Vol.622

FOOD

31 JAN 2025

誰もが認める世界的ショコラティエ。フランス生まれの特別なチョコレート「ベルナシオン」

カカオ豆は、ローストすることでチョコレート特有の香りを放つという。カカオ豆の種類から焙煎方法、産地などによってアロマは多様に変化し、スパイシーな香りからフルーティーなもの、ナッティーなものからフローラルなものまで、実に1000種類以上もあるそうだ。そんなカカオが持つ繊細なアロマを味わう喜びを私に教えてくれたのは、フランスのリヨンに本店を構える世界的に有名なショコラティエ「ベルナシオン」だ。今回は私の「チョコレートを食べる」という体験をアップデートしてくれた、このベルナシオンの素晴らしさをご紹介したい。

美食の街で出会った、忘れられないチョコレート

リヨンの街並み
1953年にフランスのリヨンでモーリス・ベルナシオンが創業したベルナシオンは、現在もリヨンに店舗を構え、有名ブランドのエルメスのように代々家族で事業を受け継ぎながら多くのファンを獲得し続けている。

私がベルナシオンに出会ったのは、2022年にリヨンに1ヶ月ほど滞在していたときだ。当時私はフランス語を学ぶために語学学校に通っており、その近くにベルナシオンがあったのである。登下校がてら店の前を行き来し、帰国前にいつか味わおうと毎日のようにケーキやヴィエノワズリー(パンオショコラなどの甘い菓子パンのこと)が並ぶ華やかなショーケースを眺めていた。

また、パリとは違った魅力を放つ風景と文化を持ったリヨンという街も、私にとってベルナシオンを特別なものにしてくれた。

リヨンはパリに次ぐフランス第二の都市と呼ばれているが、「都市」と聞いて多くの人が想像するようなコンクリート造のビルが立ち並ぶ近代的な街並みではない。フランスらしい古いアパルトマンやホテルが立ち並ぶ美しい景観を持っており、中でも15世紀〜17世紀に建設された中世の街並みが残っている「Vieux-Lyon(ヴュー・リヨン) 」という旧市街地は、趣のある石畳の路地がつづく魅力的な場所である。

そしてリヨンは、「美食の街」としても名高い。こう呼ばれる所以のひとつは、リヨンの立地だ。周辺にはボージョレーやブルゴーニュなどの有名なワインの産地があり、また多くの美食家たちの心を虜にしてきた高級鶏「ブレス鶏」や、肉の王様とも称される「シャロレー牛」といった上質な食材が入ってきやすい場所に位置しているのだ。またイタリアに近いことから、イタリアの食文化の影響も受けている。ルネサンスに代表されるように、当時は芸術も食文化もイタリアが先駆け。メディチ家出身のカトリーヌ・ド・メディシス(1519年 - 1589年)がイタリアの食文化を持ち込んだことでフランス料理が発展したというのは、たいへん有名な話である。

そんな食への感度が高い街で愛されているショコラティエこそが、ベルナシオンなのだ。

ベルナシオンのチョコレートたち

母国フランスでもたったの2店舗。ベルナシオンのこだわり

タブレットタイプのチョコ
2011年に国際展開とオンラインショップの開設を始めたことで、彼らが作るおいしいチョコレートは多くの地域に行き届くようになった。けれど高品質なものを届けたいという想いから、実店舗はパリとリヨン、たったの2店舗のみだ。有名になってもショコラティエとしてのこだわりを崩さない姿勢からは、ストイックな職人気質が窺い知れるように思う。

日本だといくつかのセレクトショップや、デパート主催のバレンタインイベントなどで購入することができるようだ。

魅惑的なショーケースが並ぶ、リヨンのベルナシオン
リヨンでは物販のスペースの横に「Bernachon Passion(ベルナシオン・パション)」という名前のレストラン・カフェが併設されており、食事ができる他、現地ならではホットチョコレートや生菓子を味わうことができる。滞在中に私は、「petit four(プティ・フール)」と呼ばれる一口大のケーキを買って食べてみた。手頃な値段だから好きな種類を組み合わせて買いやすい上、一つひとつ見た目も異なるケーキがテーブルに並ぶ華やかな様子は、それだけで魅惑的だった。

