Vol.549

FOOD

21 MAY 2024

ラクサだけじゃない。東南アジア随一のミクスチャー大国、シンガポールの食の世界

東南アジア、マレー半島の先端に位置する国、シンガポール。東京23区とほぼ同じ大きさという小さな国だが、外資優遇政策により発展を遂げ、東南アジア経済の重要な役割を果たしている国だ。かつてはマーライオンが目印だったが、高級ホテルやリゾート施設が立ち並ぶベイエリアを中心に、安心安全に観光ができる国として人気を集めている。そんなシンガポールに、さまざまなローカルグルメがあるのをご存じだろうか。ココナッツ&カレー味のスープ麺「ラクサ」は最近日本でも人気となっているが、実に多彩な独自の食文化があるのだ。今回はその魅力について、現地シンガポール在住の方やシンガポール料理専門店の方にお話しをおうかがいし、まとめてみた。

シンガポールとは?シンガポール料理とは?

シンガポールの名所・マーライオンの見つめる先には、シンガポールを代表するホテル「マリーナベイ・サンズ」が
シンガポールというと「マリーナベイ・サンズ」、「ラッフルズホテル」など豪華なホテルが立ち並ぶ、東南アジアでも先進的な国というイメージがある人も多いだろう。その歴史を辿ると、1819年に東インド会社・ラッフルズ卿がこの地に上陸したところからスタートする。数々の著名人が宿泊し、小説などの舞台にもなっている「ラッフルズホテル」は英国植民地時代にヨーロッパの建築様式で作られた「コロニアルホテル」として有名だ。インド洋からマラッカ海峡、太平洋へと続く海上交易の拠点として発展したシンガポール。第二次世界大戦中は日本の統治下に置かれたことも。戦後再び英国の統治となった後、1959年に独立を果たした。

「ラッフルズホテル」外観
今も残るコロニアルホテルは、シンガポールの魅力のひとつ。そこではアフタヌーンティーが提供されていて、英国統治の名残を残す。紅茶や中国茶などお茶はこの地の重要な交易品だったので、お茶の文化も花開いた。そして、現在のシンガポールのアフタヌーンティーは独自に進化を遂げ、ゴージャス&多様化していて、スイーツやスコーン以外に飲茶などが登場することも。夕方以降に料理やお酒と共に楽しめる、ハイティーと呼ばれるスタイルがあったり、ブッフェスタイルで楽しむことができたりと豪華なものが多いとか。そんな優雅なシンガポールの食がある一方、市井の人々が行き交うダウンタウンでは、ごちゃまぜとも表現されるローカルな食と出会うことができる。

食を中心にシンガポールを紹介する「大人のシンガポール旅」(芳野郷子著 発行:東京ニュース通信社)
今回シンガポールの食を取り上げるにあたって参考にしたのが、シンガポール人と結婚し、現地でコーディネーターやライターとして活躍する芳野郷子さんの著書。ホテルの高級レストランから下町の人気店まで、シンガポールの食を紹介している本だが、実は筆者はこの本の制作に関わらせていただき、芳野さんからさまざまなお話しをうかがった。掲載されているのは、芳野さん自身が通う店や評判の店ばかり。現地に行けないのが残念だったが、現地在住の芳野さんだからこそ知る確かな情報、リアルな情報をまとめた一冊となった。

街中にはヒンズー寺院をはじめ、各宗教の寺院が数多くある ©Kyoko Yoshino
そして芳野さんに教えてもらって改めて知ったのが、シンガポールは、宗教・民族などが異なる多彩なルーツを持つ人々が共存する多民族他宗教国家だということ。そしてチャイナ、アラブ、インディアなどさまざまなコミュニティタウンが街中に集まっているので、それら国々のグルメを一度に楽しめてしまう国なのだ。

今回はさらに日本でシンガポール料理専門店を営む川村さんにも話をうかがったが、やはり多様さがシンガポールの魅力だという。川村さん自身もさまざまなルーツを感じる料理の面白さに引き込まれ、シンガポールに何度も足を運び専門店を開くに至ったとか。タイ、ベトナムなどアジアの人気料理に引けを取らない魅力を持ち、日本人にも親しみやすい味だというシンガポール料理。その中でもまずはシンガポールを代表する国民的グルメを紹介していく。

さまざまなルーツを感じる、シンガポールを代表する4つの料理

シンガポールは、東南アジア、マレー半島の先端にある島国。マレーシアはもちろん、華人と呼ばれる中国系の人々、そして海を挟んで向こう側にある大国インド、長年その統治下に置かれていた英国…など、さまざまな国の影響を受けて発展した国だ。英国から独立したのは今から50年ほど前と、新しい国ではあるが、現在親しまれているシンガポール料理の数々は、シンガポールがそれまで辿った歴史・文化が詰まっている。

