手軽で便利、リーズナブル。非常食としても役立つ缶詰は、もしかすると戸棚の中で忘れられがちな存在かもしれない。だが生鮮食品に負けないほど栄養素を保ち、調味料を加えただけのお手軽調理からアペリティフ用の肴、メインメニューにもなる心強い食品だ。いつも同じものを選びがちという方も、時には少し気分を変えて目新しい食材の缶詰にトライしてみてはどうだろうか。缶詰には美味しさや栄養だけでなく、食への好奇心を刺激する要素がふんだんに詰まっているはずだ。
戦争、遠征、探検…長い旅路を助けた缶詰の歴史
食品を腐敗から保護し長期保存が可能、容易に持ち運びが出来る缶詰が誕生するまで、人類は乾燥や燻製、塩漬けや酢漬けなどさまざまな食料保存方法に挑戦してきた。安全に長期保存できる缶詰が出現したのは18世紀のことだった。
当時のフランスの陸軍、海軍の兵士たちは戦闘のための負傷や死亡よりも、餓死やビタミン不足によって起こる壊血病に悩まされていた。フランス軍隊を率いるナポレオン・ボナパルトは、12,000フランという莫大な賞金(諸説あるが現在の日本円で6,000万円〜1億円超相当)を用意し食料保存方法を募集することとなる。
これに応えたのがシャンパーニュ地方出身の二コラ・アペールだ。彼は長い実験の結果、1804年に食材を部分的に調理し、コルクで密閉したボトルを沸騰したお湯に浸した後、ボトルの空気を抜いて栓をする保存方法を生み出した。
その後、1810年にイギリスのピーター・デュランドが、アペールの方法で使用されたボトルの代わりに、錆や腐食を防ぐためにブリキでコーティングされた缶を使う方法で特許を取得している。
これはボトルのように割れる心配もなく持ち運びもしやすいのが特徴だった。デュラントの作り出した缶詰食品はイギリス海軍の食事情を大きく助け、また兵士たちだけでなく、他国でも探検家として遠征する人々にとっても大きく役立つこととなったのだ。
保存期間、モビリティ、栄養素に富んだ缶詰
缶詰の顕著な利点である保存期間を表すものとして、探検家、オットー・フォン・コツェブーのエピソードを紹介しよう。ロシア帝国のため1815年に北極海の航路を探しに航海へと旅立った彼は、長期に渡る旅程の食料として缶詰を持参した。
その中で未使用であった缶詰は後に博物館に保存され、1938年に開けられた。中身の食材は100年以上の年月が経っていたにもかかわらず、殆どの栄養素に変化は見られない状態を維持していたと記録されているほどだ。
保存期間に比べ見落とされがちな栄養素も注目したい。缶詰食品は加工前に食材に存在しているかもしれないあらゆる微生物を、充分な高温で加熱し殺菌しており、一部のミネラルやビタミンは塩水やシロップによって溶ける事もあるものの、食品中の大概の栄養素を維持している。
野菜や果物などは収穫されてから数時間以内に梱包されるために、生鮮食品と変わらぬほどの栄養素を保っているのだ。
新鮮な肉や魚、野菜を購入したものの、使う機会を逃してしまい廃棄せざるを得ない経験を持つ方も少なからずいるに違いない。長期保存が出来、かつ栄養素も高い缶詰食品ならば、忙しく買い出しや調理になかなか時間を割けない人にとって心強い味方となってくれるだろう。
未知の世界の扉を開けて。缶詰の楽しみ方を広げてみる
店頭で缶詰を手に取る時、いつも同じ食材のものだけを選んではいないだろうか。年間1,300億以上の缶詰食品が販売されているアメリカだけでも、実に1,500以上の種類が展開している。流通の発展により、今はさまざまな缶詰食品が手に入る時代。たまには趣向を変えて新たな味にもトライしてみてはいかがだろうか。
未だ訪れたことのない地域県の特産物や、国によっては驚くような食材が缶詰になっていることも。見知らぬ味も気軽に試せるのが缶詰の良いところでもあるはずだ。
また、缶詰は調理法もバラエティに富んでいる。忙しく時間がない時、料理をする気分でない時は缶詰を開けてサラダに和えるだけでも良いし、バゲットに載せて簡単なサンドウィッチにしても。好みの調味料を合わせれば、立派な一品の完成だ。
時間のある時は他の食材と一緒に料理してみよう。例えば缶詰の王道、サバなら英国料理のフィッシュケーキはどうだろう。じゃがいもを二つ茹でて潰し、みじん切りした玉ねぎを炒めて粗熱をとったものと、ほぐしたサバを混ぜ合わせる。そこへ牛乳を大さじ1、片栗粉を大さじ1加えて混ぜ、食べやすい大きさに整える。
小麦粉を全体にまぶしたら溶いた卵に浸し、パン粉を付けて油で揚げれば完成だ。サバの代わりにサーモンやツナも向いている。ディルを刻んでレモン、塩コショウを加えたヨーグルトソースをかければさっぱりとした味わいになるだろう。
アンチョビは料理の下味に利用するとアクセントの効いた味に。自家製ドレッシングを作る方は、ぜひアンチョビを少量みじん切りにし、軽く油で炒めたものを加えて欲しい。味にぐっと深みが増すはずだ。
缶詰食品の魅力は肉や魚の下ごしらえをせず、すぐに活用できるところ。急な来客が来てもすぐに一品完成するし、持ち運びしやすいのでアウトドアで調理するのにも向いている。お気に入りの食材でレパートリーを増やしてみたい。
見知らぬ国を旅するように味わいたい
手軽に購入することが出来、保存することも持ち運ぶことも容易な缶詰。そしてその魅力は決してそこだけに留まらない。他の地域や他の国へ旅行することがままならない時期であっても、まだ知らぬ魅惑的な場所の食材を味わうことが出来るのだ。
生鮮食品では手に入りづらい旬ではない季節ものの食材も、エキゾティックな食べ物も、缶詰であれば気軽に味わうことが出来る。買い出しに行く気力が沸かない時も、あるいは新たなレシピに挑戦してみたくなった時にもおすすめだ。
缶詰には身体に必要な栄養素を持つ食材が収められているだけでなく、食生活を豊かにし、好奇心を刺激する魅力がふんだんに詰まっているのだ。
CURATION BY
1992年渡英、2011年よりスコットランドで田舎暮らし中。小さな「好き」に囲まれた生活を求めていたら、夏が短く冬が長い、寒い国にたどり着きました。