中央の3つ並んだチョコレートケーキが、リヨンでしか食べられないプレジダン
その他、もしリヨンに訪れることがあるならおすすめしたいのが、「Président(プレジダン)」というケーキだ。日本でも有名なフレンチのシェフ、ポール・ボキューズが当時の大統領であるヴァレリー・ジスカール・デスタンからフランス国家への貢献を讃えるために贈られるレジオン・ドヌール勲章を受け取る際に作られたケーキで、ここでしか味わうことができない。

ちなみにポール・ボキューズはリヨンの郊外の町出身で、16歳からリヨンで料理人として修行し、現在も「Les Halles de Lyon Paul Bocuse(レ・アール・ドゥ・リヨン・ポール・ボキューズ)」という名前のポール・ボキューズの名前を冠した中央市場がある。ベルナシオン家とも親交が深く、2代目のジャン・ジャック・ベルナシオンはポール・ボキューズの娘と結婚しているほどだ。

ベルナシオンでは、カカオ豆本来のおいしさを引き出すべく、素材の選定や焙煎の段階から自社で行ういわゆる「Bean to Bar」を採用している。カカオはインドネシアやベネズエラ、エクアドルなど10カ国近くから厳選されたものを使用。手作業で選別されたカカオ豆を伝統的な機械を用いて130℃で焙煎し、その後粉砕、マダガスカル産のバニラと砂糖と一緒にブレンドするという創業当初の味を守り続けているそうだ。

人気のパレ・ドールに多種多様なタブレットタイプ

金箔が上品なパレ・ドール
そんなベルナシオンで最も人気なのが、「Palets d'or(パレ・ドール)」だ。「or」はフランス語で金の意味。上品に金箔をまぶされたチョコレートは一見シンプルなガナッシュだが、とても多層的な味をしており、口に含むとゆっくりと香りがほどけてひろがってゆく。チョコレートのコーティングを齧ると、中には45%と高脂肪の生クリームを使ったやわらかなテクスチャーの生地が入っているため、食感の違いも楽しい。

食べやすいサイズのパレ・ドール
チョコレート専門店だからこそ味わえる、多種多様なタブレットも魅力的だ。カカオ本来の味を思う存分楽しめる高カカオ配合のものから、ヘーゼルナッツやピスタチオといったナッツ類、そしてオレンジや塩バターキャラメルなど、さまざまタイプが揃っている。どれもこれも素材がぎっしりと詰まっており、リッチな味わいを楽しめるものばかりだ。

ピスタチオとアーモンドのペーストが魅力的
私が今回手にとってみたのは、「Pâte d'amande Pistache(パートゥ・ダマンド・ピスタッシュ)」という種類。62%の濃度のダークチョコレートに、キルシュ風味のピスタチオ入りアーモンドペーストがはさまっている。見た目の印象からヌガーのような濃厚な甘さを想像していたけれど、食べてみると日本人好みの甘さ控えめで、キルシュが軽く華やかに鼻を抜ける。

私は勉強や仕事の合間にチョコレートを食べて気分転換をするのが習慣なのだが、ベルナシオンのチョコレートはその味に集中したくなるため、時間に余裕のある時に食べたいと思わされる。コーヒーを淹れてケーキを食べように、ゆっくりとベルナシオンのチョコレートの世界に浸りたくなってしまうのだ。

コーヒーとゆっくり味わいたい
2017年、ベルナシオンはフランスから伝統的な技術や卓越した職人技を持つ企業に贈られる、「Entreprise du Patrimoine Vivant(アントルプルーズ・デュ・パトリモワン・ヴィヴァン)」を授与された。今や日本でもBean to Barはよく知られるようになったが、その歴史はどうしてもベルナシオンには届かない。チョコレートが伝統と呼べる域にまで達しているのは、ヨーロッパの文化ならではなのではないだろうか。

手頃な値段で手に入るチョコレートももちろんおいしいが、たまにはショコラティエが伝統と技術を育んで作り上げたチョコレートを、心ゆくまで味わってみてほしい。きっと今までのチョコレートとは、違った体験をもたらしてくれるはずである。

Bernachon |ベルナシオン