Vol.291

FOOD

30 NOV 2021

歴史と伝統が凝縮された美味しさ。ヨーロッパのクリスマス菓子

日本ではクリスマス菓子といえば華やかなケーキのイメージがあるが、ヨーロッパのクリスマス菓子は、どちらかというと見た目は地味。しかしドライフルーツや木の実、スパイスなどを贅沢に使い仕上げてあり、大人な味わい。ワインなどにもよく合うのだ。近年は伝統的なクリスマス菓子が輸入食材店に並ぶようになり、本場で学んだ職人たちにより日本でも作られるようになってきた。しかしそんなクリスマス菓子のルーツや本場での楽しみ方をご存じだろうか。今回は、ドイツ、フランス、イギリスなどヨーロッパ各国のクリスマス菓子を取り上げ、歴史や由来について紹介していこうと思う。滋味深いお菓子を食べながら、本場のクリスマスにぜひ思いを馳せてみて欲しい。

スパイスの香りに包まれる、バラエティ豊かなドイツのクリスマス菓子

たっぷりの砂糖でコーティングする「シュトレン」。その美味しさから日本でも人気が高い
キリスト教が古くから根付いているヨーロッパでは、クリスマス前の4週間はアドベントと呼ばれる、クリスマスを迎えるための準備をする特別な期間。特別なお菓子を用意し、それを分け合い祈りを捧げる。ドイツではクリスマスマーケットが町に現れ賑やかになるシーズンだ。そしてこの時期のドイツに欠かせないのが、日本でも近年お馴染みとなった「シュトレン」。ドライフルーツやナッツなどをたっぷり配合し焼き上げた発酵菓子で、仕上げに溶かしバターを塗り、砂糖で真っ白にする。日を置くほど味が馴染み美味しくなるので、味の変化を楽しめるのもこのお菓子の魅力だ。日持ちがするので、1cmほどにスライスしながら、クリスマスまでゆっくり味わっていく。

その歴史は14世紀にまでさかのぼり、当時はフルーツやバターなどを使わない素朴なものだったとか。これは当時アドベントは肉なども食べない節制期間だったため。イエスがおくるみに包まれている姿を模したという形だけは、この当時から今も変わっていないという。

さまざまな種類がある「レープクーヘン」。ツリーのオーナメントとしても飾られている
同じ頃、お店にはさまざまな種類の小さな焼き菓子も並ぶ。家庭でも焼き菓子をたくさん焼いて箱に詰め、親しい人と交換したり、ツリーに飾って楽しむそう。そんなクリスマスの焼き菓子の代表格が、「レープクーヘン」。バイエルン州が発祥という古い歴史のある焼き菓子で童話「ヘンゼルとグレーテル」に出てくるお菓子の家は「レープクーヘン」で作られているとも。そのルーツは修道院で中世から作られていた蜂蜜とスパイスを使った生地。これが受け継がれ、今ではクッキーのようなタイプから、板状のケーキ生地タイプまでさまざまなものがある。

ほかにも星型をした「チムシュタット(ツィムトシュテルネ)」や聖人や人形などをかたどった型に押し込んで成形する「シュペクラティウス」など多彩な焼き菓子があり、長く厳しいドイツの冬の楽しみであったのでは…と想像する。どのお菓子もコーヒーや紅茶に合うのはもちろん、中国茶にもよく合うと思う。アニスやアーモンドの香りと寄り添うのでぜひ試してみて欲しい。

地方で息づく、滋味深いフランスのクリスマス菓子

フランスは華やかなお菓子が多いイメージがあるが、伝統が息づく地方のクリスマス菓子は、やはり素朴でシンプル。なかでもフランス東部、ドイツやスイスと接するアルザス地方は日本でもよく見かける「クグロフ」の発祥の地で、お菓子の宝庫とも言える土地。「クグロフ」も元々クリスマス菓子だったが、今では通年食べることができるアルザスの名物だ。

そんなアルザスのクリスマス菓子として知られるのが「ヴェラベッカ」。その発音の響きからドイツ語風の名前だが、アルザス語で「洋ナシの小さなパン」という意味を持つ。

「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」のヴェラベッカ。洋ナシなどのフルーツが贅沢に使われている
使われている材料はドイツのシュトレンとも似ているが、発酵生地の量が少なく、ほぼドライフルーツとナッツの塊。ドライフルーツに洋ナシが使われ、アルザスの特産物であるサクランボの蒸留酒キルシュに漬け込んで使うのが特徴だ。ドイツ南部やオーストリア、スイスなどにも似たようなお菓子があるという。

