Vol.709

FOOD

02 DEC 2025

待つ時間を楽しむお菓子。ドイツの伝統菓子『シュトレン』

クリスマスを待ちわびるアドベントの期間に少しずつ味わう、ドイツの伝統菓子「シュトレン」。クリスマスの約4週間前から、薄く切って一枚ずつ食べるのが、本場の楽しみ方。たっぷりのドライフルーツとスパイスが香る生地を時間をかけて熟成させることで、日毎に風味が深まっていく。日本でも冬の定番として親しまれるようになったこのお菓子には、キリストの誕生を待ち望む心や、家庭ごとの味の物語が詰まっている。待つ時間さえも楽しむお菓子、シュトレンの魅力をひもといていきたい。

クリスマスまでの日々を共にするお菓子

クリスマスカラーのリボンでおめかし
シュトレンの発祥の地はドイツ・ザクセン州のドレスデンと言われている。

シュトレンという名前はドイツ語で「坑道」という意味を持っているが、バターと粉糖で覆われた真っ白な見た目から、「産まれたばかりのイエス・キリストの白い産着」を象徴しているといわれている。

シュトレンの形はおくるみの形から来ている
シュトレンは、ドイツでクリスマスを迎えるまでの“アドベント”と呼ばれる期間に、薄くスライスして食べるのが正式な食べ方。まるで季節を楽しむための、小さな儀式のようなお菓子なのだ。

5ミリ程度にスライスして
お酒とスパイスに漬けられたオレンジピール、レモンピール、レーズンやナッツなどを発酵生地にたっぷりと練り込まれており、1枚食べるたびに深みのある味わいと芳醇な香りが鼻に抜けていく。
シュトレンのおもしろさは、焼き上がった瞬間がいちばんの食べ頃ではない、というところにある。

たっぷりと混ぜ込まれたドライフルーツやナッツ、バターは、時間をかけて生地へとゆっくりと染み込んでいく。

数日経つごとに生地はしっとりと落ち着き、甘みや香りの輪郭がやわらかく、ひとつにまとまっていくのだ。

フルーツとナッツがぎゅっと詰まっている
“あと一日寝かせたら、もう少し味が馴染むだろうな”

そんなふうに思いながら少しずつ切り分ける時間もまた、楽しみの一部。日に日に変わっていく味わいは、クリスマスを心待ちにする気持ちと重なって、少しずつ高揚感を高めていってくれる


丁寧に重ねていく、素材と香り

焼いたばかりのシュトレンはすぐにバターの海へ
シュトレンは、派手な工程こそないものの、素材と香りをゆっくりと重ねていくお菓子だ。

空気を含ませるように捏ねていくと、指先には、ドライフルーツの甘い香りと、バターが少しずつ生地に馴染んでいくのが伝わってくる。

シュトレンの形は万国共通
シュトレンは、焼き上げるだけでは完成しない。

フォークで表面に穴をあけ、溶かしバターをたっぷりと染み込ませ、さらに粉糖をまとうことで、外側はやわらかく、内側はしっとりと落ち着いた味わいへと育っていく。

この一連の工程は、味のためであると同時に、アドベント期間の4週間前からクリスマスまで美味しく食べ切るために重要な工程なのだ。

たっぷりの油脂と砂糖に包まれたシュトレンは、しっかりと保存すれば1ヶ月は十分に日持ちする。

これでもかというほど纏わせるのが、美味しさと日持ちの秘訣
あとは、そっと包んで置いておくだけ。早く食べたい気持ちは一旦鎮めて、ここから更に熟成させることも大切。日を追うごとに、香りや甘みが自然と馴染んでいく。

その変化を待つ時間こそが、シュトレンの楽しみのひとつだ。

とっておきの一切れを引き立たせるために

ドリンクとのペアリングを楽しんで
シュトレンは、ただ甘いだけのお菓子ではない。

噛むほどに広がるバターの深み、洋酒に漬け込んだフルーツのやわらかな香り、
そして後からそっと残るスパイスの余韻。その複雑さは、飲み物によってさらに表情を変えてくれる。

