ての工程が手作業で行われる。

アッパー(靴の上側の部分)とインソール(中敷き)とウェルトを縫い合わせるウェルティング作業。ひと針ひと針に強い集中力が必要とされる。

「ビスポーク」が意味するものは。職人の技術によって違いが出るクオリティ

靴職人たちが作るオーダーメイドの靴は、『ビスポークシューズ』という名で親しまれている。『Be Spoke』=話し合いを意味する通り、ビスポークシューズは靴職人と依頼主の話し合いから生まれるものだ。

依頼人がデザイン、皮の素材や色の好みを職人に伝えることからスタートし、顧客の足に合わせたラスト(木型)作りから、完成までほぼ全工程が手作業で行われている。

しかし、一概に”ビスポークシューズ”といっても、靴職人によってその仕上がりはさまざまだ。そこには作る職人の技術や経験、そしてセンスや才能が反映されている。

現在日本には数多くの靴職人が工房を構えているが、その中でも常にトップクオリティを誇り、日本を始めアジアでも展開しているビスポークシューズ・ブランド、MARQUESSの代表、川口昭司氏にお話を伺った。

フィニッシング。アウトソールのエッジにワックスを溶かし込む。最後の段階まで一瞬たりとも気の抜けない作業が続く。

伝承された技術を紡ぎ続ける。英国から始まったMARQUESSの物語

2002年、大学卒業後に英国へ渡った川口氏は、靴の聖地とも呼ばれるノーザンプトンの職業訓練学校、トレシャム・インスティテュートに入学。しかしそこで教えているのは、量産タイプの靴作りだった。ビスポークシューズの魅力に引き込まれていた川口氏は、卒業後に王室御用達ブランド『ジョン・ロブ・ロンドン』に手紙を書き、靴作りを教えてくれる靴職人を紹介して欲しいと頼む。

そこで紹介してもらったのが、老舗靴ブランド『ジョージ・クレバリー』で靴職人をしていたポール・ウィルソン氏だった。師であるウィルソン氏の作業を見て、真似をすることから始まった川口氏の靴作り。やがて技術の腕を上げ、1840年創業、長い歴史を持つビスポークシューズブランド『フォスター&サン』の修理や制作を請け負うようになる。

ウィルソン氏はお金を得る職人となった川口氏に、より厳しくより深く靴作りについて教えてくれたそうだ。各工程の意味を知り、手の動きなどをより注意深く見て、師の技術に近づけるよう取り組んだという。

「師匠の仕事から、靴職人として生きていくには技術ももちろん大切ですが、それと同時にスピードもなければいけないということを感じました」と川口氏は語る。「第一線で活躍している師匠だからこそ、その大切さを学べたと思います」

印象的な色合いが美しい。ビスポークでは、どんなレザーを選ぶかも楽しみのひとつだ。
ポール・ウィルソン氏の元を離れ、ロンドンに移った川口氏はフリーの靴職人に。そして老舗が多い靴業界で2006年に設立された『ガジアーノ・ガ—リング』で、設立当初から靴職人として働くことになる。

「何か分からないことがあっても師匠はそばにいません。ですから自分で考え、ベストを尽くして靴作りをしてきました」と、川口氏は言う。

「ビスポークの靴は一足一足違うので、その都度新たな課題があります。それらをクリアし続けることが、経験として自分の技術になっていきました。これは今でも続いていることで、職人としてとても大切なことだと思っています」

2008年に日本に帰国したあとも、英国と日本、国を超えて『ガジアーノ・ガーリング』の職人として働き続けた。そして2011年、自身のブランドMARQUESSを、英国でともにポール・ウィルソン氏に学び、同じく靴職人であるパートナーの由利子夫人と立ち上げた。

そして今、MARQUESSは日本国内ではもちろん、海外でも高い評価を受けているブランドだ。彼の経歴を知れば、靴職人という仕事や、高いクオリティの靴を作ることは一朝一夕では成しえないことが分かって頂けるであろう。

どの機会に、どんな装いに合わせるか。トータルバランスを考えてスタイリングしてみたい。

自分だけの一足を、大切なシーンに。

見惚れてしまうほど繊細でエレガントなMARQUESSの靴だが、川口氏にとって「美しい靴」とはどのようなものなのだろうか。「これ見よがしのところがない、バランスの良い靴が美しい靴だと思います」というのが川口氏の答えだ。

「そういう靴は、履いた時に靴だけが悪目立ちする事がないんです。装いにおいては全体のハーモニーが大切だと思うので、その中に溶け込む靴を作っています」

確かにどんなに素晴らしい靴でも、靴だけが目立つ存在となると、トータルバランスが崩れてしまう。

「英国で靴を学んだことが生きていると思います」という川口氏の言葉には、彼の靴作りに対する情熱と誇り、そして自信が伺える。

ビスポークシューズを所有するとなると、気になるのがそのケアではないだろうか。

「靴磨きで靴をピカピカにする必要は必ずしもないと思いますが、履き終わったらシューツリーを入れることと、定期的に靴クリームでケアして頂ければと思います」というのが、川口氏のアドバイス。大切な一足だからこそ、長く美しい状態を保ちたいものだ。

初めてビスポークシューズを購入する人へ、「ビジネスシーンですとスーツスタイルにはオックスフォード(内羽根)が合います。ジャケパンなどには少しカジュアルに、ダービータイプも良いと思います」という言葉を頂いた。

「プライベートシーンはデニムやチノに、ローファーやスエードのチャッカブーツなどもお勧めです」

一番最初のビスポークシューズだからこそ、用途に合った大切なシーンを彩る一足を選んでみたい。

MARQUESSのアトリエにて。オーダーしていた靴を履く瞬間…。それはいつまでも忘れられないシーンとなる。

真の贅沢。それは長く愛せるものの価値を知ること、そして本当の自分を知ることへ。

打ち合わせから完成までに時間がかかり、かつ高価で、購入したあとのケアも必須なビスポークシューズ。しかしそれは『歩く際の足を保護する』ためだけのものではない。

靴というフォルムを持つ、伝承され続けた職人の技術、そして経験と才能が詰まった工芸品であり、所有するのはその価値を理解することに他ならない。ビスポークシューズのメンテナンスをする度に、その理解度はより深まっていくだろう。

手ごろな価格や流行品、一見便利に見えるもの。購入してはその時期が来たら ー 壊れてしまった、飽きてしまった、など色々な理由があるだろう ー 捨ててまた、違うものを手に入れる。それらを廃棄する瞬間、心によぎることがあるかもしれない。 「なぜこれを買ったんだろう?」と。

購入した理由や所有していたことさえ忘れてしまうものではなく、長く心に刻まれる「一生もの」を所有することは、決して‟浪費”ではなく、真の‟贅沢”であるはずだ。

丁寧にケアを続ければ、一生履き続けることができるビスポークシューズを得ることは、いっときの気分や流行など目先のことに囚われるのではなく、一生愛せるものを選ぶことに相違ない。そしてそれは、自分が本当は何を求めているのかを知る道しるべとなるだろう。

MARQUESS

*完全予約制

住所:東京都中央区銀座1丁目19-3 銀座ユリカビル8F
公式サイト  https://marquess-bespoke.blogspot.com/