自社醸造。福岡県糸島の醸造元が作る、知る人ぞ知る醤油
そもそも醸造元が一から醤油作りをしていないのかと、不思議に思う方もいるかもしれない。実は元々はそれぞれの蔵で作られていたが、昭和38年に制定された「中小企業近代化促進法」という法律をきっかけに、醤油作りは大きな転換を迎えたのである。醤油作りの発展のために最新設備が導入された協業工場が作られ、その結果醤油の生産量は向上したが、各々の醤油蔵は仕上げの味付けや火入れを行うのみで、一から作らなくなったのだ。そのため現在では、仕込みから醤油作りを行う蔵は、全体の1割ほどと、たいへん希少なのだそうだ。
こうした背景を理由に、ミツル醤油醸造元も、件の法律の制定から自社醸造を辞めてしまっていた。けれども4代目である城慶典さんの努力により、復活を遂げたそうだ。高校生の時から真剣に後を継ぐこと考えていた城さんは、大学で醸造学を学び、その後も7箇所の醸造元で修行を重ねたという。
そんな長年の情熱が結実し、40年ぶりにミツル醤油醸造元が一から醤油を作り出すことに成功。そして出来上がったのが、この「生成り、」なのである。
混じりっけのない材料。ミツル醤油醸造元だからこその製法
材料には、無農薬、かつ肥料も使わずに育てた九州産の大豆と小麦を使っているそうだ。「生成り、」は、こうしたこだわりを持って選ばれた大豆と小麦をコウジカビにつけて「醤油麹」というものを作り、さらに塩水と混ぜてもろみにし、1〜2年かけて発酵するという、シンプルな方法で作られているらしい。けれども種麹と呼ばれる「麹」の元である麹菌の種を、通常1種類しか使わないところをミツル醤油醸造元では桶毎に変更して数種類用いているなど、この醸造元だからこその繊細で複雑な工程も存在している。長年醤油作りと向き合い、研究を重ねた職人だからこそできる技なのではないだろうか。
ちなみに、ミツル醤油醸造元がある九州では甘口の醤油が主流だが、添加物を避けるためにその流れにも乗らず、独自の醤油に仕上げているそうだ。
「生成り、」は、そんな安心・安全で、かつ美味しいものを求めている人たちから、発売するや否や称賛を受けた醤油である。すぐさま料理人やバイヤーなどの間で話題となり、東京では食への感度が高い人々に向けて商品をセレクトしている伊勢丹や、自然派食品の店で購入することができる。
フレッシュかつ奥深い香りで、後味はスッキリ。刺身や卵かけご飯を楽しむ
正直なところ、「醤油300ミリリットルに税込1,234円もかける必要があるのだろうか……」と、醤油にしては高い値段を前に迷わなかったわけではない。味の違いだって、料理を仕事にしていないような自分にもわかるものだろうかと、訝しがらずにはいられなかった。けれども今回試しに醤油を変えて生活をしてみて、味の違いはもちろんのこと、ちょっとした調味料の変化がもたらす暮らしの質の向上を体感し、「生成り、」を手に取って良かった、と思わずにはいられなかった。
ここからは、実際に「生成り、」を使ってみた様子をレポートしたい。
蓋を開けてみると、とてもフレッシュできりりとした香りが鼻を抜けてゆく。食べてみると、味にもキレがあり、少量でも十分に食べ応えを感じられた。
そして私が「生成り、」独自の混じりっけのないシンプルな味の良さを一番に感じたのは、後味だった。食べた後、口の中にすっきりと気持ちの良い旨味がひろがるのである。ちょっと醤油をつけすぎてしまったかなと思っても、しつこく口の中にいつまでも残る、なんてことがない。もう一口食べたいとつい思ってしまうような、すっきりとした美味しさである。
刺身はさておき、卵かけご飯は決して豪華な食事とは言えないだろう。けれどもこだわりを持って作られたおいしい醤油をかけるだけで、嗅覚や味覚など、いつもより5感をフルに使って食事をしたように思う。火を使っていない「料理」とも呼べない食卓だが、満足度はとても高かった。簡単かつおいしい、さらに安心して食べられる食事を取れるなんて、時間に追われている現代人にとってとても贅沢ではないだろうか。