短く切った米粉麺が入っていて、仕上げにはラクサという香草の葉を刻んでのせる麺料理「ラクサ」 ©Kyoko Yoshino
まず紹介するのは、日本でも知名度が上がってきた「ラクサ」。カップ麺やカップスープのフレーバーとして日本のメーカーが「シンガポール風ラクサ」としてリリースしたりしているので知っている人も多いだろう。ココナッツミルクを使ったコクのあるカレー味のスープには米粉の麺を入れるのが定番。具材には海老や厚揚げ、魚のすり身などがのっている。

ラクサは実はマレーシア半島の国々で広く親しまれている料理だが、海老だしのコクが効いているのが「カトン・ラクサ」と呼ばれるシンガポールスタイルのラクサの特徴。カトンとはシンガポールの地名で、英国よりも以前にやってきた中国からの移民によるコミュニティができている地区。マレー半島の文化と中国の文化がまじりあったプラナカンと呼ばれる独自の文化が生まれたエリアだ。シンガポールでは「ラクサ」はプラナカンの料理として位置づけられる。

川村さんの店「ラオパサ」の海南鶏飯。黒いダークソースは中国醤油にみりんなどをブレンドし、オリジナルの味に仕上げている
ラクサと並び知名度が高いのが「海南鶏飯(ハイナンジーファン)」。チキンライスと呼ばれているソウルフードで、蒸したり焼いたりした鶏肉を鶏だしで炊いたジャスミンライス、チキンスープとともに楽しむ料理。チリソースや中国醤油(日本の醤油よりもどろっとしていて甘い)につけながらいただくのが本場のスタイルだ。

ローカルにも人気の名店「SONG FA bak kut teh(ソンファ・バクテ)」。バクテは青菜炒め、中国茶と一緒に楽しむ ©Kyoko Yoshino
現地のローカルな人々に人気なのは「肉骨茶(バクテ)」。ことばとしては福建語なのだが、福建省にこのような料理があるかというと、そうではないようだ。豚のスペアリブを八角・胡椒などの漢方・スパイス、ニンニク・ショウガとともにほろほろになるまで煮込んだスープで、現地では朝ごはんとして食べるというから、さすが暑い国だなと思う。体によい素材がたっぷり入っていることから、力仕事をする人が食べたり、元気を付けたいときに食べるものなのだそう。店により辛味が強かったり、スパイスの配合が異なったりと、いろいろな味がある。

芳野さんの本でも紹介しているチリクラブの名店「Jumbo Seafood」のチリクラブ ©Kyoko Yoshino
少し高級料理となるが、蟹を丸ごと使ったワイルドなシンガポール料理が「チリクラブ」。マッドクラブやソフトシェルクラブを炒め、甘辛いチリソースをからめた料理で、見た目は辛そうだが溶き玉子を加えたチリソースなのでまろやかな辛さ。このチリクラブにはマントウと呼ばれる揚げパン、蒸しパンを一緒にオーダーし、ソースをこのパンにからめて食べるのがお決まり。店によって胡椒が効いていたり、甘めの味だったりと個性が出る。

市内のあちこちで見かけるホーカーセンター ©Kyoko Yoshino
これらの料理はそれぞれ専門店もあり、シンガポールの人々は自分の好みの味の店があるという。そして、シンガポールにはホーカーセンターと呼ばれる屋台が集まったような施設が市内にいくつもあるが、そこでも「ラクサ」など、これらのローカルフードが並ぶ。シンガポールの人は朝も夜も家族で外食することが多く、ホーカーで食事をして団らんのひとときを過ごすのだ。なのでホーカーは、観光客が現地の人々の暮らしを感じられる場所でもある。「チリクラブ」もホーカーであればリーズナブルに楽しめるだろう。

シンガポール料理を日本で楽しみたいなら…

そんなシンガポール料理を日本でも楽しめないだろうか…と調べてみるといくつか見つけることができた。「チリクラブ」ならば銀座や竹芝に店がある「シンガポールシーフードリパブリック」へ。空輸でマッドクラブを取り寄せ、本場の味を提供していて「JUMBO seafood」など、名店の味を再現しているという。

