南米東部に位置するペルーは、ナスカの地上絵やマチュピチュなど世界遺産が数多くある国。さらに最近では美食の国としても注目を集めていて、2022年には世界のベストレストラン50で第2位を獲得するレストランも登場。美食家の間でペルー料理に関心が集まっているという。そんなペルー料理を実際に食べてみると、地球の反対側に住む人々の料理ではあるが、どこか親しみを感じる味。さらに日系ペルー人の方にペルー料理の歴史やレシピをうかがうと、その親しみやすさや、美味しさの理由が見えてきた。
神秘とパワーあふれる国、ペルーについて
南米西部の沿岸部に位置するペルー。この国について、どんなことを知っているだろうか? かつてインカ帝国と呼ばれた地域があり、マチュピチュやナスカの地上絵といった世界遺産の宝庫として知る人も多いだろう。しかし近年ペルーで注目されているのは食。
健康志向の高まりによりスーパーフードと呼ばれる美容や健康によいとされる食材が人気だが、そのほとんどの原産国がペルーやその周辺地域なのだ。特に「シエラ」と呼ばれるアンデスの山岳地帯が原産地、発祥の地とされ、それらを使ったさまざまな郷土料理が今もこの地で親しまれている。
さらにトウモロコシや唐辛子、ジャガイモなどもこの地が原産。ペルー料理といって思い浮かぶ人は少ないかもしれないが、今の日本で欠かせない野菜の原産は実はペルーなのだ。
地域で言うと、ペルーは「シエラ」のほかにも海に面した乾燥地帯「コスタ」、アマゾンの源流域となる熱帯雨林地帯「セルバ」というまったくことなる地形・気候のエリアがある。さらにペルーは移民の国として発展してきた歴史があり、インディオと呼ばれる先住民のほか、植民地時代にはスペイン系、アフリカ系、さらに中国・日本からも移民が訪れ、この土地の文化と融合していった。そんな多様な風土、そして移民による歴史が今のペルーの食文化につながっていく。
このようなペルーの気候・地形・文化の多様性に注目し、それをイノヴェーティブな食で表現した人物が、ペルー料理研究家、ヴィルヒリオ・マルティネスだ。彼のレストラン「セントラル」は2022年版「世界のベストレストラン50」で世界2位を獲得。世界中の美食家から注目を集め、それによりさらにペルーが美食の国として注目されることに。そして彼のレストランの支店が昨年東京にもオープンしていて、日本でもペルー料理が多くなってきているのは確か。ペルー料理に熱いまなざしが注がれていると言ってもいいだろう。
ペルー料理とは?その代表的な料理を紹介
今回ペルー料理を知るにあたって、愛知県安城市にあるペルー料理レストランのシェフ、宮田ヨシさんにお話しをうかがった。宮田さんは日系4世で曽祖父が日本人。宮田さんも6歳まではペルーで暮らし、その後両親とともに日本へ。祖父母がいるペルーへも時折戻るという。そんな宮田さんにペルー料理の特徴について聞いてみた。
まず特徴的なのが、かつてのインカ帝国の都・クスコをはじめとする高原地域の主食であった、ジャガイモやトウモロコシを使った料理。インディオと呼ばれる先住民たちは、日本でもおなじみとなった「インカの目覚め」など、何千とあるさまざま品種のジャガイモを工夫して食べてきて、それが移民たちがもたらした食と結びついていった。
ジャガイモを使った料理で代表的なのが「カウサ・レジェーナ」と「パパ・ア・ラ・ワンカイナ」。「カウサ・レジェーナ」はマッシュポテトのサラダで、アヒ・アマリージョと呼ばれる黄唐辛子をペーストにした調味料で味付けしているので鮮やかな黄色をしている。茹で鶏やアボカドを間にサンドした、大皿でたっぷり作る家庭料理だが、近年はセルクルで型抜きして盛り付けたケーキのような見た目のものも。アヒ・アマリージョといった唐辛子もペルーが原産で種類が何千種とあり、ペルーの料理には欠かせない。
