ここ最近、都内を中心にタコスを楽しめるお店が多くなっていると感じる。そもそもタコスがメキシコ料理だということぐらいは知っていたが、どちらかというとファーストフード的な料理のイメージだった。しかし、今多くなっているのが、とうもろこしから手作りしてできたてを提供したり、コース料理のように提供したりと、美食として追求した店。そこで今回は、生地、具材、ソースを手作りし、メキシコのソウルフードであり、郷土料理であることを教えてくれる3つの店を訪ねてみた。そこで感じたのが、タコスをはじめとするメキシコ料理は、本当にバリエーション豊かで多様性に溢れているということ。その奥深い魅力を発見することができた。
タコスとは?トルティーヤとは?メキシコ料理の基本情報
日本でもよくみかけるようになったタコスだが、タコスのルーツは、メキシコ。とうもろこしや小麦粉で作った生地、トルティーヤ(トルティージャとも)に、具材やソースをのせ、包んで食べるという料理で、このトルティーヤは、メキシコの主食だ。とうもろこしはメキシコが原産地で、紀元前4000年前から食べられていたといわれているほど。オルメカ・マヤなど古代文明も支えてきた植物なのだ。
その後、16世紀にアステカ王国を侵略したスペインにより、メキシコにヨーロッパの文化が入り混じる。南北に長く、日本の5倍もの国土があるメキシコ。高原地帯、砂漠地帯、沿岸部など、多彩な風土もあって、とうもろこしを主食とした、さまざまな食文化が発展していった。トルティーヤもスペイン語だが、もともとスペインでトルティーヤというと卵を焼いて作る料理のこと。その色や形が似ていたことから、スペイン人がとうもろこしで作った平たい生地のことをトルティーヤと呼び、定着していったと言われている。
今ではメキシコの食に欠かせないトルティーヤ。その元となる生地はマサと呼ばれる。マサからはトルティーヤのほか、とうもろこしの葉で具材と包んで蒸し焼きにしたタマレス、豆の煮込みを包んで団子状にして揚げたゴルディータなど、実にさまざまな料理が作られている。
しかし、日本でトルティーヤというと、揚げたトルティーヤチップスにチーズやチリミートをかけたナチョスや、トルティーヤを使ったラップサンド、ブリトーをイメージする人もいるかもしれない。これらはメキシコ風のアメリカ料理で、メキシコシティなどメキシコ中部、南部に住むメキシコ人には親しみのない料理なのだとか。歴史的、地理的にもアメリカ南部はメキシコの文化が入り込み(かつてメキシコだったエリアもある)、テックス・メックスとも呼ばれるテキサス×メキシコの料理が独自にアメリカで発展した。ブリトーやナチョス、チリコンカンなど、日本人がメキシコ料理と思っている料理のほとんどが、実はアメリカ発のメキシコ料理。日本にメキシコ料理としてもたらされたのが、このテックス・メックスだったという経緯がある。
例えばタコスもアメリカのタコスは、ハードシェルと呼ばれる揚げたトルティーヤにタコミートと呼ばれる牛ひき肉や野菜、チーズなどの具材を入れて食べるものが多く、メキシコ国内のものとは少し異なる。とはいえ、メキシコ国内でも地域やお店によって多様なタコスがあるので、タコスと一概にいってもさまざまなものがあるということを押さえておくべきだろう。タコスのタコは軽食という意味を持つ言葉。とても懐の広い料理なのだ。
ちなみに、沖縄のソウルフードであるタコライスは、タコスのタコミートと野菜をご飯の上にのせた料理。アメリカ兵たちが食べていたタコスをアレンジして沖縄の人が創作したもので、今ではアメリカでも人気になるほどだという。なので、メキシコのタコスをモチーフにしているのではなく、アメリカのタコスから生まれた料理と言えるだろう。
