銀座は日本を代表する商業地でありながら、実は養蜂にも適した街であることを知っているだろうか。2006年に始動した銀座ミツバチプロジェクト(通称:銀ぱち)は、都市の真ん中で養蜂を行う先駆的な取り組みで、銀座の屋上で約20年にわたり「銀座はちみつ」をつくり続けてきた。採れたはちみつはそのまま販売するほか、銀座の菓子店や飲食店を中心に素材としても使われている。本記事では、「銀座はちみつ」の香りや味わいとともに、このプロジェクトがどのように街に根づき、人との関わりを広げてきたのかをひもといていく。
まるで銀座をぎゅっと凝縮したような味わいに
「銀座で採れたはちみつ」と聞いて、どのような味を想像するだろうか。商業ビルが立ち並ぶ銀座は、一見すると自然とは縁遠いように思える。しかし、銀ぱちが手がける「銀座はちみつ」は、そんな先入観をよい意味で裏切り、銀座の新たな一面に気づかせてくれる存在だ。
「銀座はちみつ」は、いわゆる百花蜜である。ミツバチが集める蜜源は、皇居や浜離宮、日比谷公園といった都心の緑地に加え、銀座の街路樹に咲く花々だ。普段は見上げることの少ない頭上の木々も、ミツバチにとっては豊かな蜜源となる。半径2〜3キロメートルの範囲で蜜を集めてくるため、「銀座という街をぎゅっと凝縮したような味わい」になるという。
特徴的なのは、季節ごとに変わる味や香りの違いだ。春の訪れとともに最初に採れるのが、桜の花を主な蜜源とした「桜はちみつ」である。周辺の学校や街路に咲くソメイヨシノから集められた蜜は、桜の香りがして、銀座の春の始まりを感じさせてくれる。インバウンド旅行者にも、日本らしさを感じる味として喜ばれている。
フジや柑橘類が蜜源となる4月下旬のはちみつは、フローラルな味わいになる。5月にはユリノキやトチノキなどが主流になり、はちみつらしい甘さを感じやすく、多くの人に親しまれやすい味へと変わる。さらに6月には菩提樹(リンデン)の花が加わり、甘さの中にコクやほのかな渋みが生まれ、より奥行きを増していく。
一方、ネズミモチやエンジュといった花が蜜源となる7月から8月にかけては、甘さの中にピリッとしたスパイシーさが顔を出す。同じ百花蜜でも、地域が変われば味わいは異なるが、このスパイシーなテイストは「個性の強い街・銀座らしい味」なのだという。
「銀座ではちみつが取れたら面白い」から始まった都市養蜂
プロジェクト立ち上げのきっかけは、「銀座の屋上ではちみつが取れたら面白いのではないか」という、田中淳夫さん(現・副理事長)のひと言だったという。
始まりの舞台となったのは、銀座・紙パルプ会館の屋上。当時、田中さんは同会館の専務を務めており、「屋上を探している養蜂家がいる」という話を耳にして、「それならうちの屋上を貸してもいいよ」と応じたことが発端だった。しかし話は次第に方向転換し、気づけば自分たちでミツバチを飼い、養蜂に取り組むことになっていた。
田中さんに、養蜂に関する十分な知識があったわけではない。それでも、日本や世界から多様な人や文化が集まり、最先端と伝統が共存してきた銀座という場所であれば、自然を都市に取り戻す試みも、新たな価値として受け入れられるのではないか。そうした可能性を感じ、挑戦することを決めたのだ。
実際、立ち上げ当初のメンバーに、養蜂の経験者はいなかった。養蜂家のサポートを受けながら取り組んだものの、ミツバチの扱い方や採蜜のタイミング、品質の判断も手探りの状態が続いた。はちみつとして販売するには一定の糖度基準を満たす必要もある。試行錯誤を重ねながら、都会で養蜂を続けるための経験と知見を少しずつ積み上げてきた。
2006年に銀座ミツバチプロジェクトを設立し、「銀座の活性化」と「都市と自然の共生」を目指して歩み始め、翌年にはNPO法人化した。2026年に20周年を迎えるが、一人の思いからスタートしたこのプロジェクトは、共感するパートナーや街の人々に支えられながら、銀座に根付いてきた。
はちみつがお菓子やお酒に。銀座の街で広がるコラボレーション
「銀座はちみつ」の最もおすすめの食べ方は、そのまま味わうことだ。ポップアップイベントへの出展や屋上見学ツアーの際には、4月、5月、7月など、異なる月に採れたはちみつを食べ比べる機会を設けている。「同じ銀座で採れたはちみつでも、こんなに味わいが違うのか」と驚く人も多く、それぞれのお気に入りを見つけてもらう場にもなっている。
風邪をひいたり、喉がイガイガしたりするときに、寝る前にひと口なめて喉を潤す人もいれば、健康を意識して毎日スプーンひと匙を取り入れる人もいる。そのほか、パンやヨーグルトに添えるのはもちろん、砂糖の代わりとして料理に使うのも一案だ。砂糖の一部をはちみつに置き換えるだけで、料理にコクが生まれ、素材の味が引き立つという。