スライスして少しずつクリスマス前に食べたり、イヴの晩餐に楽しむ「ヴェラベッカ」。ヴァンショーと呼ばれるホットワインと共に食べれば、アルザスのクリスマスの気分に浸れるだろう。

「ヴェラベッカ」は、スライスしてチーズをのせたり、フォアグラのテリーヌをのせてリッチな前菜にするのもおすすめだという
ほかにもアルザスでは形や星などさまざまな形をしたスパイスクッキー「ブレデル」やドイツのレープクーヘンに似た「パン・デピス」などがクリスマスには欠かせないお菓子。幾度もドイツ領になった歴史的背景や川や街道を通じて繋がっている地理的条件を持つアルザス。ドイツとの繋がりを感じる、独自のクリスマス菓子が育まれていったことを「ヴェラベッカ」ひとつ見ても感じることができるはずだ。

パティスリー・サダハル・アオキ・パリ WEB SHOP
https://www.sadaharuaoki.co.jp/c/item/noel

ローマ時代にさかのぼる。地元愛が溢れるイタリアのクリスマス菓子

日本でもクリスマスシーズンによく見かける「パネトーネ」。小さいサイズは「パネトンチーノ」と呼ばれる
イタリアのクリスマス菓子といえば「パネトーネ」。干しブドウやオレンジピールなどのドライフルーツを配合した、しっとりふんわりしたリッチな生地の発酵菓子だ。その発祥はミラノとされ、600年以上前の文献にも記載があり、さらには古代ローマにはその原型があったとも。一番の特徴は粉と水で作った生地を継ぎ足しながら起した発酵種を作るという工程。これによりふわふわで何か月も日持ちがするという生地を作ることができる。

食べ方はケーキのように中心から放射線状に切っていただくのがルール。軽く焼いてクリームやアイスクリームを添えて食べても美味。
そしてこの「パネトーネ」ととても似たお菓子がイタリア各地にあることにも注目したい。まずは海に面したリグーリア州のクリスマス菓子「パンドルチェ・ジェノベーゼ」。こちらもドライフルーツを使った発酵菓子だが、ぽってりとした形でどっしりとした食感。マルサラ酒やフェンネルシードなどが入っていて海を通じてさまざまなものが入ってくる土地柄をうかがわせる。

「パンドーロ」を買うと粉糖が付いているので、まぶして真っ白にする。雪をかぶったような見た目になるのもクリスマスらしい
さらに「パネトーネ」と同じような天然酵母の発酵種を使ったヴェネト州発祥のクリスマス菓子が「パンドーロ」。黄金のパンという意味を持ち、先に紹介したクグロフがルーツだとも。星型の筒になった専用の型で焼き上げ、具材は一切入らず、卵やバターを配合したリッチな生地を楽しむ。いずれも似ているお菓子だが、ご当地の誇りと伝統が込められた味や製法が守られていて、地元愛の深いイタリア人の気質が感じられるようだ。

素朴でシンプルなスペインのクリスマス菓子。幸せを願い食べる甘いひととき

スペインも国民のほとんどがカトリックなので、クリスマスは特別なお祝いのシーズン。ほかの国と同様、修道院で作られてきたお菓子が、一般市民にも広まり親しまれていったという歴史がある。なかでもクリスマスシーズンにあちこちで見かけるのが「ポルボロン」と「トゥロン」。通年作られているお菓子だが、特にクリスマスはお菓子屋に並び、多くの人が買い求めるという。

茨城県にある「スペイン菓子工房ドゥルセ・ミーナ」のポルボロン。アーモンドや砂糖のほかラードを使う伝統的な製法を守る
「ポルボロン」は1200年前に中東からアンダルシア地方に伝わったという歴史あるお菓子。そして19世紀にアンダルシアの小さな村、エステパの主婦がこの地の修道院に伝わる「ポルボロン」のレシピを改良し、村の名物にしたことでスペイン中で人気になっていったという。その製法の一番の特徴は小麦粉を炒って水分を飛ばすという工程。これにより独特の崩れるようなホロホロ食感が生まれ、日持ちもよくなる。紙でキャンディのように包んであるのはその壊れやすさ故。崩れてしまったら、包み紙でぎゅっと固めて口にいれる。アーモンドやアニス、シナモンの香りが素朴で、なんだか懐かしい味だ。

