Vol.184

FOOD

20 NOV 2020

冷たい気温が引き立て役に。冬の季節にこそ美味しい、モルドワイン

本格的に冬が来て冷たい風の中に身を置くと、身体が芯から冷えてくる。帰宅して部屋を温めても、指先や足元の冷たさはなかなか消え去らない。そんな季節におすすめなのが、甘く煮込んだモルドワイン。柑橘系のフレッシュな香りと、エキゾティックなスパイスの芳香が加わって、ひと口飲めば心身ともに温まる。ヨーロッパの冬の風物詩であり、クリスマス・ドリンクでもあるモルドワインをこの季節の美しさとともに味わってみよう。

ヨーロッパの冬の風物詩、モルドワインの歴史

クリスマスソングが流れ出す頃、ヨーロッパではこの季節に恋しくなるドリンクがある。それがワインを砂糖とスパイス、レモン、オレンジとともに煮込んだ温かな飲みもの、モルドワインだ。

身体も心も温めてくれるモルドワインは寒い季節にこそ美味しい
ヨーロッパの国々で独自のレシピを生み出したこのドリンクは、非常に長い歴史を持っている。スパイスを効かせたワインは紀元前3000年の古代エジプト時代に、スパイスを加えてワインを加熱することは古代ギリシア時代に始まっていた。

スパイス入りの温めたワインはローマ人によってヨーロッパ征服時代に各地に伝わり、中世の時代にブームは最高潮に達している。ペストという厄災に見舞われていたヨーロッパでは水よりも衛生的であったワインの方が嗜まれていたことも、理由のひとつと言えるだろう。

モルドワインはヨーロッパのクリスマスマーケットの風物詩。寒い中で飲むホットワインの味は格別
このドリンクはドイツのグリューワイン、北欧のグロッグ、フランスのヴァン・ショー、英国のモルドワインと国によって異なる名称を持っており、中には「ヒポクラス(イポクラスとも)」と呼ばれたものも。

これは古代ギリシア時代の医師、ヒポクラテスにちなんで名付けられ、モルドワインを作る際にスパイスの粒子を取り除くために使用される円錐形のフィルターが、ヒポクラテスが着用していた衣類の袖に似ていることから命名されている。

モルドワインのシーズンは、クリスマスの季節

ヨーロッパではモルドワインと言えばクリスマス、というのが定番となっているが、何故「クリスマス」と結びつくようになったのかは諸説がある。

ひとつはモルドワインの人気が低下した中世以降、グロッグという名で依然人気が高かった北欧で、1890年代にサンタクロースが描かれたボトルのグロッグが生産され、それがヨーロッパ中に販売されて人気を博したという説。

モルドワインの香りはクリスマスの思い出と結び付いている
もう一つはヴィクトリア朝時代の英国を代表する作家、チャールズ・ディケンズの著作「クリスマス・キャロル」の中で、スモーキングビショップという名でモルドワインが言及されたというものだ。

どちらが正しいのか、あるいはどちらも本当なのかは不明だが、ヨーロッパでは身体をほっと温めてくれるこのドリンクはクリスマスシーズンと強い結び付きを持つようになったのだ。

モルドワインの作り方

モルドワインは国や地域、家庭によってさまざまなレシピが存在するが、ここではベーシックなものをご紹介しよう。

材料は750mlの赤ワイン1本、ブラウンシュガー(グラニュー糖でも代用可)大さじ4杯、シナモンスティック1本、クローブ4つ、スターアニス1つ、カルダモン4つ、無農薬のオレンジとレモンをひとつずつ、好みのリキュールもしくは蒸留酒を少々。ワイン1本は多いと感じる方はハーフボトルにし、ブラウンシュガーは大さじ1.5杯~、他の材料は半分にしてスターアニスは小さめのものを用意する。

スターアニスやカルダモン、クローブやシナモンのスパイスが豊かな風味を与えてくれる
作り方はワインとスパイス、ブラウンシュガーを鍋に入れる。輪切りにしたオレンジを2切れ~(多くても可)、残りのオレンジとレモンの皮を切り、その皮を絞った果汁と使用済みの皮ごと(実は入れない)鍋に入れる。

弱火で10~15分ほど煮込んだら火を止める。この時、アルコール分が飛んでしまうため、煮立たせないように注意しよう。この状態でほぼ完成と言えるのだが、スパイスの風味がより際立つように、半日~1晩置くのをおすすめしたい。

カルダモンやクローブ、スターアニスはモスリンで包んだり、お茶用のパックに入れると飲む際に取り除く必要がなくて便利
容器に注ぐ前に再び加熱し、最後に仕上げとしてリキュールや蒸留酒を数滴~好みの分量を。果物の風味が好みであれば、コアントローやスロージンなどのリキュールを。ブランデーやコニャック、バーボンは味にぐっと深みが増すだろう。

モルドワインは国によって名称が異なるように、レシピも実にバラエティに富んでいる。好みに合わせて砂糖や果実の量を調節したり、他のスパイスを加えたりと、自由な発想でオリジナルのレシピを作ってみよう。

スパイスや甘味の分量を調節して、好みの味を探してみたい
ワインやアルコールが苦手、という人は上記のレシピよりワインとブラウンシュガー、オレンジを省き、ザクロジュースとクランベリージュースを350mlずつ入れて、あとは同じ材料と工程で完成だ。

飲みきれなかった場合はスパイスと果物を取り除き、完全に冷えてから煮沸消毒した清潔な密閉瓶に入れて冷蔵庫へ。味が落ちてしまうため出来るだけ早く飲み切り、再度飲む際には弱火で加熱しよう。

モルドワインを利用したデザート

ここでモルドワインを活用した簡単なデザートをひとつ。熟した洋梨の皮を剥き、リキュールや蒸留酒を足したモルドワインとともに鍋に入れて弱火で煮込み、火を止めた後もそのままにしておき数時間~一昼夜ほど置いておく。

洋梨全体がワイン色に染まったら取り出して器に盛り、クロテッド・クリームやアイスクリームと炒った胡桃を添える。洋梨の甘味が足りない時は蜂蜜を加えれば、ワインとスパイスが染み込んだ大人のデザートが完成だ。

洋梨は半分にカットしたり、ひと口サイズにしたりと好みの大きさで

自分だけの冬時間を温かく彩るモルドワイン

年末が近づいてくると、時間の流れが一気に加速していくような気がしてしまう。仕事やプライベートも慌ただしさが増して行き、ばたばたしているうちに年が明けてしまうこともあるだろう。

モルドワインを飲むひと時は、寒い季節に味わえる小さな贅沢
寒さが厳しくなる季節、時には心の歩みを少し緩め、モルドワインを飲みながらこの1年を振り返ってみたい。仄かに香るオレンジやレモンの香り、気持ちを刺激するスパイスの風味。

リキュールや蒸留酒で引き締められた温かなワインの味は、飛ぶように過ぎて行った1年の記憶を鮮明に呼び覚ましてくれる。モルドワインは冬時間を楽しむための、とっておきのドリンクなのだ。