Vol.603

FOOD

26 NOV 2024

国内でただひとつ?! 南チロル料理レストラン・三輪亭で出会う未知なるイタリアン

イタリア料理といえば、どんなものを思い浮かべるだろう。スパゲティ、ピザ、トマトやバジルにオリーブオイル? きっと、日本人の多くがイメージするであろう「イタリア料理」とは少し違った「イタリア料理」を出してくれるお店が、東京・豪徳寺にある。その名も、「cucina tirolese 三輪亭 per famiglie(以下、三輪亭)」だ。

イタリアに「イタリア料理」は存在しない?

長靴のような形で知られるイタリアは南北に長く、海に面した温暖な地域もあれば、寒冷で気候の変化の大きなアルプスに面した山岳地帯もあり、料理につかわれる食材や調理方法が地域によって大きく異なる。南部では野菜や果物の生産や漁業がさかんで、トマトやオリーブオイル、魚介類といった食材が多くつかわれる一方、北部では酪農が営まれ、厳しい寒さを凌ぐためバターやチーズなどをたっぷりとつかった料理や煮込み料理、肉料理が多いのが特徴だ。

こうした各地の食文化が現在まで色濃く残っていることには、1861年にイタリア王国として統一されるまで、小さな都市国家の集まりだったという歴史的背景も関係している。そのため、日本人が思い描く「イタリア料理」は実際のところイタリアの各地域の郷土料理の集合体であり、「イタリアに『イタリア料理』はない」ともいわれているのだ。

三輪亭で出してくれるのは、イタリアは南チロル地域の料理。「南チロル料理 レストラン」で検索すると、見たところ出てくるのは三輪亭の情報しかない。はたしてどんな料理なのだろう?

まるで「アルプスの少女ハイジ」の世界のような、南チロル「シウジ高原」の風景

小田急小田原線の豪徳寺駅・梅ヶ丘駅、東急世田谷線の山下駅、3つの駅から徒歩圏内にある三輪亭。周囲は閑静な住宅街が広がる

あたり一帯の美味しいものがすべて融合して生まれた、南チロル料理

アルプス山脈東部の地域、チロル地方。現在は北チロルと東チロルがオーストリア、南チロルがイタリアに属している。この地域の食文化の特長について、三輪亭のオーナーシェフ・三輪学(みわ まなぶ)さんはこう教えてくれた。

三輪亭のオーナーシェフ、三輪学さん
「南チロルの食文化は、現在のイタリア、ドイツ、オーストリア、ハンガリーの4か国の影響下にあります。しかしもとを辿れば、現在のその4か国を含む地域一帯は、中世以来ヨーロッパで絶大な勢力を誇った名門王家・ハプスブルク家が統治していました。まさにその拠点となった都市、インスブルクから少し南に下ったところにあるのが南チロルです」

南チロルは、当時ハプスブルク家の人々が避暑地として訪れていた場所。彼らの舌を満足させるため、国中から美食の数々が集められ、ふるまわれた。このあたり一帯の食文化のすぐれた部分がすべて融合して生まれたのが、南チロルの郷土料理なのだ。

南チロルの有名な渓谷「ヴァル・ディ・フーネス」の風景が収められた店内の写真。現地では空気の綺麗さと星の多さに驚いたという三輪さん。「夜、外に出ると、近所の家で暖炉の薪が燃える、なんともいえず良い匂いがしたものです」

ドイツにハンガリー、オーストリア、イタリア。さまざまな技法が詰め込まれた前菜プレート

そんな南チロル料理のユニークさを存分に味わえるのが、三輪亭の「南チロルパスタランチ」。はじめに出てくる前菜プレートには、自家製のシャルキュトリーをはじめ、スープやサラダ、煮込みなど、8品ほどが並ぶ。

「南チロルパスタランチ」の前菜プレート
上の写真で、真ん中はじゃがいもの冷製スープ。外側は左上から時計回りに、ドイツでよく食べられているソーセージの一種「フライシュケーゼ」(カレー風味とピザ風味)、じゃがいものチロル風サラダ「グロステル」、豚ロースのハム、とうもろこしでできたケーキのような「ポレンタ」、レンズ豆とウンドゥーヤ(南イタリアのサラミ)の煮込み、キュウリのドイツ風サラダ、ピーマンと玉ねぎの煮込み「ペペロナータ」。