そして近年は、現地メキシコで料理を学んだ人や、メキシコ人のシェフが日本でお店を展開するようになってきて、アメリカのテックス・メックスだけではないメキシコ本国の料理が日本でも楽しめるようになっている。さらにアメリカ・ニューヨークではタコスのコース料理など、モダンメキシカンと呼ばれる料理が古代文明時代から受け継がれたパワーフードを取り入れたオーガニックな食として話題を集め、日本にもNYのモダンメキシカンのレストランが出店するまでに。2024年にはタコスの美味しさを競うイベント「タコワングランプリ」が開催されており、日本でもタコスがどんどんと多彩な広がりを見せている。
メキシコ伝統のタコスを日本の食材で創作「ロス・タコス・アスーレス」
日本で人気を集めるようになったタコスだが、トルティーヤをとうもろこしから手作りしているという店は多くない。それは、トルティーヤを作るためのとうもろこしは、日本の一般的なとうもろこしとは品種が異なるので、現地から取り寄せなければならないのと、生地作りにとても手間がかかるからだ。しかし、とうもろこしから手作りした焼き立てのトルティーヤを食べると、その美味しさは別格。タコスという料理のイメージが一新された。そんな体験をさせてくれたのが、三軒茶屋にある「ロス・タコス・アスーレス」だ。タコスの美味しさはトルティーヤそのものの美味しさにある。そのことに気づかせてくれた。
メキシコから日本にやってきたマルコさんが、日本がメキシコにある一つの地域だったらという発想で、日本の食材を使ったさまざまなタコスを作り上げている「ロス タコス アスーレス」。店は朝から営業していて、朝ごはんとしてタコスを楽しむことができる。クラシックなメキシコの料理のほか、日本の食材を使ったタコスもあり、どれもほっとする味。メキシコでも朝ごはんにはトルティージャに野菜とスクランブルをのせて楽しむタコスが定番なので、朝タコスは実は当たり前のスタイルなのだ。
店の特徴となっているのが青いトルティーヤ。メキシコの在来品種であるブルーコーンを使用しているのでこの色なのだ。メキシコではホワイトコーンという白いとうもろこしでトルティーヤを作ることが多いが、メキシコにはさまざまな品種のとうもろこしがあり、その土地土地に様々なとうもろこしが存在していた歴史がある。そんなメキシコ古来の品種を伝え守りたいとブルーコーンでトルティーヤを作っているという。
このブルーコーンを石灰水と茹で、アルカリ処理をしてから粉砕し練り上げてマサを作っていく。メキシコ伝統の製法で作ったマサは消化にもよく、栄養価の高いマサが出来上がるそうだ。これをオーダーごとに丸めて、プレンサーと呼ばれる延べ機で延ばして鉄板で焼く。ぷくっと膨らんだら焼き上がりの合図。香りよく焼き上げた生地に出来立ての具材をのせ、お客の前へ。生地も具材も温かい、出来立てを食べることができるのもこの店の特徴だ。
メニューを見ると短角牛のバルバッコア(蒸し焼き)、サボテンの煮込み、グアカモレなどメキシコの郷土料理から、季節の野菜やチーズを使ったものまでさまざまなタコスがある。トルティーヤのサイズも手のひらサイズなので、いくつかオーダーして、コース料理のように楽しむこともできるだろう。
さらにお店の特徴なのが、サルサや料理に使われているハラペーニョ、サボテン、トマトなど、使っている野菜のほとんどが、日本の生産者が作るメキシコ野菜を使っているということ。トルティーヤの原料のとうもろこしとアボカド以外はすべて日本の食材を使用しているという。メキシコではチーズも料理には欠かせず、トルティーヤにチーズを包んで焼いた「ケサディーヤ」などがあるが、これに使われているのがモッツァレラチーズのようによく溶けて伸びるメキシコのチーズ「アオハカチーズ」。これも北海道のチーズ工房にオーダーして、メキシコスタイルのチーズを店のために作ってもらったのだそう。そして、蓮根やおかひじき、抹茶など日本固有の食材と組み合わせることも。メキシコ料理であることを基本にしながら、日本の素材をひとつひとつ選び抜くことで、日本でしか味わえないタコスを目指した。