そしてシンガポールの高級ホテルに出店し、アフタヌーンティーなども提供するシンガポール発の紅茶ブランド「TWG Tea」。こちらは銀座や丸の内など、国内に8店舗展開する。180種類ものお茶が並び、植民地時代を思わせるクラシックな雰囲気のパッケージの紅茶はブレンドティーが中心。高級感溢れるティーセットなど、現地と同じ商品が並んでいる。

この春、名古屋・栄にもオープンした「TWG Tea」。カラフルなパッケージに目を奪われる
今回話をうかがった川村さんの店「ラオパサ」は名古屋にあるシンガポール料理専門店。インターネット通販で、バクテやラクサなどを真空パックにし、温めるだけで手軽に楽しめる商品を販売している。「ラオパサ」のバクテは、芳野さんの著書でも紹介しているバクテ屋の老舗であり人気店「SONG FA bak kut teh」の味をイメージしたものなのだそう。日本人ならご飯と合わせたいと思う味。「ラオパサ」では5種類以上のスパイス・漢方をブレンドし、じっくり煮込んで仕上げたバクテとなっている。

「ラオパサ」のバクテ。スペアリブはほろほろ。現地と同じように素焼きの土鍋で提供している
「ラオパサ」お取り寄せサイト
https://laopasa.base.shop/

ココナッツを使ったジャムでシンガポール風の朝食を

このように日本でもシンガポールの味が楽しめるようになってきているが、やはりタイやベトナムなどと比べると店が少ないのも事実。そこで自分でも作れないかと輸入食材店などでいろいろ探してみると、ラクサや海南鶏飯の素といった商品が発売されていた。さらにココナッツのジャム「カヤジャム」を大手輸入食材店で発見。この「カヤジャム」は芳野さんの本でも紹介していたので知った、シンガポールで親しまれているジャム。パンにカヤジャムとバターをはさんだトースト、カヤトーストはシンガポールの朝食&おやつの定番メニューだ。

コピティアムの人気店「YYカフェディアン」のカヤトーストのセット。とろとろのゆで玉子を付けて食べるのが現地スタイル ©Kyoko Yoshino
コピティアムと呼ばれるカフェなど、さまざまな店でカヤトーストを楽しめるが、こだわりの店だと厚切りパンを炭焼きしてトーストにし、自家製カヤジャムとバターをはさんだものも。現地の人は練乳入りの濃厚なコーヒー「コピ」と一緒に楽しむというが、日本人にとっては甘いトーストと甘いコーヒーの組み合わせは少し甘すぎるので、ブラックコーヒーに合わせるのがおすすめと芳野さんはいう。現地ではフレンチトーストやクロワッサンにジャムを挟んだ、おしゃれなカヤトーストもあるとか。

スコーンを焼いてバターと一緒にカヤジャムをはさんでみる。紅茶ではなく、濃厚な味のエスプレッソと合わせてみた
カヤジャムは食べてみるとほっくりとしていて白あんのような味わい。名古屋の小倉バタートーストに慣れ親しんでいる筆者にとっては、とても親しみのある味だった。「ラオパサ」の川村さんはカリカリに焼いた薄めのトーストにカヤジャムを塗って、バターの代わりにクリームチーズをはさむのもおすすめだという。チーズの塩気がアクセントになって、これもまた美味しかった。気軽に楽しめるシンガポールの味として、ぜひカヤジャムを楽しんでみてほしい。

まだまだある、魅力的なシンガポール料理

ほかにも「ラッフルズホテル」のバーで生まれた「シンガポールスリング」は、パイナップルジュースをベースにしたトロピカルな味わいのカクテル。世界中のバーで親しまれているカクテルだ。インドのイメージがあるカレーも、シンガポールで独自に進化した「フィッシュヘッドカレー」なる料理がある。中華系の人にも喜ばれるよう魚の頭を丸ごといれて旨みを効かせたカレーなのだとか。

ドライジン、チェリーブランデー、パイナップルジュースなどを使った「シンガポールスリング」。女性にも飲みやすいようにと考案された
芳野さんの本のページをめくれば、シンガポールではさまざまな国にルーツを持つ食が親しまれ、しかも独自に進化していることがよくわかるだろう。そしてそれらを知ることで、シンガポールがどんな歴史を持つ国なのか、どんな人々が暮らしてきた国なのかが垣間見える。

ロジャック(マレー語でごちゃまぜの意)と表現されるシンガポール料理。さまざまな人種・宗教・文化を受け入れる中で生まれたからこそ、多くの人を魅了するのだと感じた。紹介した芳野さんの本や、日本で楽しめるシンガポールの味を通して、シンガポールのことをもっと知りたいと思ってもらえたら嬉しい。