クレープはお菓子である。クレープと聞けばすぐさまトッピングのバナナやホイップクリームが頭に浮かぶ筆者には、そのようなイメージがあった。けれどもフランスで暮らすようになって、その考えは変わった。フランスでは、クレープは「食事」という位置付けなのだ。例えばパンを切らしてしまった時、「そうだ、クレープを作ろう」と、卵や牛乳など家にある手頃な食材だけで簡単に作れてしまう、たいへん経済的で便利な一品である。今回は、このクレープの魅力についてお伝えしたい。
日常的にクレープを食べる、フランス
小麦、卵、牛乳とシンプルな素材で作れるクレープは、麦の栽培と酪農が栄えているフランスの家庭ではたいへん親しまれているメニューだ。日本では食べ歩き用として売られている場合が多いが、フランスでは「crêperi(クレープリー)」と呼ばれるクレープ専門のレストランがある。ランチとしては比較的手頃な値段ということもあって、お昼の時間帯ともなれば人気店はたいへん混雑している。
さらにスーパーでも、フライパンと一緒にクレープパンが売られている様子を見れば、いかにクレープが日常的な食べ物かがわかるのではないだろうか。
クレープはフランス人にとって、日本でいうところのおはぎやお餅やお粥のような立ち位置だと想像していただければ、比較的理解がしやすいかもしれない。日本人が主食のお米を活用してさまざまな料理を作り上げているのと同様、フランス人も小麦粉を使ってパンだけではなく多種多様な料理を作り出している。そしてそれらは外出先での特別なおやつではなく、伝統として日常に根付いているのだ。
例えば日本の七草粥やお盆に食べるおはぎのように、フランスにはクレープを食べる日がある。クリスマスから丁度40日後、2月2日に行われる「la chandeleur(ラ・シャンドゥルール)」だ。この日は聖母マリアがキリストを奉献したと言われている他、ローマ時代は羊飼いや牧畜の神である神パンを讃える祭りが行われていたそうだ。その日信者たちはろうそくを灯して街を歩き、さらに家にも置いて翌年の豊作を祈っていた。そのためラテン語の「candela(カンデラ)」という「ろうそく」を意味する名前が付けられている。
そこからクレープを食べるようになった理由は諸説あるようだが、前の年に収穫した小麦を食べ切る目的や、クレープの黄色く丸い形が太陽に似ており春を予感させるため、という説もあるらしい。2月2日といえば、日本でも丁度立春の頃である。農民たちにとっては待ちに待った春の訪れを、クレープを用いて祝うのだ。
繁栄を願うこの日は、その年の恵方を向いて食べる恵方巻きのように、ジンクスも残っている。左手に金貨を握りながら、右手にフライパンを持ってクレープをうまくひっくり返せたら、その年は幸運に恵まれるというものだ。日本でも簡単にできるので、興味のある方は縁起を担いでみてはいかがだろうか。
食事にもデザートにも。文化と結びついたクレープたち
さてそんなクレープだが、生地自体の味わいはとてもプレーンなため、パスタなどと同様にさまざまな種類が存在している。大きく分けるとクレープ・スクレ(甘いクレープ)と、クレープ・サレ(しょっぱい味付けのクレープ)だ。日本のようにホイップクリームや色とりどりのフルーツで彩ってあるものもなくはないが、フランスではもう少し素朴に食べられているように思う。
例えばクレープ発祥の地と言われているフランスのブルターニュ地方では、そば粉を使ったガレットが有名だ。その中でも「complète(コンプレ)」と呼ばれているものは、食事に最適なため私も度々朝ごはんとして食べている。そば粉で作ったクレープにチーズ、ハム、卵を乗せて焼いたもので、食べ応えがあるが、そば粉のためさっぱりとしていて胃が疲れない。
フランスではガレットに使ったそば粉の他にも、日本同様胚芽が入ったものや、BIOマークのついたオーガニックのもの、その他珍しいものだと栗の粉なども売られている。栗粉はその名の通り栗を粉砕して作られた粉で、ほんのりとした甘みが特徴的だ。フランスではよくパンに塗って食べる用の栗のペーストが売られているので、栗粉で作った生地に合わせて食べるととてもおいしい。
ラム酒派?それともフルールドランジェ派?おいしいクレープの食べ方
どんな粉を使うのか、そして盛り付けるもので無限の種類を作り出せるクレープ。他にもまだまだ可能性を秘めていそうである。そこで調べるために、現地の友人に聞いてみることにした。すると「ラム酒派とfleurs d'oranger(フルールドランジェ)」で好みが分かれると思う、という話だ。
フルールドランジェは、オレンジの花のつぼみを蒸留して作ったエッセンスのこと。ほのかに甘く清涼感のある香りは、マドレーヌなど、よくお菓子に用いられている。これらのお酒を混ぜることで、さらに風味豊かな生地を作ることができる、という訳だ。ちなみに筆者の友人は、生地にラム酒を加え、さらにフランボワーズのコンフィチュールと食べるのが好きらしい。
その他にも、クレープは日本人がトーストに塗って食べるようなバターやフルーツのジャムなどとよく一緒に食べられている。
あまり日本では馴染みのないものを紹介するとすれば、先ほどの栗のペーストの他、ココアパウダーをペースト状にしたチョコレートスプレッドが有名だ。中でもイタリア発祥のココアパウダーとヘーゼルナッツが入ったスプレッドであるヌテラは、とてもよく食べられているように思う。どれもこれもパンに塗って食べるもののため、冷蔵庫に常備しているフランス人が多い。私もたまに濃厚な味を食べたくなったときに、冷蔵庫からいそいそとチョコレートスプレッドを取り出してクレープやパンに塗って食べている。ナッツが入っているので香ばしい香りがし、コーヒーと組み合わせるとそれだけで至福なのだ。
ぎゅっとレモン汁をかけて食べる
最後に、とてもシンプルでおいしいクレープの食べ方をご紹介したいと思う。焼いたクレープにレモン汁をたっぷりと絞り、砂糖をかけるだけ、という簡単なレシピだ。砂糖を蜂蜜に変えても、とてもおいしい。フランスのクレープ屋さんに行くと大体置かれているメニューで、初めて食べたときは香り付け程度ではなく大胆にかけられた果汁の多さに驚いたものだった。けれどバターのまろやかさとさっぱりとしたレモンの酸味が絶妙に絡み合った味は、後を引くおいしさなのである。
保存がきく小麦粉と、どの家にもある卵や牛乳を合わせて手軽に作れるクレープ。かつ作る人の想像力でトッピングや味わいのバリエーションが、どこまでも広がってゆく。食事がマンネリになってしまったなという方にも、ぜひおすすめしたい料理だ。みなさんも、パンやご飯に並ぶ主食として、いつもの食卓にクレープを加えてみてはいかがだろうか。
CURATION BY
東京都出身。フリーの編集・ライター。フランスと日本を行ったり来たりの生活をしている。