「パパ・ア・ラ・ワンカイナ」は、チェダーチーズとアヒ・アマリージョと牛乳でソースを作り、茹でたジャガイモにかけて食べるというジャガイモが主役の料理。さわやかな辛味とコクのあるソースがジャガイモの味を引き立てていて、シンプルながら幅広く親しまれている。
そしてジャガイモと共に種類豊富なのがトウモロコシ。さまざまな色、味、形のトウモロコシがあるが、ペルーには紫トウモロコシを使ったドリンクがあるという。「チチャ・モラーダ」と呼ばれ親しまれているドリンクで、レシピは変化しているだろうがインカ帝国以上前からペルーで飲まれていたとも言われている。ペルーでは今でも子どもから大人まで大好きなドリンクだ。
宮田さんの店では「チチャ・モラーダ」を自家製していて、作り方を聞いてみると、紫とうもろこしをリンゴやパイナップル、オレンジ、シナモン・グローブと一緒に煮出して原液を作り、飲むときに砂糖とライムで甘味と酸味を加えて飲むものだという。トウモロコシの実が入っているわけではないので、とても飲みやすく、宮田さんのレシピはサングリアのようなフルーティな味だった。
紫とうもろこし以外にも、キヌア、マカ、カムカム、ルクマなど栄養価がとても高い食材がとにかく多いペルー。日常の食に取り入れられているのは、うらやましい限りだが、栄養価の高い植物が多い理由は、3000m以上の山々が連なるアンデスの厳しい環境だという。過酷な環境を生き抜くため植物たちも強くパワーあふれる食材になったとか。それをペルーの人々も厳しい環境を生きる糧にしてきたのだ。
移民の国、ペルーならではのミクスチャー料理について
このようなペルー独自の食材以外にもペルー料理の特徴と言えるのが、さまざまな国からやってきた人々の料理と融合していった、ペルー独自のミクスチャー料理。16世紀の大航海時代にスペイン人が侵略し、ペルーの中でクリオージャという現地白人による文化が発展していく。それによりスペインで親しまれていたレモンやライムなどの柑橘や米を使う料理がもたらされたとか。もともとあった先住民の料理と融合し、これが今のペルー料理の礎となる。
さらにスペイン人が奴隷として連れてきたアフリカ系の人々によりもたらされたのはスパイスを使った料理。例えばアフリカ系の料理がルーツとされ、今もストリートフードとして人気を集めているのが「アンティクーチョ」。もともとは牛の臓物を使った料理で、捨てられてしまう部位を美味しく食べるために工夫された料理だ。心臓や腸などをスパイスで配合した調味液に漬け込んで焼き上げる。
19世紀になって奴隷制が廃止されると、代りの労働力となったのが中華系移民。彼らが作り上げた「シーファ」と呼ばれるペルー中華も今やペルーに欠かせない料理となった。なかでも国民食といってもいい料理が「ロモサルタード」。もともと塩味で味付けしていたようだが、それをシジャオと呼ばれる醤油を使いアレンジした、牛肉と野菜の中華炒めだ。
中華系の移民のほとんどが広東出身ということもあり「ロモサルタード」はオイスターソースなども使う広東料理風の味。仕上げにフライドポテトやフレッシュトマトを入れてアレンジすることで、ペルーらしい一品になっており、ミクスチャー感があって面白い。
そして最後となる大々的な移民が日本人。ペルーにはじめて日本人が渡ったのは今から150年前。宮田さんの曽祖父も沖縄からペルーへ。この頃は特に沖縄から多くの人々が新天地を求めペルーに渡ったという。歴史としては新しい移民だが、1990年代にはペルーで日系人が政権を担うなど、ペルーの歴史を支えるまでになった。ペルー食材を使った和食はニッケイ料理と呼ばれ、特に近年はペルー国内でもトレンドとなっている。
現地の味を紹介。ペルーのシグネチャー料理「セビーチェ」