現在は、公式オンラインショップで購入できるほか、銀座に軒を連ねる商業施設や菓子店、飲食店など、プロジェクトと連携する店舗でも、「銀座はちみつ」を活用した加工品を楽しむことができる。
銀座の老舗企業とのコラボレーションが進んだきっかけは、田中さんが松屋銀座の食品バイヤーに、はちみつの活用方法について相談したことだった。バイヤーの働きかけにより、銀座の老舗企業が次々と協力するようになり、商品展開が広がっていったという。地下の食品売り場へ足を運ぶと、さまざまな店舗で「銀座はちみつ」を使った菓子類が販売されている。
また、少し大人の楽しみ方としておすすめしたいのが、銀座2丁目にある「Barたか坂」だ。こちらでは「銀座はちみつ(さくら)」を使ったハニーハイボールに出会える。
これまでは、「銀座で採れたはちみつを、銀座で味わう」という考え方を大切にしながら連携を広げてきた。今後はその枠にとらわれず、どのように展開していくのかも模索している段階だという。
養蜂を超えて広がる4つの取り組み
銀ぱちの活動は、養蜂にとどまらない。その取り組みは大きく広がり、現在では養蜂以外にも次の4つの事業を展開している。
1つ目は、教育機関を中心に展開している環境教育だ。ミツバチを題材にした体験型プログラムを行い、小学校への取り組みでは、フランスの化粧品ブランド、ゲランと連携している。ガラスケースに入れたミツバチを観察したり、養蜂道具に触れたり、はちみつをテイスティングしたりして、五感で学ぶ機会を提供している。
2つ目は都市緑化である。ミツバチの蜜源となる植物を育てるため、銀座のビル屋上に整備した「BeeGarden(ビーガーデン)」にはじまり、ホテルや商業施設、学校などへと広げてきた。これらの屋上は、ミツバチのための場所であると同時に、人と地域がつながる場にもなっている。
3つ目は地域連携だ。大分県との「かぼす収穫祭」や、福島市での田植え稲刈りと酒づくりなど、銀座を起点に全国の地域と関係を築いてきた。象徴的な取り組みのひとつが、焼酎「銀座芋人」である。「BeeGarden」で育てたさつまいもを福岡の酒蔵で焼酎に仕上げたもので、現在は各地で育てられたさつまいもを使った「(地名)芋人」へと広がっている。
4つ目が再生可能エネルギーへの取り組みである。福島市の耕作放棄地を活用し、太陽光パネルを設置。パネルの下で栽培した作物の商品化や、発電した電力を銀座の企業に利用してもらうなど、エネルギーの循環を図っている。
こうした事業の多くには、活動に関心を持つボランティアが関わり、スタッフとともにプロジェクトを支えている。
はちみつを味わいながら、銀座の中にある自然に目を向けてみて
プロジェクトが始まってからの20年で変わったのは、人と地域の関わりだけではなく、都会の中に生態系の変化も生まれている。
例えば、あるテレビ番組の取材により、銀座に生息するツバメの餌の約3分の1がミツバチであることが確認された。また、養蜂を行うビルの隣にある屋上の朝日稲荷神社では、ミツバチが訪れるようになってからカラスによるいたずらが減ったという話もある。「BeeGarden」にも多数の鳥たちがやってくるようになり、ミツバチを通して新しい生き物同士のつながりが生まれている。
こうした変化は、特別な場所で起きているわけではなく、今も銀座の日常の中で続いており、その背景には、小さなミツバチ一匹一匹の営みがある。
働きバチの一生は30〜40日ほど。そのうち実際に蜜を集めるのは、最後の10日ほどに過ぎない。その短い期間に一匹が集められる蜜は、ティースプーン半分から一杯程度だという。はちみつを口にするということは、そんなミツバチの命の営みをいただくことでもある。
普段は見落としがちな都会の自然に目を向けながら、はちみつを味わってみるのはいかがだろうか。例年3月から11月頃には屋上見学ツアーも実施されている。興味のある人は、ぜひ公式サイトをチェックしてみてほしい。
取材協力:NPO法人銀座ミツバチプロジェクト 養蜂スタッフ 藤原颯太さん
銀座ミツバチプロジェクト|銀座はちみつ
ginpachiはちみつ50g 3個BOX:3,780円(税込・送料別)
公式オンラインショップ:
https://www.ginpachi.shop/※屋上見学ツアーは季節限定で開催。最新情報は公式サイトをご確認ください。
公式サイト:
https://gin-pachi.jp/
CURATION BY
料理とお菓子作り、キャンプが趣味。都会に住みながらも、時々自然の中で過ごす時間を持ち、できるだけ手作りで身体に優しい食事を取り入れている。日々の暮らしを大切に、丁寧に過ごすことがモットー。