イタリアに「イタリア料理」は存在しない?
こうした各地の食文化が現在まで色濃く残っていることには、1861年にイタリア王国として統一されるまで、小さな都市国家の集まりだったという歴史的背景も関係している。そのため、日本人が思い描く「イタリア料理」は実際のところイタリアの各地域の郷土料理の集合体であり、「イタリアに『イタリア料理』はない」ともいわれているのだ。
三輪亭で出してくれるのは、イタリアは南チロル地域の料理。「南チロル料理 レストラン」で検索すると、見たところ出てくるのは三輪亭の情報しかない。はたしてどんな料理なのだろう?
あたり一帯の美味しいものがすべて融合して生まれた、南チロル料理
南チロルは、当時ハプスブルク家の人々が避暑地として訪れていた場所。彼らの舌を満足させるため、国中から美食の数々が集められ、ふるまわれた。このあたり一帯の食文化のすぐれた部分がすべて融合して生まれたのが、南チロルの郷土料理なのだ。
ドイツにハンガリー、オーストリア、イタリア。さまざまな技法が詰め込まれた前菜プレート
「前菜プレートは、ドイツにハンガリー、オーストリア、イタリア、さまざまな料理技法が詰め込まれた一皿で、フライシュケーゼやハムなどのシャルキュトリーを含め、すべて店で手づくりしています。南チロルは地域柄、貯蔵して新鮮ではなくなった肉も、いろんな味付けで美味しく食べるための知恵が育まれたエリアです。現地で学んだその技法をふんだんに活かしています」
また、じゃがいものチロル風サラダ「グロステル」は、三輪さんが修行していた現地のレストラン「ピクレル」のシェフ、ハンシ・バウムガートナー氏との思い出が詰まった一品だ。
「『ピクレル』が閉店するとき、最後の営業日にシェフがまかないでつくってくれたのが、グロステルでした。グロステルはもともと『炒める』という意味のドイツ語で、肉じゃがのような料理なのですが、彼のグロステルはちょっと酸味のある、ポテトサラダのような味わいでものすごく美味しかったんです。まかないはいつも僕がつくっていたので、初めて食べたシェフのまかないでもあり、ずっと心に残っていました」
ポテトサラダのようでありながら、マヨネーズをベースにしておらず、素朴でキレのある味わい。筆者が初めてお客さんとして三輪亭を訪れたとき、とても印象的だったことを覚えている。前菜プレートの内容は日替わりだが、グロステルは必ず入れているという。
南チロルのパスタに「長い麺」がない理由とは
ソースの違いも相まって、具材の異なるカネーデルリはそれぞれまったく違った印象に。スペックのカネーデルリはどこか餃子を思わせる味わいで、聞いてみるとにんにくに似た風味のある万能ネギのような現地の食材「エルバチポリーナ」をイメージして、ニラを使用しているそう。
「細長い麺ではない」パスタといえば、次に出てくる「スペッツレ」も同様だ。もちもちとした食感の、小さな粒状のパスタで、ドイツやオーストリア、南チロルのほか、スイスなどでも食べられている。
一方、南チロルは酪農地帯のため、卵や牛乳がふんだんにあった。代わりに小麦粉は手に入りにくいので、カネーデルリと同様そば粉やライ麦粉を使うこともあり、長い麺ではなく粒状になったというわけだ。
今日のスペッツレにあわせてあるのは、鹿肉のミートソース。お店ではさまざまな部位をつかっているが、もともとは「筋が多く焼いただけでは固くて食べられないような部位を、煮込むことで美味しくいただく」という南チロルの知恵から生まれた料理だ。
「すべての食材を無駄にすることなく、味付けや調理の工夫で丸ごと美味しくいただく。それが南チロル料理に通底する考え方です」
最後の弟子として思いを受け継ぐ。三輪シェフが「南チロル料理」にこだわる理由
「『ピクレル』はミシュランの星付きレストランだったこともあるんです。でもそれによって全世界からお客さんが来るようになり、スパゲティや魚料理など、他の地域の食べものを求められるようになってしまった。故郷である南チロルを愛し、その食文化をいろんな人に知ってもらうために一生懸命やってきて、それが評価されて星を得たはずだったのに」
だからあえて星を落としたのだと、シェフは三輪さんにそう話したのだそうだ。
現在はレストラン営業だけではなく、冷凍食材を百貨店の催事で販売したり、自家製のサラミや生ハムを卸したりと、業態にとらわれず多方面に手をひろげている。すべては南チロルの食文化を多くの人に伝え、それを通じて日本の食卓を豊かにしていくためだ。
「例えばですが、こうなったらすごいなと思っているのは、日本の家庭で『今日はスパゲティがないからカネーデルリを食べようか』とか、そんなふうに選択肢のひとつとして広まっていったら最高ですね」
「三輪亭」が教えてくれる、国境を超えて混ざり合う料理の面白さ
私たちは普段便宜上、「イタリア料理」「ドイツ料理」「フランス料理」など、国名で区切って呼んでいるけれど、人々の食文化はそれほど簡単には線引きできないもの。同じ大陸で地続きのヨーロッパならなおさらだ。
けれど日本も、他の地域からやってきた料理を自分たちのものにするのには長けている。もとはイタリアからやってきたスパゲティを、ナポリタンやあんかけスパゲティなど日本風にアレンジしたり。インドからやってきたカレーをもとに、カレーパンやカレーうどんなど新しい料理をつくったり。
いつか南チロル料理が日本でもっと広まって、一般家庭で親しまれたり、アレンジの末に新しい食べ方が生まれたりする日も、もしかしてやってくるかもしれない。
cucina tirolese 三輪亭 per famiglie
TEL:03-3428-0522
※ご訪問の際は事前のお電話をおすすめします
営業時間
<店内飲食>ランチ 11:30~15:00(L.O.14:00)/ディナー 18:00~22:00(L.O.20:00)
<テイクアウト>ランチ 11:30~15:00(L.O.14:00)/ディナー 18:00~20:15(L.O.20:00)
定休日:火曜日・水曜日 ※祝日の場合は他の日に振替
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