山手の下町の印象が強く、庶民的なイメージもある三軒茶屋。今やそれを求めて、この街を訪れる人もいるというパン屋とコーヒーショップの集積は、実はこの2軒から始まった。 三軒茶屋の魅力発信の一翼を担う、「三軒茶屋銀座商店街」の2つの名店を紹介する。
細い路地に個性派ショップがひしめく
国道246号線に世田谷通り、茶沢通りといった大きな道路が走り、その隙間に無数の小道が広がる、三軒茶屋駅界隈。戦後、駅近に「仲見世商店街」が建設され、高度成長期に街は急速な発展を遂げた。しかし道路の整備がなされぬまま商店やアパートが急増したため、今も残る雑然とした町並みが形成されたそうだ。
けれども、この街が「住みたい街ランキング」の常連であり続けるのは、この路地に個性的な店が軒を連ねるからだろう。カフェにブーランジェリー、ビストロにネオ居酒屋。この街を訪れれば、歩くたびに新しい店に出合える。
そして比較的大きい通りながら、宝石箱をひっくり返したような街の魅力が詰まっているのが、「三軒茶屋銀座商店街」だ。昔ながらの精肉店や鮮魚店から、比較的新しいイタリアンやラーメン店、また「西友三軒茶屋店」も、この商店街のなかにある。三軒茶屋駅から北へ、下北沢方面に向かって伸びるこの商店街を歩けば、日常生活に必要なものは、たいてい揃ってしまう充実ぶりだ。
今回は三軒茶屋銀座商店街の中から、この街の新たなイメージ「パンとコーヒーが香る街」を生み出した名店2軒を紹介したい。
老若男女に愛される、ハード系や惣菜パン
三軒茶屋がパン激戦区なのは、ご存知だろうか。三軒茶屋銀座商店街だけを見ても、2016年にオープンした「nukumuku(ヌクムク)」、2018年に開業した「トリュフベーカリー」など、人気店が林立する。そのなかでも2005年にオープンした「ブーランジェリー ボヌール 三軒茶屋本店」は、地元ではすっかり慣れ親しまれたパン屋。日中は次から次へと、客が吸い込まれるように店へと入っていく。
「ブーランジェリー ボヌール」は、今では東京近郊に8店舗があり、六本木ヒルズや東京ミッドタウン日比谷にも支店を構える。しかしその始まりは、三軒茶屋銀座商店街のこちらの店で、初代シェフ・フランス人のデリアン・エマニュエル氏は、自家製酵母を使ったパンで名高いパリ8区「ポワラーヌ」で長年修行を積んだ。
ゆえに「ボヌール」のスペシャリテといえば、昔からバゲットやカンパーニュのハード系。フランスの伝統的な製法で作った「バゲット トラディション」に、手ごね製法で外はパリッ、中はもっちりの日本人好みの食感に仕上げた「アルチザンバゲット」、また天然酵母と北海道産の小麦粉使用の「カンパーニュバゲット」と、バゲットだけで3つのタイプを用意する。フランスの味を再現したクロワッサンも人気の商品だ。
本場フランスのパンの味わいを提供する一方で、商店街の店らしく、昔ながらの日本のパンも提供する。メロンパン、クリームパンなどの菓子パンも絶大な人気。1日に何度も作る牛肉がゴロゴロと入ったカレーパンは、補充してもすぐ商品がなくなってしまう好評ぶりだ。
「食パンも、遠方から買いに来てくださるお客さまが多い人気の商品です。溶岩窯を使って短時間で焼き上がるので、耳が薄いのに外は香ばしく、中はしっとりと仕上がります」と、三軒茶屋本店の大橋店長は話す。とにかく焼き立てを出すことが身上で、人気商品は1時間ごとに新しい商品を提供するそうだ。
パンは、クラム(中身)はしっとり、もっちりした食感なのに、耳はパリッと香ばしい風味。一口食べれば、その評判の理由がわかる。くわえてどのパンもしっかりおいしいのに、良心的な価格設定がうれしい。
「うちは商業施設に入っている2軒以外は、すべて商店街で営業しているんですよ。なんでも揃う街のパン屋さんを目指しています」と大橋店長。三軒茶屋銀座商店街から生まれた“街のパン屋”は、それぞれのエリアで確実にファンの心を掴んでいる。
ブーランジェリー ボヌール 三軒茶屋本店
住所:東京都世田谷区太子堂4-28-10
電話番号:03-3419-0525
