Vol.129

FOOD

12 MAY 2020

新しい味噌との出会いが、日常をアップデートする。みそしるぼうやの活動

実家の味噌汁、定食屋の味噌汁、自分で作る味噌汁…お腹も心もほっとさせてくれる“いつもの味噌汁”は、日常をかたち作る要素のひとつだ。特にこの頃は自宅にいる時間が増え、自炊することも増えてきた。普段の食事に慣れてくると、変化とアップデートを求めたくなるものだ。そんな今こそ“いつもの味噌汁”の新しい扉を開くいい機会ではないだろうか。そこで「みそしるぼうや」として、「人と味噌の出会い」を企画・提案している村瀬峻史(むらせ しゅんじ)氏に、味噌の魅力や選び方、楽しみ方のヒントを伺った。

発酵調味料「味噌」にある歴史と多様性

夏に高温多湿となり、国土の大部分が温暖湿潤気候に属する日本は、他のアジア諸国と同様に発酵食品が発達してきた。そのため和食に使う調味料においても、醤油、魚醤、酒、みりん、酢、そして味噌と、発酵調味料が多く用いられている。

日本の味噌は、醤油と同じく古代中国の発酵食品「醤(しょう/ひしお)」を原点にもつと言われ、平安時代には貴重な食品だったために、おかずや薬として使われていたという。味噌が汁物の調味料として使われるようになったのは鎌倉時代のこと。質素倹約を重視した武士たちによって、主食・味噌汁・おかず・香の物という一汁一菜の食事スタイルがこの頃に確立されたそうだ。さらに室町時代には庶民の間でも自家製の味噌が作られるようになり、保存食・携行食・栄養食として活用できる味噌は、全国に広がっていった。

ひとえに味噌といっても、地域ごとに気候風土や麹の種類、塩分濃度も異なるため、その種類はさまざま。東北地方や新潟県は米味噌が主流で赤色・辛口、味噌の国内生産量No.1の長野県は淡色・辛口、愛知を中心とした東海地方は赤味噌と呼ばれる豆味噌が主流で、関西は米味噌でも白色・甘口、九州地方においては麦味噌で淡色・甘口…といったように、各地で多様な味噌が生産されている。

みそしるぼうやが提案する、新しい味噌との出会い方

「みそしるぼうや」として活動する村瀬峻史氏
奥深い味噌の世界だが、いざ新しい味噌を手に入れようとすると、数日で消費できるサイズではないし、パッケージを見ただけでは判断しづらく、選ぶハードルが高いと気づく。味噌をどのように選ぶといいのかは、味噌をこよなく愛する人に聞けば間違いない。「みそしるぼうや」として味噌体験をデザインし、企画している村瀬氏に尋ねると、最初に衝撃の事実を告げられた。

「味噌のメーカーは全国に約1,100社あるのですが、市場シェア率はトップ10社だけで約70%(販売数量ベース)を占めているという報告があります」

驚くべき比率である。なかでもトップ3社は長野県に拠点を置くメーカーだそうだ。一方で村瀬氏が注目するのが、残りの30%に含まれる1000社以上の味噌メーカーである。

「これらの味噌メーカーのなかには、小さな蔵でも独自の作り方や、天然醸造など自然と向き合い、豊かな世界観を持って味噌を作っているところがいくつもあります。そういった味噌を、僕は『クラフト味噌』と呼んでいます」

村瀬氏は、この「クラフト味噌」を作る各地の味噌メーカーと密に連携をとりながら、販促企画やイベントを開催し、消費者にその魅力を伝えているという。

村瀬氏が企画し出店した、新感覚の「みそしるスタンド」。選りすぐりの「クラフト味噌」を、スタンド形式で味比べすることができる。ホッとした気分になりつつ、今まで使っていた味噌とは違う味わいを知り、楽しむことができる
ここで気になるのが、なぜ村瀬氏が「みそしるぼうや」として個性的な活動を始めたのかということだ。話を聞くと、それまでに数々の気づきの積み重ねがあったようだ。

大学卒業以降は、農産物のバイヤーだったという村瀬氏。農家とコミュニケーションをとるなかで、「人が野菜を育てる」のではなく、「人は野菜が育ちやすい環境を整える手助けをする」という考え方に触れ、衝撃を受けたそうだ。さらに発酵にも興味を持ち調べるようになると、自然酒を作る蔵人たちも同じような考えを持っていることに気づいたという。

五味醤油の「やまごみそ」も「クラフト味噌」のひとつ。常に食卓に置いてあるほど、村瀬氏にとって特別な味噌だ
「野菜づくりも、発酵食品作りも、菌が居心地のいい環境を作ってあげればうまくいくらしい。ということは、居心地のいい場所や仕組みを作っていけば、人間社会もうまく循環するんじゃないかと思うようになったんです」そう語る村瀬さんは2015年、旅先で五味醤油(山梨県甲府市)の「やまごみそ」とその作り手たちとの出会いをきっかけに、発酵の中でも味噌に特化して、クラフト味噌を広める活動を始めた。

