世界三大酒精強化ワインのひとつである、マデイラワイン。マデイラワインを知ったきっかけは、レストランで食べた鴨にかかっていた「マデイラソース」だった。調べてみるとそのまま飲むのはもちろんのこと、ティラミスに使ったりハヤシライスに使えたり、さまざまな使い方ができるらしい。今まで作っていた料理が何気ない知恵でさらにおいしいものに変わることは、ささやかな日々のエンターテイメントであり、楽しみをもたらす出来事である。そこで今回は、隠し味としてマデイラワインを暮らしに取り入れる楽しみ方をレポートしたい。
マデイラワインとは何か?
マデイラワインは、ポルトガルの首都リスボンからおよそ850km、モロッコ沖から約640km離れた大西洋に浮かぶマデイラ島で造られている。気候や風土に恵まれたこの島で生まれるマデイラワインは、酒精強化ワインという種類に分類されているそうだ。
酒精強化ワインとは、発酵途中や発酵後にブランデーなどのアルコールを加えることでアルコール度数を高めたワインのことで、マデイラワインのほかに、日本でもよく知られているポートワインやシェリー酒がその仲間だ。
マデイラワインは、その特異な製法と卓越した保存性によって世界的に知られている。一般的なワイン造りでは、酸化や高温を避けるのが常識であるが、マデイラワインはその常識に反し、あえてワインを加熱し、酸化を促すことで、他にはない複雑で芳醇な風味を生み出しているそうだ。この加熱工程は「エストゥファージュ」と呼ばれ、ステンレスタンク内で約45〜50度の温度を数か月間保つことで実現される。より伝統的な方法では、ワイン樽を屋根裏の倉庫などの温暖な場所に置き、自然の熱でゆっくりと熟成させる手法もあるらしい。
この工程により、ワインはキャラメルやナッツ、ドライフルーツのような豊かな香りを帯び、長期保存しても品質が落ちにくい。実際、100年以上の熟成を経たヴィンテージものでも十分に楽しめる品質を保っている。さらに開栓後も酸化による劣化が極めて少なく、数か月から数年にわたって風味を損なわずに飲み続けることができるのも大きな特徴だ。
このような性質から、マデイラワインは航海時代に長距離航海用の酒として重宝されてきた歴史を持っているそうだ。
料理のコクを生み出す隠し味に
現在でも食前酒やデザートワインとして楽しまれているマデイラワイン。そしてもう一つの魅力が、料理の味を引き立てる万能な調味料であること。特に煮込み料理との相性は抜群で、カレーやシチュー、ハヤシライスなどにほんの少し加えるだけで、味に深みと複雑さが加わる。
なかでも印象的だったのが「マデイラソース」。これはフランス料理で伝統的に使われているソースで、ステーキや鴨肉、豚肉などの肉料理によく合う。私もレストランで出してもらってこのソースの存在を知り、さっそく家に帰って調べてみたところ、意外にもワインさえあれば簡単に作れることがわかった。そこでソースの作り方をご紹介したい。
マデイラソースの作り方|材料
マデイラワイン:40cc
フォンド・ヴォー:100cc
玉ねぎまたはエシャロット(みじん切り):大さじ1杯
バター:5g
塩・胡椒:適量
作り方
・フライパンにバターを溶かし、みじん切りにした玉ねぎ(またはエシャロット)を炒める。
・玉ねぎがしんなりしてきたら、マデイラワインを加えてアルコールを飛ばす。
・フォンド・ヴォーを加えて煮詰める。
・味を塩・胡椒で調え、最後にバターを加えてとろみとコクを出す。
マデイラソースをかける
香り高く、甘みと酸味のバランスが絶妙なこのソースは、焼いた肉にかけるだけで、一気にレストランのような一皿に仕上がる。お酒を使ってはいるものの熱でアルコール分は飛んでいるし、バターによってまろやかな味に仕上がっているため、誰もが親しみやすい味だ。
他にも鶏肉や魚のソテーに使うクリームソースに用いたり、デミグラスソースにも合うそうだ。私もこれ以来あまりのマデイラソースの万能さにすっかりはまってしまい、今はパスタソースにコクを足したいときや、スープを作るときなんかにも使用している。私はマデイラワインを知るまで調理用のワインといえば赤ワインや白ワインと思っていたけれど、酸味があまりなく甘味とコクの強いマデイラワインの方が、私の口には合いやすかったのだ。
さらに、洋食だけではなく煮物や豚の生姜焼きにも合うと聞き、さっそく作ってみた。マデイラワインはどれだけ万能なのだろう。日本料理に洋酒を合わせるなんて最初はびっくりしたけれど、マデイラらしい芳香が加わり、日本酒で作ったものとはまた違ったコクを感じることができる。
ティラミスなどのデザートが、大人の味わいに
マデイラワインは、デザートともよく合う。実際に自家製のティラミスに使ってみたところ、ほんのりとしたブドウの香りと深みのある味わいが、マスカルポーネのまろやかさとよく合い、上品で奥行きのある味に仕上がった。甘すぎず、さっぱりとした後味の中に、ほんのりとした苦味と熟成香が広がるのだ。こちらも、作り方をご紹介したい。
材料|2人分
マスカルポーネチーズ:125g
卵:1個(卵黄と卵白に分ける)
砂糖:25g
マデイラワイン:大さじ1〜1.5(お好みで調整)
エスプレッソまたは濃いめのコーヒー:50ml
フィンガービスケット:6〜8本程度
ココアパウダー:適量
作り方
・ボウルに卵黄と砂糖を入れ、白っぽくなるまで泡立てる。
・マスカルポーネチーズを加え、なめらかになるまでよく混ぜる。
・別のボウルで卵白をツノが立つまで泡立て、2に加えてさっくりと混ぜる。
・エスプレッソまたは濃いめのコーヒーにマデイラワインを加え、フィンガービスケットをさっと浸す(長く浸すと崩れるので注意)。
・容器にビスケット、クリームの順に重ねる。
・表面を平らにし、ラップをして冷蔵庫で2〜3時間冷やす。
・食べる直前にココアパウダーを茶こしでふりかける。
食後にティラミスがあるだけで、幸福度が上がると言ったら言いすぎだろうか。自家製といえどほとんど混ぜるだけで作れてしまうので、とても簡単。その上とてもおいしい。マデイラに浸ったフィンガービスケットの芳醇な香りを味わうだけで、一日のおわりに贅沢な気分を感じられる。
ちなみに、市販のティラミスキットに少量のマデイラワインを加えるだけでも風味が変わるので、デザートにひと工夫を加えたいときにもおすすめだ。アイスクリームにかけてもおいしいのではないかと思う。
マデイラワインは、そのまま飲んでももちろんおいしく、さらに和食や洋食、デザートにまで使える万能な一本。アルコールが苦手な人でも、加熱調理でアルコール分が飛ぶため、手軽に楽しむことができるのもポイントだ。
そんなマデイラワインがキッチンに一本あるだけで、日々の食卓がほんの少し豊かになる。あなたも、ポルトガルの風を感じながら、生活にマデイラワインを取り入れてみてはいかがだろうか。
CURATION BY
東京都出身。フリーの編集・ライター。フランスと日本を行ったり来たりの生活をしている。