営業時間:8:30〜21:00
定休日:無休
地元で愛されるスペシャルティコーヒー店
三軒茶屋のもうひとつの魅力が、おいしいコーヒーに出会えること。学生や文化人が多く住むこともあって、もともと喫茶店は充実していたが、2010年代前後にサードウェーブコーヒーカルチャー、いわゆるスペシャルティコーヒーのブームが到来して以降、従来のブレンドだけでなく、シングルオリジンのコーヒーを提供する店も増えた。
三軒茶屋銀座商店街に店を構える「Obscura Laboratory(オブスキュラ ラボラトリー)」は、2009年に開業した「OBSCURA COFFEE ROASTERS」の全種類の豆が買える店。ドリップコーヒーとエスプレッソドリンクのテイクアウトも可能だ。他にも手作りのお菓子と一緒にゆっくりとコーヒーを楽しめる「Cafe Obscura」、コーヒー器具も買える「Obscura Mart」、焙煎所である「Obscura Factory(一般営業はなし)」と、創業の地・三軒茶屋に個性の異なる4店舗を構えている。
サードウェーブコーヒーという言葉が日本で持て囃されるずっと前から、スペシャルティコーヒーに着目してきた「OBSCURA COFFEE ROASTERS」だけに、生産者との結びつきは深い。世界中のコーヒー農園を訪ねて直に生豆を買い付けるのはもちろん、年に数か所の農家や組合を回って品質確認をおこない、コーヒーチェリーの選定基準や品質を向上させるべく、現地の生産者と話し合いを重ねている。また、品質の高い生豆を一般の市場価格よりも高く購入して、農家や組合などに積極的に還元できるようにも努める。
そうした取り組みを経て、原産国から「Obscura Factory」に運ばれてきたコーヒー豆は、その状態を見極めながら、ポテンシャルを最大限に生かして焙煎される。
ローストの度合いは幅広く、浅・中・深煎りのシングルオリジンからブレンドまで。フルーティさを全面に感じられるような焙煎もあれば、甘さやコクの立ったローストもある。ここ「Obscura Laboratory」には、日替わりで17種ほどのコーヒー豆が揃うので、好みを伝えれば、スタッフが最適な豆を提案してくれる。豆販売がメインなので、ドリンクはテイクアウトのみで、カフェスペースはない。
三軒茶屋のカルチャーが店を育てた
「商店街のお肉屋さんに行ったら、『今日は、何かおいしいのある?』『じゃぁ、それ200g!』という、お客さんと店主の会話がありますよね。うちの店も、そんなふうに気軽に寄れる場所にしたいんです」。さまざまな好みに応えられるように、幅広いフレーバーを揃えていると話す、クオリティマネージャーの佐藤圭悟さん。
本日のコーヒーのテイクアウトは290円(税込)と安いので、飲んで気に入ったら、「じゃぁ、これ200g!」なんて注文の仕方も可能だ。
「三軒茶屋はキャラクターの立った個人店が多く、そこに集まるお客さんも感度が高いんです。お店を続けてこられたのも、街の人たちのおかげですね」。豆の卸しや、バリスタ・焙煎士のトレーニングもおこなっているため、すでに全国で名が通っているこちらのお店。その誕生と発展には、三軒茶屋の土地柄が欠かせなかったといえよう。
Obscura Laboratory
住所:東京都世田谷区太子堂4-28-9
電話番号:03-5432-9809
営業時間:9:00〜20:00
定休日:第3水曜日
2つの店の代表が語ったのは、商店街とそこに集まるお客さんへの感謝の言葉。まさしくこの商店街の持つカルチャーが、街を超えて人気を博す店舗を生み出したのだ。今も新しい店が誕生する、「三軒茶屋銀座商店街」。次にここから評判となるのはどんなお店だろうか? これからも目が離せない。
撮影/難波雄史(ブーランジェリー ボヌール)
写真提供/Obscura Laboratory
CURATION BY
雑誌編集者を経てフリーライター。ライフスタイル誌から週刊誌まで幅広く寄稿。趣味はフィギュアスケート、相撲、サッカー・プレミアリーグなど、様式美のあるスポーツの観戦。