タコスにはフリホーレスと呼ばれるビーンディップ(豆の煮込みのペースト)を添えるのが定番で、このフリホーレスも地方によりさまざまなレシピがある。「ロス・タコス」のフリホーレスは滑らかなペースト状で、トルティーヤと具材の間を取り持つような素材そのものの味わいを生かした優しい味わい。北海道産のいんげん豆のほっくりとした食感や味わいが、のせる料理の辛味や酸味、旨味と重なり、タコスをひとつの料理としてまとめ上げてくれていた。
メキシコのタコスの定番の具材にも、店の特徴が現れる。豚のさまざまな部位を煮込んだ料理、カルニータスはメキシコのタコスの定番具材。マルコさんのカルニータスは、揚げた皮を添えたり、豚の様々な部位を感じるように独自の解釈を加えた料理に仕上げていて、味付けはごくごくシンプル。素材を大切にしていることがよくわかる料理だ。メキシコ伝統の味も日本の食材を生かすことを大切に、より繊細な、風土に合った料理として進化させていた。
ほかにもメキシコのおふくろの味とも呼ばれる豆スープ「フリホーレス・チャロス」やサボテンジュースなど、メキシコの健康的でカラダに優しい食も満喫できる「ロス・タコス・アスーレス」。食材の持つ特徴を引き出しながら、生地との融和を図ったタコスは、肉魚野菜と本当にバラエティ豊か。お酒もナチュールワインや日本の地ビールを中心にセレクトしている。美味しいものをゆっくりと食べたいというときに訪ねたい、タコスという料理を通して素材の美味しさに感動できるお店だった。
ロス・タコス・アスーレス
日本でここだけ、トルティーヤ専門店「Tortilla Club TORTILLERIA」
次に紹介するのは、色とりどりのトルティーヤを作っている、日本で唯一というトルティーヤ専門店「トルティーヤクラブトルティレリア」。代々木上原の駅を出てすぐの場所にあり、街中で気軽に立ち寄れるコーヒースタンドのような雰囲気だ。トルティレリアとは、トルティーヤを作る専門店でメキシコでもよく見かける、ベーカリーのような存在の店だ。「ロス・タコス・アスーレス」のタコスを食べ、その味に感激したことをきっかけに、自分でとうもろこしの輸入を行い、トルティーヤの専門店まで作ってしまったという。生地作りに特化した店ということで、生地の個性・バリエーションを楽しめるようにし、パンやご飯のように日常の食にできたらと美味しさを追求している。
店では毎日、さまざまなコーンを日替わりで使用してトルティーヤを作る。赤、黄、紫などいろいろなとうもろしがあり、製粉機や成型機械なども現地から調達していて、毎日とうもろこしを粉砕してマサを作り、生地を焼く。作っているのはトルティーヤのほか、トルティーヤを揚げたトスターダ、トルティーヤ生地を厚くタルトのように成形したソペスなど、生地のバリエーションも現地のスタイルを取り入れながら、オリジナリティある味わいを作り上げた。
さらに生地だけでなく具材も用意し、好きな組み合わせで楽しめるテイクアウトメニューも。定番のカルニータスのほか、オリジナルの具材を毎月のように創作し、楽しみ方も提案する。訪れたときは、フライドカリフラワーのソペスをいただいたが、ソペスは、トルティーヤとはまったく異なる、分厚い生地。タルトのように成型して、その中に料理を盛り付ける。驚きなのがその食感。表面はざくっと、中はしっとりしていて、とうもろこしの生地であることをしっかりと感じることができる。
この生地のインパクトに負けないのが、具材。ヤンニョム風のフライドカリフラワーは、甘辛い濃厚な味が食欲を掻き立てる。定番のカルニータスも肉の存在感たっぷりで、ソペスのしっかりした味わいとのバランスも抜群。フリホーレスの代わりにと具材の下に添えたのは自家製フムス。胡麻ペーストとライムを入れて作っていて、その酸味やコクが味のアクセントになっている。実はこのフムスが評判で、この味に合わせて具材を創作しているほどなのだそう。毎月変わる料理を楽しみに訪れたくなるし、購入したトルティーヤやソペスの楽しみ方の参考にもなるだろう。
