Vol.196

KOTO

01 JAN 2021

大切な人へ贈る気持ちに刻印を。シーリングスタンプの世界

通信システムが発達し、気付けば手紙というものを全く書かなくなっている。それどころか、僅かなメモ書き程度ぐらいでペンを持つ機会すらとても少ない。文字を綴る事は少なくなったが、それでも誕生日やクリスマス、記念日などにカードにひと言添えることがある。大切な人に贈るものの最後の締めくくりに、ぴったりなものがシーリングスタンプだ。特別な機会に、受け取った時の相手の顔を想像しながら、想いにそっと自分の印を刻みつけてみよう。

シーリングスタンプの歴史

歴史物の洋画の中で、登場人物が書き終えた手紙に封をする際に、蝋を垂らして印を押す、そんなシーンを見たことはないだろうか。これは日本語で封蝋(ふうろう)、英語ではシーリングスタンプやシーリングワックスと呼ばれている。

シーリングスタンプの起源は紙が発明される以前、古代メソポタミアから存在していたとされ、石や半貴石、貝殻などが素材であった。この時代では認証の証として粘土に刻印をし、指輪状のものや円柱状のものが使用されていたという。

紙の出現により中世以降、シーリングスタンプは公式文書の署名、偽造や改ざんを防ぐために、また手紙の送受信用に不可欠な存在となった。最初は王室をはじめ司教、聖職者や上流階級の貴族が印章を用いて現代の署名と同じ役割を担っていたが、やがて裕福な商人たちにもその習慣は広まり、中世盛期には一般の人々も使用する事となる。

中世以降、広く普及されたシーリングスタンプ。この時代の蝋の色は主に赤、もしくは黒が主流であった
ワックスによって封をされた手紙は他の者によって開封されていないという証であり、手紙や文書という個人的なもののプライバシーを守るため必須であった。なお、この時代のシーリングスタンプは所有者が亡くなると文書の偽造や乱用を防ぐために、印章を切り刻んだり表面を損傷させたりなど壊すことが一般的であったため、あまり現存はしていない。

シーリングスタンプは郵便料金が重量ではなく、送信される紙の枚数で計算されるようになると、当時は非常に高価な存在であった封筒を使うよりも使用料が安いという事もあり19世紀半ばまで広く愛用されてきた。やがて糊の付いた封筒が製造され、郵便価格が見直されるとシーリングスタンプの需要は減少していく事となる。

ラッピングの締めくくりにぴったりなシーリングスタンプ
しかし今、手紙を書くと言う行為そのものが特別な事となり、同時にこのクラシカルなツールが見直され始めている。贈る側がシーリングスタンプで印を押す時、受け取った側が開封する瞬間の高揚感は、通常の梱包とは異なるのを実感できるに違いない。

自分を表すデザインを選んで

ヨーロッパではかつては自身のサイン、日本でいえば印鑑のような役割を担っていたシーリングスタンプだが、現在では好きなデザインを選べるところが大きな利点。数多くの種類の模様の中から、好みの柄を表すものを選んでみたい。

既製品では豊富な種類の中から自身の名前に因んだ柄や星座、干支、アルファベット文字等、これが自分らしい、と感じるものが見つかるはず。またオリジナルのシーリングスタンプを作成してくれるところもあり、記念日や特別な言葉を添えたい時や、他にはない自分だけの個性を発揮したい時にはおすすめだ。

シーリングスタンプに必要なものはスタンプと専用の蝋(ワックス)、ロウソクと蝋を入れて溶かすためのスプーン。スプーンは専用のものもあるが、普通のティースプーンでも代用できる。使用後スプーンの裏側が黒ずむので、シーリングスタンプ専用にできるものを用意しよう。

直径2.5㎝のスタンプに必要なのは、ビーズ型の蝋が3つ。蝋は多めの方がバランス良く押せる
シーリングスタンプの使い方だが、まず好みのカラーの蝋をスプーンへ入れてロウソクにかざし、蝋が溶けるまで2分ほど、しばらく待つ。

印した場所に、全体が均一になるように蝋を垂らす
蝋が溶けたら、スタンプを押したい場所へそっと蝋を垂らす。この時押したい場所にスタンプの周りをペンでなぞり、円を描いておくのがおすすめだ。印の僅かに外側まで蝋を垂らしておこう。

蝋がスタンプの周りにバランス良くはみ出るように慎重に押す
蝋が少々固まるのを数秒待ち、スタンプをぎゅっと押して十数秒ほど動かさないようしばし置く。その後スタンプをそっと静かに剥がせば完成だ。

蝋が乾いたらそっとスタンプを離す。バランス良く押すにはコツがいるので、封筒や包装紙に押す前に練習をしておくのがおすすめ

手紙やプレゼントだけじゃない。暮らしの中に彩りを添えて

シーリングスタンプの使い道は手紙やプレゼントの梱包に使うだけなく、暮らしのツールのちょっとしたアクセントに使うのも楽しいもの。自宅でゲストを呼んだ際に名前を入れてテーブルに配置するネームタグに押したり、ナプキンリングの代わりに使ったりと、テーブルコーディネートにひと花添える事もできる。

クッキングシートに押すと乾いた後は綺麗に剥がせる。封筒や包装紙に押す前の練習用としても
クッキングシートに蝋を垂らしてスタンプを推し、完全に固まってから裏面に両面テープを付ければ、好きな場所へ貼る事ができる。調味料を入れるボトルに名前を貼ったり、日付を書いておきたいものに使用するのも面白い。

暮らしの小道具を彩るシーリングスタンプ。アイデア次第でさまざまな使い方ができる
スイーツ作りが好きな人は専用のシーリングスタンプを用意して、溶かしたチョコレートなどに模様を付けてみても楽しい。さまざまな使い道があるシーリングスタンプだからこそ、自分らしい発見をしてみたい。

相手を想いやる気持ちの締めくくりに

その昔、欧米のドラマや映画の中で登場人物がプレゼントを開ける際に、包装紙をびりびりと豪快に破くのを観て不思議に思った事がある。美しくラッピングされた状態をしばし鑑賞し、包装紙やリボンは綺麗に解いて再利用していた身としては、何故あのように破らなくてはいけないのだろうかと訝しんだ。

しかし海外で実際目の前でされた時は、思わず声が出そうになった。その包装紙、あなたが好きそうな柄を、プレゼントに合うデザインを選んだつもりだったのだけど…心の中に響くそんな声を、文化の違いなんだなと飲み込んだ。

日本の美しいラッピングは時として過剰包装と問われる事もあるが、風呂敷など何度も使用できるもので包装してきた歴史を鑑みると決してそうは思えない。それは贈る相手を思いやる気持ちの表れであり、贈り物とは中身そのものはもちろん、それを包んでいるものさえも、その一部であるという表現ではないだろうか。

贈る相手に想いを込めてラッピング。合う蝋のカラーを選び、シーリングスタンプでぎゅっと刻印してみよう
感謝の気持ちや愛情の言葉を添えた手紙やカード、そして時間をかけて選んだ贈り物。出会えた奇跡に感謝を込めて、想いにシーリングスタンプでそっと自分だけの印を押してみる。

それは和と洋の歴史が触れ合う瞬間にも感じられ、封を解く際の相手の顔を想像すると、贈る方こそがその機会を持てる事に感謝を感じる。シーリングスタンプは押す瞬間に喜びの想像力を掻き立てる、そんな魅力が秘められているのかもしれない。