多民族・多人種国家ならではの、さまざまなミクスチャー料理がある移民の国ペルーで、国を代表する料理といっても過言ではないのが魚介のマリネ「セビーチェ」だ。メキシコやボリビアなど、南米の各地でも同じ名前の料理があるが、その発祥はペルーだという。宮田さんも、祖母が週末になるといつも作ってくれた、故郷を想起させる料理だとか。ペルー国内でもさまざまなレシピがあるが、祖母の味でもあるクラシックな作り方を宮田さんが紹介してくれた。
材料の重要なポイントになるのがライム。ペルーなど南米のライムはキーライムと呼ばれる、日本で見かける一般的なライムより小ぶりで皮が薄いもの。「日本ではなかなか見かけないですが、最近出回るようになったのでセビーチェを作るときはぜひキーライムを使ってみてください。一気にペルーの味になります」という宮田さん。なければライムで代用を。レモンでは甘くなってしまうという。そして唐辛子もペルーのフレッシュなアヒ・リモを使うと辛すぎず、風味がよくなるがなければ鷹の爪でもいい。
具材となる魚介類は、イカ・タコ・エビなど、好みのものでOK。たんぱくな白身魚類も使うことが多いが、鮮度のよいものを1種類だけでなく数種類入れるのがトラディショナルなスタイルだ。まずは大き目にカットした魚介類にたっぷりと塩を振る。そこにキーライム4個分を絞り入れ、刻んだコリアンダー、アヒ・リモ、ホワイトペッパー、スライスした赤玉ねぎを加えて和えたら完成。
口に入れるとライムのキリっとした酸味が刺激的だが、それが魚介の旨みを引き立て、食欲をそそる味に。冷えた白ワインやビールを飲みたくなる。
「かつてはマリネ液に一晩漬けてから食べていたのですが、マリネ液と和えてすぐに食べるレシピは日系人が考案したと言われています。特にタコを食べる文化は日本人がもたらしたとか。新鮮な魚が手に入るコスタだからこそできる料理です」。
そしてセビーチェに添えられているのは、茹でたサツマイモとローストしたトウモロコシ。ペルーでは甘い芋とトウモロコシの食感を合間合間に食べながらセビーチェを楽しむという。魚介のフリットや肉料理などさまざまな料理にも、このトウモロコシと芋の付け合わせは欠かせない。
ペルーの新鮮な魚介と唐辛子、そこにヨーロッパからもたらされたライムやアジア料理に欠かせないコリアンダーが加わり、さらに鮮魚を食べる習慣があった日本人がレシピをアレンジするなど、さまざまな料理が融合したことにより生まれた「セビーチェ」。宮田さんの話をうかがって、ペルーの歴史が詰まったローカルフードであり、ペルーの人々がそれぞれにお気に入りの味がある、思い入れのある料理であることも分かった。
今も融合・進化をし続けている、ペルー料理
限られた食材の中で郷土の料理と土着の料理を融合させ、自分たちの料理へと昇華させていったペルーの人々。食への想いが強く、普段から前菜からメイン、デザートまで、しっかりとフルコースで楽しむなど食べる量も多いという。そんなペルーで今人気なのは、セビーチェを巻いた寿司など、ニッケイ料理と呼ばれている創意あふれる和食。また「コスタ」と「シエナ」など、ペルー国内の郷土料理を融合させた新たな料理も登場しているという。
宮田さんの店をはじめ現地の味を再現するペルー料理店でいろいろな料理を食べてみたが、特に「ロモサルタード」はとてもご飯が進む味。そして唐辛子を使った料理は辛すぎず、心地よく食欲を刺激してくれる。そしてニッケイと呼ばれる和食をルーツとする料理もあり、盛り付けや見た目も色とりどりでカラフルなのも印象的だった。
ペルー料理を食べたことがない人はぜひ一度体験を。日本人ならばきっと親しみのある食べやすい味だと感じるだろう。そしてセビーチェなどペルーの風土や歴史が育んだ美味しい楽しみ方やペルーのスーパーフードを取り入れて、健康的で豊かな食のアイデアにしてみてほしい。
ペルー料理|デラコンチャ
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。