トルティーヤなど、とうもろこし生地の美味しさを現地にいるかのように再現している「トルティーヤクラブトルティレリア」。日本でもトルティーヤをパンのような身近な食にしたい。気軽に楽しめるようにしたい。そんな思いに溢れる店だった。
Tortilla Club TORTILLERIA
メキシコのおふくろの味を再現し、日本で愛され続ける店「ロシータ」
最後はもともと博多で50年以上前に店を開いたという、日本最古ともいえるメキシコ料理店。今から100年以上前にメキシコに移民として渡った日本人のおばあちゃん、ロシータさんのレシピを今も守りながら作っていて、現在店は博多のほか、名古屋市と豊田市にあり、ロシータおばあちゃんの孫、ひ孫が味を受け継いで店を続けている。こちらの料理は、今まで紹介した店とは対照的な、メキシコ人が食べても懐かしく、現地でも今ではなかなか味わえないクラシックなメキシコ料理。
ロシータおばあちゃんが開拓時代に過ごしたエリアは、アメリカと国境を接するメヒカリ。なのでトルティーヤはとうもろこしではなく、小麦粉を使って自家製する。メキシコでもアメリカに近い北部エリアでは、小麦の栽培が盛んなことからフラワートルティーヤが親しまれているという。すこしもっちりとした歯切れのよい生地は揚げたり煮込んだりしても美味しく、店ではひき肉をトルティーヤで巻いて揚げ、野菜をたっぷり添えた料理をタコスとして提供。現地の料理から探してみたが、これはタキートスと呼ばれる料理ととても似ているようだ。
70年以上前に日本で店を開き、最初は朝鮮戦争で九州を拠点としていた米兵向けに博多の繁華街でメキシコ料理を作っていたというロシータさん。自身の子供の頃から親しんでいた味を日本にある食材を使いながら再現したのだろうと孫である木野幸枝さんが教えてくれた。
ロシータの人気メニューで、曾孫の木野倫太郎さんも大好きな味というのが、トルティーヤをさっと油通しし、たっぷりチーズを巻いてミートソースをかけたエンチラーダ。もっちりとしたトルティーヤと優しいミートソースの味わいがほっとする味。エンチラーダもメキシコでは、中に包む具材やソースの味わい、調理法もさまざまで、ソースで煮込んで作るレシピもある。どれもトルティーヤを美味しく食べるための工夫が施された、メキシコの家庭の味だ。
メキシコ料理ロシータ
日本でも体験できる、タコスをはじめとするメキシコ料理の多様性
さまざまな具材・ソースを受け止めるメキシコの粉もの、トルティーヤ。とうもろこしから手作りしメキシコの伝統を再現する店と出会ったことで、タコスやトルティーヤが、ジャンクフードではなく、メキシコの伝統を表現したり、日本食材と組み合わせた新しい味や季節を表現することもできる、懐が広い料理であることが分かった。さらに生地から作っているので薄く平らに延ばすだけではなく、分厚く成型したり、蒸したりと、トルティーヤ以外にもさまざまな料理を作ることができ、バリエーション豊かな食が広がっていることも知ることもできた。
3つの店舗で感じたのは、やはりタコスの美味しさは具材を包み込むトルティーヤ自体の美味しさがポイントであるということ。Tortilla Club TORTILLERIAでは生地の通販も行っているので、自分で具材やサルサを作って自由に楽しんでみてもいいだろう。具材・ソース・トッピングなどの組み合わせを追求した自由で可能性の広がる食として、どんどんと進化しているタコス。ハレの日にも、日常にもフィットする食として、そしてトルティーヤの美味しさに注目して、ぜひ楽しんでみてほしい。
参考文献
「メキシコ料理大全」森山光司著(誠文堂新光社)、「魅力のメキシコ料理」渡辺庸生著(旭屋出版)
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。