「前菜プレートは、ドイツにハンガリー、オーストリア、イタリア、さまざまな料理技法が詰め込まれた一皿で、フライシュケーゼやハムなどのシャルキュトリーを含め、すべて店で手づくりしています。南チロルは地域柄、貯蔵して新鮮ではなくなった肉も、いろんな味付けで美味しく食べるための知恵が育まれたエリアです。現地で学んだその技法をふんだんに活かしています」

また、じゃがいものチロル風サラダ「グロステル」は、三輪さんが修行していた現地のレストラン「ピクレル」のシェフ、ハンシ・バウムガートナー氏との思い出が詰まった一品だ。

「『ピクレル』が閉店するとき、最後の営業日にシェフがまかないでつくってくれたのが、グロステルでした。グロステルはもともと『炒める』という意味のドイツ語で、肉じゃがのような料理なのですが、彼のグロステルはちょっと酸味のある、ポテトサラダのような味わいでものすごく美味しかったんです。まかないはいつも僕がつくっていたので、初めて食べたシェフのまかないでもあり、ずっと心に残っていました」

ポテトサラダのようでありながら、マヨネーズをベースにしておらず、素朴でキレのある味わい。筆者が初めてお客さんとして三輪亭を訪れたとき、とても印象的だったことを覚えている。前菜プレートの内容は日替わりだが、グロステルは必ず入れているという。

南チロル現地のレストランにならい木をベースにつくられた、山小屋風の温かみのある店内

南チロルのパスタに「長い麺」がない理由とは

つづいて、メインのパスタ2皿も、南チロルならではのもの。1皿目の「カネーデルリ」は、パンと卵をまぜて茹でたお団子のようなパスタで、固くなったパンを美味しくいただくための知恵が詰まった品だ。

左から、ほうれん草のカネーデルリのトマトソース、スペック(燻製生ハム)のカネーデルリのサラダ仕立て、ビーツのカネーデルリのチーズソース
「カネーデルリは練り込む具材によって無限大のパターンがあります。時には、地域でよくとれるそば粉やライ麦粉を使うことも。グルテンのもととなる小麦があまりとれないため、パスタの形状も細長い麺ではなくこうしたお団子状になるわけです」

ソースの違いも相まって、具材の異なるカネーデルリはそれぞれまったく違った印象に。スペックのカネーデルリはどこか餃子を思わせる味わいで、聞いてみるとにんにくに似た風味のある万能ネギのような現地の食材「エルバチポリーナ」をイメージして、ニラを使用しているそう。

「細長い麺ではない」パスタといえば、次に出てくる「スペッツレ」も同様だ。もちもちとした食感の、小さな粒状のパスタで、ドイツやオーストリア、南チロルのほか、スイスなどでも食べられている。

スペッツレ、鹿肉のミートソース(手前)
「スペッツレは、小麦粉と卵と牛乳でできています。卵と牛乳は昔、イタリア南部ではとても高価なものでした。だから、デュラムセモリナという小麦粉と水だけでつくった乾麺の文化が根付くことに。日本で親しまれているスパゲティもこれですね」

一方、南チロルは酪農地帯のため、卵や牛乳がふんだんにあった。代わりに小麦粉は手に入りにくいので、カネーデルリと同様そば粉やライ麦粉を使うこともあり、長い麺ではなく粒状になったというわけだ。

今日のスペッツレにあわせてあるのは、鹿肉のミートソース。お店ではさまざまな部位をつかっているが、もともとは「筋が多く焼いただけでは固くて食べられないような部位を、煮込むことで美味しくいただく」という南チロルの知恵から生まれた料理だ。

「すべての食材を無駄にすることなく、味付けや調理の工夫で丸ごと美味しくいただく。それが南チロル料理に通底する考え方です」

デザート「カネーデルリ・ディ・リコッタ」。カネーデルリをベースに、生地にはリコッタチーズを加え、中にはケシの実を砂糖で炊いたジャム、ソースはアプリコットとフランボワーズ。南チロルパスタランチについてくるデザートを、「南チロルのデザート」に変更すると食べられる