コーヒーなら深煎りを。香ばしさがシュトレンの甘さをより一層引き締める。

カフェラテで楽しみたいなら、ラムを少しだけ垂らすとシュトレンとの調和が取れる。

熱々のコーヒーに垂らせばアルコールも飛んでくれる
紅茶ならアッサムやダージリンのような、すっきりとしつつもそれ自体の香りを主張するものを。

スパイスのアクセントと調和し、あたたかい余韻が長く続く。

紅茶の蒸らし時間には、それぞれの香りが部屋の中で調和する
そして、もう少しだけ特別な時間にしたい日には、ぜひグリューワインを。ホットワインや、モルドワインとも呼ばれる。赤ワインにシナモンやクローブ、柑橘の皮を加えて温めた、ドイツや北欧で親しまれる飲み物だ。

温めることでアルコールの角が落ち、スパイスの香りがやさしく立ち上がる。

お気に入りのカップに注いだら、レンジで少し温めるだけ。ひと口飲むと、冷えた指先までじんわりとあたたまっていくような感覚がある。

日本ではあまり親しみのないドリンクだが、去年の冬、シュトレンとグリューワインのペアリングを教えてもらった時には、「また一つ冬の楽しみが増えてしまった」と、感動したことを思い出す。

グリューワインには赤、白、ロゼなどの種類がある
一年のほとんどが暑い時期となってしまった近頃は、空気が冷たくピンとする冬が恋しくなる。

忙しさに追われる日でも、粉糖をまとった小さな一片と温かいドリンクを片手に、ゆったりとひと息つくことを忘れずにいてほしい。

冬のしずけさを味わうために

シュトレンは、季節の真ん中に置かれるような華やかな主役ではない。

けれど、クリスマスの4週間前からのアドベント期間を一緒に過ごす存在として欠かせないお菓子なのである。

一度に食べきるのではなく、日々少しずつ切り分けていくという食べ方は、「今日の夜も、帰ったらシュトレンを楽しもう」という毎日の楽しみを与えてくれる。

大人はシュトレンを少しずつ。
子どもはアドベントカレンダーを1マスずつ。

小さな習慣が積み重なって、クリスマスまでの時間が小さな喜びで満ちていく。

アドベントカレンダー。12月1日から24日まで、1マスずつ開けていく

中にはキャンディやチョコレートが

毎日1個ずつ大切に食べてクリスマスを心待ちにする
薄く切った一切れをお皿に乗せ、香りに意識を向けてみる。

フルーツの甘み、バターの深み、スパイスの余韻。どれもが前へ出すぎるのではなく、それぞれがゆっくりと重なり合いながら広がっていく。

シュトレンは“待つ時間”そのものを楽しむお菓子だ。
味が少しずつ変わっていく様子は、こちらの気持ちや日々の過ごし方と、どこか歩調を合わせてくれているよう。

今日はどんな味だろう、明日はどんな香りだろうと、そっと確かめるひととき。
ただそれだけで、冬の毎日が少し特別になる。

それは大げさな特別感ではなく、生活の中でひと息つくための、小さなきっかけのようなものだ。

冬に灯る、小さなあかり

キャンドルとワイン、シュトレンがもたらす夜の癒し時間
今日の分を薄くスライスしてお皿に置けば、自分だけの休憩時間。

切り分けるという小さな動作ひとつでも、切り分けた時の昨日とは違う断面、瞬間にふわりと舞う香り。そしてその香りと共に深く息を吸い込む。その一連の動作が私を落ち着かせてくれる。

考えごとが頭の中で渦を巻いている日でも、ひと口を味わう間だけは、
自分を軸にした時間を過ごせるような気がする。

キャンドルの炎のゆらぎは、人の呼吸や心拍に近いリズムだと言われている
冬は目に見える物や肌に触れるものが重く感じる季節だ。

冷たい風や、低い陽の光、触れる厚い布の感触。

薄暗い時間に仕事へ出かけ、とっぷりと暗くなった時間に家に帰る。そんな環境の変化に、心も自然と影響を受ける。

だからこそ、毎日ゆっくりと深まっていく味わいを感じることで、まるでキャンドルを灯すように、自分の内側にも静かな灯りをともしたい。