スペインの老舗ムヨール社の「トゥロン・ドゥロ・スプレマ」。固い食感だが、食べ始めると止まらなくなる
一方「トゥロン」は、アーモンドたっぷりのヌガーのようなお菓子で、スペインはイスラムに支配されていた時代があり、そのとき作られ始めたお菓子がルーツだとも。「ブランド」という柔らかい生地のほか、固くて白い「ドゥロ」など種類もいろいろある。スペインはアーモンドの産地なので良質なアーモンドがこのお菓子の美味しさの決め手だ。また南仏やイタリアでも似たお菓子があり、街道沿いに伝わったのか、それともイスラム圏と近い場所だったのでそれぞれ持ち込まれたのか、その歴史を深堀したくなってくる。

イギリスのお菓子は各家庭に伝わる母の味。クリスマスは特別に

イギリスも独特なクリスマス菓子があり、一番有名なのが「クリスマスプディング」。19世紀の小説「クリスマス・キャロル」に登場することで有名なお菓子だ。英国では甘いお菓子(デザート)のこと全般を「プディング」と呼んでいて、このプディングはドライフルーツやスパイス、ビールなどを入れ込んだ生地を願いごとを唱えながら混ぜて蒸し、その後1か月軒下などに吊るして熟成させるという。そして食べるときはコニャックをかけて火をつけ、バターソースかけていただく…と、とても手の込んだもの。クリスマスのためにと仕込む特別な菓子だ。

イギリス人から教わったレシピで手作りする京都にあるパイ専門店「ジェリーズパイ」の「ミンスパイ」
さらにサンタクロースへのおもてなしとして置いておくなど、さまざまなエピソードを持つのが「ミンスパイ」。スパイスやフルーツで作ったミンスミートと呼ばれるジャムを入れた小さなパイで、パイ好きなイギリスならではのクリスマスの味だ。ミンスミート(挽き肉)といっても肉は入っていないのが不思議だが、「ミンスパイ」はもともと13世紀に十字軍が東方から持ち帰ったという歴史があり、16世紀ごろまでは本当に羊などの挽き肉が入っていたのだとか。しかし18世紀なって砂糖が家庭でも手に入るようになると砂糖を使ったレシピになり、肉の配合が減っていくことに。今でもミンスミートの材料に牛脂が使われているのは、その名残なのだとか。味わいにもコクが出て美味しいという。

リンゴや干しブドウなどのフルーツ、シナモンやナツメグ、グローブなどのスパイスと煮詰めて作るミンスミート。瓶詰などにして販売している店もある
家庭でミンスミートを作るときは時計周りにかき混ぜないと家に災いがおこる、という言い伝えも。食べるときも会話をせず食べきると願いが叶うなど、歴史あるお菓子だけあって、さまざまなエピソードと共にイギリス人に愛されてきた。もちろん紅茶と一緒にいただこう。

ジェリーズパイ WEBSHOP
https://www.jerryspies.jp/

各地で独自の発展をしながら守られている、祝いの時を彩るお菓子

クリスマス菓子は果実や木の実など冬をしのぐための貴重な収穫物を使ったものが多く、それをたっぷり使った贅沢なハレの時期のための食だということを各国のお菓子から感じることができるだろう。今は異なる国々だが、同じようなお菓子があるのも、ヨーロッパ大陸が歴史や宗教により繋がっていることの証だ。ぜひワインや紅茶など、その土地の飲み物と合わせてみて欲しい。一年をがんばった自分へのご褒美に。各国のクリスマスに思いを馳せながら、楽しんでみてはいかがだろうか。
参考文献:「シュトレン ドイツ生まれの発酵菓子、その背景と技術」シュトレン編集委員会/編(旭屋出版)、「フランス菓子図鑑 お菓子の名前と由来」大森由紀子著(世界文化社)、「イタリア菓子図鑑」佐藤礼子著(誠文堂新光社)、「修道院のお菓子 スペイン修道女のレシピ」丸山久美著(扶桑社)、「イギリスお菓子百科」安田真理子著(ソーテック社)