最後の弟子として思いを受け継ぐ。三輪シェフが「南チロル料理」にこだわる理由

修行時代を経て、2007年に「三輪亭」をオープンした三輪さん。日本で耳馴染みのない南チロル料理のお店をやっていくにあたり、開店当初はスパゲティなど一般的な「イタリア料理」を中心に提供して店のファンになってもらい、徐々に南チロルの特徴的な料理へとシフトしていったという。そこまでして「南チロル料理」にこだわる背景には、師匠である「ピクレル」のシェフへの思いがあった。

「『ピクレル』はミシュランの星付きレストランだったこともあるんです。でもそれによって全世界からお客さんが来るようになり、スパゲティや魚料理など、他の地域の食べものを求められるようになってしまった。故郷である南チロルを愛し、その食文化をいろんな人に知ってもらうために一生懸命やってきて、それが評価されて星を得たはずだったのに」

だからあえて星を落としたのだと、シェフは三輪さんにそう話したのだそうだ。

テーブルウェアにあしらわれたチロリアンテープ
「僕は育ちが東京のこのあたりで、都会っ子だからかもしれないですが、地域愛ってあまり持っていなかったんですよ。だから師匠の思いにすごく感動したんです。僕は師匠の最後の教え子として、彼の思いを東京のど真ん中から発信していくことにしました」

現在はレストラン営業だけではなく、冷凍食材を百貨店の催事で販売したり、自家製のサラミや生ハムを卸したりと、業態にとらわれず多方面に手をひろげている。すべては南チロルの食文化を多くの人に伝え、それを通じて日本の食卓を豊かにしていくためだ。

「例えばですが、こうなったらすごいなと思っているのは、日本の家庭で『今日はスパゲティがないからカネーデルリを食べようか』とか、そんなふうに選択肢のひとつとして広まっていったら最高ですね」

店内で提供するほか、外部に卸してもいるサラミや生ハム。数年以内に長野に工房を構える計画も進行中という

「三輪亭」が教えてくれる、国境を超えて混ざり合う料理の面白さ

日本に南チロル料理店がないのは、情報へのアクセスが難しいためだと三輪さんはいう。日本語で書かれた文献も少なく、詳しいことを知りたければ現地に行くか、現地からイタリア語の本を取り寄せるくらいしか方法がないのだそうだ。そんな料理を東京で味わえる、のみならず、オンラインで購入し家庭でも味わえるよう、三輪さんは環境を整えてきた。

私たちは普段便宜上、「イタリア料理」「ドイツ料理」「フランス料理」など、国名で区切って呼んでいるけれど、人々の食文化はそれほど簡単には線引きできないもの。同じ大陸で地続きのヨーロッパならなおさらだ。

けれど日本も、他の地域からやってきた料理を自分たちのものにするのには長けている。もとはイタリアからやってきたスパゲティを、ナポリタンやあんかけスパゲティなど日本風にアレンジしたり。インドからやってきたカレーをもとに、カレーパンやカレーうどんなど新しい料理をつくったり。

いつか南チロル料理が日本でもっと広まって、一般家庭で親しまれたり、アレンジの末に新しい食べ方が生まれたりする日も、もしかしてやってくるかもしれない。

店内に掲げられた、現在のオーストリア・チロル州の州旗

cucina tirolese 三輪亭 per famiglie

東京都世田谷区豪徳寺1-13-15 ツノダ第1ビル1階
TEL:03-3428-0522
※ご訪問の際は事前のお電話をおすすめします

営業時間
<店内飲食>ランチ 11:30~15:00(L.O.14:00)/ディナー 18:00~22:00(L.O.20:00)
<テイクアウト>ランチ 11:30~15:00(L.O.14:00)/ディナー 18:00~20:15(L.O.20:00)
定休日:火曜日・水曜日 ※祝日の場合は他の日に振替

https://www.miwatei.com/
https://www.instagram.com/miwatei.cucinatirolese/