愛知県名古屋市中区大須に、全国のファンから愛される「檸檬屋(れもんや)」というフルーツパーラーがある。この前身は、「フルーツパーラーレモン」という1969年創業の老舗フルーツパーラー。愛知県だけでなく東京都内の百貨店にも出店していた名店で、2016年に惜しまれつつ閉店したが、同年創業者の息子さんにより「檸檬屋」として再スタートした。多くの人にとって思い出の味となっているババロアをはじめ、思いのこもったスイーツをつくり続ける「檸檬屋」の魅力をお届けしたい。
檸檬屋のメロンババロア
私がそのババロアを知ったのは、義母がきっかけだった。義母が体調を崩した時に何を食べたいか尋ねると、「昔食べたあのメロンババロアをもう一度食べたい」と言う。ただ、丸栄百貨店という名古屋の百貨店に入っていたお店のもので、その百貨店はすでに閉店してしまったから、おそらくもう食べられない…と。しかし私はどうしても食べさせてあげたかったので、移転している可能性がないか調べ、そうして今の大須に新しくお店を構えていることを知ったのだ。
まんまるのメロンが行儀よく乗ったババロア。見事なまでに美しくカットされたメロンは、まるでそれ自体が何かの実のよう。艶々として美味しそうだ。久しぶりにメロンババロアを見たときの義母の顔が忘れられない。「これがずっと好きだったの」と少女のように目をキラキラさせて、その宝石のようなメロンを、嬉しそうに口に運んでいた。
聞けばそれは義母にとって、母親との思い出の味なのだという。大のスイーツ好きだった義祖母と買い物に行くたび、「檸檬屋」の前身である「フルーツパーラーレモン」でメロンババロアを食べていた義母。母親との楽しい時間の記憶もあいまってか、義母にとってそのメロンババロアは、学生時代から特別なものだった。のちに結婚し、妊娠し、つわりで何も食べられないような時も、メロンババロアだけは食べられたのだそうだ。
バターと卵の濃厚な風味のババロアに、美しくカッティングされた新鮮なフルーツ。義母にとってメロンババロアの記憶は、そのメロンの形状そのままに、まるくて優しいものだった。
およそ50年続く味。ババロア誕生の秘密
そんなババロアを「フルーツパーラーレモン」時代からつくり続けているのが、「檸檬屋」の代表片岡哲也さん。店舗取材へ伺うと、温かい笑顔で迎えてくださった。
義母のババロアの話をすると、「ありがたいですね」と嬉しそうに笑う。
「実はそういうお客様が沢山いらっしゃるんです。たとえば小さい頃百貨店に連れて行かれて、お買い物の間は退屈だけれど帰りがけにババロアを食べるのが楽しみだった、というお客様の話を聞かせていただいたこともあります。不思議と皆様の記憶に残していただいているんですよね」
フルーツパーラーのイートインスペースは今でこそ珍しくないが、当時他ではほとんど見かけることがなかった。食べ頃の新鮮なフルーツを、美しくカットして、カウンターで提供する……そのスタイルは最初、なかなか理解されなかったそうだ。
「1970年代に先代が始めたこのスタイルは集客には結び付かず、暇な時間も多かったようです。しかしババロアをはじめ、フルーツパーラーレモン(現在の檸檬屋)のスイーツが誕生したのは、そんな暇な時間があったからこそでした。空いた時間にも何かしていなきゃいけないし、新鮮なフルーツを放っておけないから、試しに作ってみたんですよね。それを馴染みのお客様に食べていただいたら、こんなに美味しいんだから是非売りなよと。そういうお客様の声に支えられて、スイーツの販売を始めました」
「檸檬屋」のスイーツは、果物の新鮮さが命。ランチで人気のフルーツサンドイッチも、オーダーを受けてからフルーツをカットする。これはもちろん効率の良い方法ではないので、フルーツパーラーによっては事前にカットして準備しておくところも多いだろう。店頭で出すジュースやフルーツサンドには前日分の少し鮮度の落ちた果物を使用する…というお店も、もしかするとあるのかもしれない。そんな中で「檸檬屋」のモットーは、美味しいフルーツを、もっとも美味しい方法で提供すること。オープンカウンターでお客様の目の前で果物をカットし、提供するスタイルは、昔も今も変わらない。
