Vol.122

FOOD

17 APR 2020

1,000種類以上!奥深いベルギービールの世界に親しむ

一口にビールといってもその味わいはさまざま。一時はキレのよいドライな味わいが好まれたが、最近のクラフトビールの流行とともに、苦味や甘味、コクといった味も求められるようになってきた。そんな個性的なビールが揃う国が欧州のベルギーだ。九州と同じくらいの国土に1,000を超えるといわれる銘柄のビールが存在するといわれる。ベルギービールはどれも歴史背景、味わい、グラスなど、どれもとびきり個性的。今宵の料理のおともに嗜んでみてはいかがだろうか。

個性豊かなベルギービールを生んだ背景はその歴史にあり

ベルギービールと日本のビールの一番の違いは、その歴史にあるだろう。中世のヨーロッパでは生水が飲用水に適さなないものが多く、ベルギーや隣のドイツでは修道士や子どももアルコール度の低いビールを水代わりに飲用していた。

当時、ビールを作るのは主に修道院の仕事。フランスなどより北にあるベルギーはブドウの栽培に適さず、ワインを作ることはできなかった。そのため、各修道院は村ごとに取れた麦や酵母を利用してビールを製造。ベルギービールにランビックと呼ばれる自然発酵法やエールという上面発酵のビールが多いのも、その気候や風土にあっているからだ。

村単位で作られるビールの中には、酸味などが強いビールにハーブやフルーツを加え飲みやすくしたものもあり、色合い、香り、味わい、アルコール度数、グラスまで多種多様でバラエティに富んでいる。ベルギービールにはビールごとに専用のグラスがあるが、これも村ごとにビールが作られた歴史的な背景と、そのビールを最も美味しく飲みたいと考えたベルギー人たちの知恵と工夫によるものだろう。専用のグラスで飲むと、味わい・香りが際立つのをぜひ試してみてほしい。

一方、日本にビールが伝えられたのは江戸末期。明治になると、国産のビールが作られるようになったものの、ビールは高級品だった。現在のように家庭でも気軽に飲める身近な飲み物となったのは高度経済成長期のことだ。

ベルギーでは生活の必需品として、日本では嗜好品として広まったことが、それぞれの味わい・香りなどの特徴にも影響しているといえる。発泡酒や第三のビール、クラフトビールなど、日本にさまざまな味わいのビールが生まれた今、改めてベルギービールを味わってみてほしい。

「悪魔」と名付けられたビール デュベル

チューリップ型の専用グラスに注がれたデュベル
おそらくベルギービールで世界一名前を知られたビールがデュベルだ。デュベルとは英語でデビル、つまり悪魔のこと。1900年はじめ、ベルギー北部アントウェルペン州のモルトガット醸造所で作られたゴールデンエールを飲んだ近所の靴屋が、「このビールはまるで悪魔のようだ!」と叫んだことが、その名前の由来である。現在でも地元では「世界一魔性を秘めたビール」として、その美味しさ、癖になる味わいは愛されている。

デュベルの特徴は金色の下面と力強い真っ白い泡。華やかで香り高いエールビールの中でも、アルコール度数8.5%と度数が高いストロング・ゴールデンエールに属す。エールは酵母が上面に上がってくる上面発酵のビールだが、さらにデュベルでは、複数の酵母を煮沸の間に3回にわけて入れ、1次発酵・2次発酵をタンク内で行い、それからさらに倉庫で瓶内2次発酵・熟成を行うなど、出荷にまでは3ヶ月もの時間をかけている。

時間をかけて熟成させただけあり、その香り、味わいは濃厚。デュベルにはチューリップ型の専用グラスがあるが、これはデュベルの真っ白な泡、香り、味を最も楽しむために作られたものだ。途中にくびれがあるが、このグラスのくびれより上に液体が入ってはいけない。キリリとした苦味、華やかな香りを楽しむためのグラスであり、注ぎ方なのだ。グラスに注ぐとほのかな柑橘系の香りとともに、ホップやスパイスの香りがやってくる。しっかりとしたホップの香りと苦味が口いっぱいに広がり、ストロングエールと呼ぶにふさわしい味わいだ。

飲むときはキンキンに冷やすのではなく、適温は6度といわれている。だが、ベルギーのカフェに行くと、ブランデーのように手でグラスを温めるお年寄りたちがいる。それはデュベルに少しだけ熱を伝えると、味も香りもさらに花開き芳醇なものになるから。日本のビールのようにキュッと一気に飲むのでなく、会話を楽しみながら、または音楽を聴きながら、ゆっくり飲むのがおすすめだ。

フリッツとベルギー名物、肉のビール煮込みカルボナード
また、デュベルと一緒に楽しみたい料理はなんといってもフリッツ!単なるフライドポテトなのだが、これにマヨネーズをたっぷりつけてデュベルで流し込むのがベルギー流。あらゆる料理に合うが、その力強い味わいには肉料理をおすすめしたい。例えば、ベルギー名物カルボナード(肉のビール煮込み)、ローストビーフなど。香ばしいナッツやピスタチオなどのおつまみにもよく合う。

丸いグラスが特徴のクワックは馬上で飲まれたビール

丸底の独特な専用グラス、木のハンドルに注がれたビールは一度見たら忘れられない
丸いフラスコのような底、細長い形、木製のハンドル。グラス単体ではテーブルの上に直接置くことはできない奇妙な形。はじめてこのグラスを見た人はきっと「どうしてこんな形のグラスを作ったのだろう」と思うに違いない。