高円寺cotogotoで味噌の販売を行う村瀬氏
2020年2月には高円寺にあるcotogoto(コトゴト)で、全国各地からセレクトした5種類のクラフト味噌を販売したという村瀬氏。「味噌汁にしてテイスティングしてもらうと、『私はこの味噌が好きかな』と、初めてでも自分好みの味噌を見つけてもらえたのが嬉しかったですね」と手応えを感じたという。

愛知の味、八丁味噌に挑戦

筆者も新しい味噌の世界へ飛び込むため、村瀬さんがセレクトした愛知県の「まるや八丁味噌」を手に入れ、実際に料理に使ってみた。

「まるや八丁味噌」

八丁味噌の質感は硬めで、少量でもずっしり重い
東海地方の豆味噌(赤味噌)の中でも、愛知県岡崎市八帖町にある2つの蔵が、特別な製法で作った豆味噌だけが八丁味噌を名乗れるそうだ。この黒に近い濃い色は、長期熟成された証。豆特有の深い味わいと、香ばしさを感じる風味がクセになる。
まずは生野菜を切って、普段使っている仙台味噌と味比べ。色はもちろん、食感や風味も、コクの感じ方やしょっぱさもまるで違う。普段の味噌もおいしいが、八丁味噌の圧倒的な濃厚さは新鮮に感じる。

「八丁味噌の煮込み(味噌煮)」
八丁味噌は土手煮や味噌煮込みうどんでも使われるように、煮込み料理にピッタリの味噌。愛知県出身で、実家が小さな割烹料理屋を営んでいたという村瀬氏に、簡単に作れる煮込み料理のレシピを教えてもらった。

「八丁味噌の煮込み(オリジナル味噌煮)」
〈材料1人前〉
豚バラ肉・100g、にんにく・1/4片、白菜・1/4カット、八丁味噌・適量、砂糖・適量、料理酒・大さじ1.5
〈作り方〉
① ニンニクをスライスして炒め、香りがでたらカットした白菜、豚肉の順に鍋に入れ、しばらく煮込む
② 白菜から水分が出て、ぐつぐつと音が聞こえてきたら料理酒を入れ、八丁味噌を濃い目に溶かす。
③ 甘辛くなるよう、好みの味になるまで砂糖を加えたら完成。

※にんにくをたっぷり入れても、コクを残したまま味噌が臭みを消してくれます。

すこし水分が飛んでしまったが、簡単においしくできた
ほんのり甘く、コクがあるため、ご飯がすすむ。八丁味噌だけで食事が一気に楽しくなった。

その日の気分に合わせて。自分にとって特別な味噌を楽しもう

お味噌汁も八丁味噌で。一人暮らしの食卓も、味噌があれば豊かなものに
村瀬氏がお勧めする味噌の選び方は、違う地域の“本気の味噌”を「コク」「甘め」「辛め」の3種類で揃えることだという。「もし『八丁味噌』などの赤味噌をすでにお持ちなら、コクは山梨の『甲州やまご味噌』、甘めは秋田県の『きすけ味噌』や鹿児島県の『cocoromiso』などを揃えるのがおすすめですね。こうやって揃えておけば、お味噌汁だけでなく、気分に合わせて煮込み料理や炒め料理にも幅広く使うことができて、味噌の世界がぐっと広がります。どれもオンラインで購入できるので、気になるものがあったらぜひ購入してみてください」

対面での接客が難しい現在は、Instagramのダイレクトメッセージから、オンラインで味噌選びの相談に乗ってもらえるそうだ。せっかくなので筆者も相談に乗ってもらったが、普段使っている味噌や好みを伝えると、ワクワクするようなユニークな味噌を教えてもらえた。さらに現在は、少量から試せるお試し味噌のオンライン販売の実現にも取り組んでいるといい、「みそしるぼうや」の今後の活動にも注目したいところだ。

みなさんも、日常の過ごし方に意識を向けやすい今だからこそ、味噌という調味料をアップデートして楽しみを増やしてみてはいかがだろうか。

みそしるぼうや・村瀬峻史(むらせ しゅんじ)

味噌に惚れるような体験を、考える人。「人と味噌の出会い方を変える」をスローガンに、小規模でも豊かな世界観を持つ味噌が適切に広がるよう、味噌屋と生活者の間に立ち、長く使い続ける消費と出会いを提案している。これまで、日本や台湾での「みそしるスタンド」出店や、小売店の催事連携、味噌汁の商品企画等に取り組み、今後も Nice to miso you な出会いを届けていく。

https://www.instagram.com/misoshiru.boya/