「とにかくお客様の笑顔を見たいんです。もちろん利益率を考えれば効率は悪いかもしれないですけど、私たちがフルーツを提供する理由はそこではないですから」
ショーケースに並べられたババロア、グレープフルーツセクション、そしてお店でいただいたフルーツサンドイッチ。そのどれもが美味しそうにキラキラとしていて、思わず私も笑顔になっていた。
誰かに見せたい色、食べさせたい味
店舗取材中、何度も電話が鳴っていたことが印象的だった。毎回楽しそうにお話しされているので何の電話か尋ねると、配送依頼の電話らしい。以前はいくつかの百貨店に出店していたが現在は店舗のない東京を中心に、全国のファンから問い合わせがくるのだという。
メロンババロアは、その中でも特に人気のスイーツだ。義母のようにまた食べられると知って注文し、以来リピート買いされる方も少なくない。贈答用にされる方も多くいらっしゃるそうだ。
私は思う。檸檬屋のババロアはきっと、「思い出の味」から「誰かに食べさせたい味」に育つようなスイーツなのではないだろうか。思い出に添えられた そのまるい彩りは、水彩画のように優しく滲んで自分の心を満たし、誰か大切な人に対する気持ちへと溢れ出す。
なんとも愛おしい見た目、癒される自然の色合い。ひとくち食べた時の、ふわっと甘みが広がるあの感じ。果物ならではの季節を感じられる嬉しさ。シェフの丁寧な仕事による優しい口当たり……。自分だけの思い出に留めておくのはもったいなく、それを誰かにお裾分けしたくなる。
思えば義母もまた、私に「これあなたにも食べさせたかったのよ」と言っていた。思い出の味だからこそ、また大切な誰かへ。老舗の味はそうして、世代を超えて愛されていくのだろう。
檸檬屋という名前に込めた想い
そういえば、どうして「檸檬屋」というのだろうか。片岡さんはそのわけを、単純な理由なんですよと教えてくださった。
「果物の中で、レモンが一番身近だと思うんです。料理にも使うから大抵はスーパーにあるし、一年中売っているし、価格も変わりづらい。だから大抵どこの家庭にも転がっていますよね。檸檬屋はそういう存在でありたいんです。いつもそこにあるもの、でありたいんですよ」
だから「ピーチ屋」じゃダメなんです、と片岡さんはいたずらっぽく笑う。ずっと変わらずに思い出の味を提供し続けてくれる「檸檬屋」は、確かにレモンのような存在なのかもしれない。それにレモンのあのイエローの幸福なイメージが、お店の温かな雰囲気に通ずるところがある。
メロンババロアもまた、年月を経ても変わらずそこにあるスイーツだった。可能な限り全国に配送し、多くのファンの定番スイーツとして確かな味を提供し続ける「檸檬屋」。ずっとそこにある味として、これからも人々の思い出の味をつくっていってほしい。
まるく優しい彩りを、思い出に添えて
取材を通じて、「檸檬屋」のババロアはこれまでのファンだけでなく、これからの子どもたちや私たちの世代にとっても特別なデザートだと感じた。初めて口に運んだ時にも不思議な安心感があるのは、お客様を第一に変わらずつくり続けてきたというお店の背景、想いがあるからなのかもしれない。
余談だが、歌手の松任谷由実さんや、お笑いカルテット「ぼる塾」の田辺智加さん、アイドルグループ「BOYS AND MEN」の平松賢人さんなど、「檸檬屋」を思い出の味として紹介している芸能人の方も少なくないという。お店はそれぞれのファンの聖地にもなっているそうで、これからもファンを増やし続けるのだろう。
だけどその味は、昔も今もこれからも きっと変わらない。レモンのように、ずっとそこにあってくれるはずだ。
私にとっての「檸檬屋」の味は、義母が教えてくれたメロンババロア。それはこれからもずっと、思い出の味なのだと思う。そしてその味がつくるのは、まるくて優しい気持ち。新鮮なフルーツそのもののようなキラキラした感情を、ババロアを食べながら、私は感じていた。
思い出にまるくて優しい彩りを添えてくれる「檸檬屋」のメロンババロア。もしかすると、あなたの思い出の味にもなるかもしれない。ぜひ一度、お試しいただきたい。
檸檬屋
CURATION BY
取材が好きなフリーランスライター。毎日をちょっと豊かにしてくれるものや考え方をいつも探している。画家の夫と一匹の猫と暮らす。