もちろん、こんな形のグラスになったのは理由がある。ベルギー東部オースト・フランデレン州のデンデルモンデという宿場町で宿屋兼醸造所を営んでいたパウエル・クワックがその発明主だ。18世紀、ナポレオンの治世下では御者は馬車から降りてビールを飲むことを禁じられていたという。そこで、あぶみの上でも安定してビールを飲めるようにと考えたのがこのグラスとハンドルだ。クワックは御者たちに気前よくビールを分け与えたため、宿屋はたちまち人気となった。

現在、クワックを作っているのは東フランダース地方ブヘンハウトという町にあるボステールス醸造所。独特の琥珀色とほろ苦さ・甘さを感じるのは、原材料や独特な発酵法によるものだ。原材料は大麦モルト、ホップ、スパイス、糖類の4つのみ。近隣の穀物にこだわり、水も醸造所から汲み上げ、自然発酵でだいたい5〜6日程度熟成させる。

口に含むとバナナのような甘い香りとともに、カラメルのようなほろ苦さも感じ、次に甘さが口に広がる。スパイシーなところも感じられる濃厚な味わいは、やはり濃厚な料理にピッタリ。ウォッシュタイプのチーズを使ったクリーミーなキッシュ、ジビエのグリルなど、ちょっと癖のある料理と合わせてみると、より深く楽しむことができるだろう。クワックの公式サイトには、牛ほほ肉を野菜と一緒に焼いたもの、ローストビーフと野菜の付け合わせといったものがよい組み合わせだと紹介されている。

レッド、ブルー、ゴールド。それぞれのシメイは全く異なる味わいだ

それぞれの味を楽しみたいシメイビールと専用のグラス
現代に伝わる修道院ビールの代表がこのシメイ。トラピスト修道会が世界で「トラピストビール」として認定した12のビールのうちのひとつ。グラスの形が聖杯型と呼ばれる神に捧げる聖杯のような形なのも、修道院で作られている証である。このグラスで飲むと、フルーティな香り、ほろ苦くほんのり甘い味わいを存分に楽しめる。

トラピストビール・シメイのふるさとは、ベルギー南部ワロン地方、スクールモン修道院。アルデンヌの森に囲まれた風光明媚な場所にある。19世紀の半ば、修行僧の生活費を稼ぐだけでなく、近くの人たちの雇用の場として醸造所をつくり、ビールが生産されるようになったのがそのはじまり。

現在の醸造所もこの修道院の中にあり、原材料は地元の農産物と院内の井戸水といたってシンプルなものだ。さらに製造過程で出た麦汁のカスなどは牛の飼料となり、そのミルクがさらにシメイチーズになるというから驚きだ。タンク内で上面発酵させた後、瓶内でさらに3週間発酵させ、世界に出荷される。

シメイビールは大瓶まで合わせると数も多いが、よく流通しているのはレッド、ブルー、ゴールドの3種類。それぞれの特徴を紹介しよう。

シメイ・レッド

スクールモン修道院ではじめてつくられたビール。鮮やかな赤褐色をしており、レーズンのような甘い香り、苦くて甘いカラメル|のような味わい。

シメイ・ブルー

クリスマスビールとしてつくられたのがはじまり。濃い褐色で泡も白ではなく薄いベージュと、見た目からとにかく濃いというのが伝わってくる。赤ワインやチョコレートを思わせる甘みとほろ苦さが特徴。

シメイ・ゴールド

修道院のゲストのみが飲むことができた。熟成期間が3つの中で最も短くフルーティなのが特徴。アルコール度数もこの中では低めの4.8%で日本人にも馴染みやすいおいしさ。
それぞれに濃厚な味わいで、肉料理との相性がよいが、最もおすすめなのはシメイチーズと合わせること。シメイビールで洗ったウォッシュタイプ「シメイ・ア・ラ・ビエール」、ミモレットにビールの苦味を足したような「ヴュー・シメイ」、クリーミーな「シメイ・グラン・クラシック」などどれもよく合う。ワインの世界でその地域で取れたチーズとワインの組み合わせは最高だといわれているが、ビールでも同じことが言えそうだ。

ぜひ専用のグラスの準備を。それぞれの味の違いを楽しんで

ベルギービールは味も香りも強いものが多く、喉越しがよくドライなビールを好む日本人には馴染みがないかもしれない。 しかし、1,000種類のビールがあるともいわれるベルギービールはどれも個性豊か、お気に入りの味がきっと見つかるはずだ。

また、ベルギービールのもうひとつ面白いところは、1本のビールが専用のグラスにきっちり収まるようになっていること。足りなかったり、あふれたりということなく、ゆっくり注ぐとちゃんとグラスのてっぺんで泡立ちが止まる。ちょっとしたマジック気分が味わえる。ベルギーの片田舎の男性のように、専用のグラスを片手にゆっくり一口一口味わって楽しむ一杯は格別な味わい。

最近はスーパーなどでもベルギービールを見かけるようになってきた。また、ネットではベルギービールの専門店も多く、いろんなビールをお取り寄せできる。甘み、苦味、果物の香り・・・いろんな特徴が混在するベルギービール。ぜひ自宅でその贅沢な味を楽しんでみてほしい。