紙の本を読む習慣がある人は、どれくらいいるのだろうか。情報も娯楽も、ほとんどインターネットで完結するという方が多いかもしれない。本離れが著しい昨今、年齢や性別に関わらず、多くの人に注目されている「共同書店」という新しい業態がある。今回は、世界一の古書店街、神保町で2024年3店舗目をオープンさせた共同書店について詳しくご紹介しよう。
世界一の古書店街「神保町」
「神保町古書店街」とは、その名が示す通り、東京都千代田区神田神保町に位置する古書店が軒を連ねる街。まるで街全体が大きな図書館のように数多くの古書店が立ち並び、日本中でも最も古い本や貴重な資料、珍しい書籍などが揃い、それらを求める書き手や読書家たちの聖地として親しまれている。
神保町の古書店は、あらゆるジャンルの中古本を一挙に揃える大型古書店とは異なり、専門性が高い書店が多いことが特徴の一つといえる。故に魅力を感じることもあれば、とっつきづらさを感じる人もいるはず。
初めての人は「本と街の案内所」があるので、街歩きの前に予習に行ってみるのがおすすめ。好きな本のジャンルがあれば店を紹介してもらうこともできるし、本の情報だけでなく、飲食店なども検索できる便利な施設だ。
飲食店といえば、神保町で本屋巡りをしている最中、ふっと鼻孔をくすぐるのが、スパイシーなカレーの香り。神保町にカレー屋が多いのは『本を読みながら食べやすいのがカレーだから』といった説があるらしい。筆者が度々訪れる店は、カレーライスの前にポテトが2つ出てくるあの名店。
さて、本題の共同書店をご紹介する前に、そもそも共同書店とは何かを解説しておきたい。本屋の中にはたくさんの本棚があり、置かれる本の全ては本屋が仕入れているのが通常だが、共同書店の場合はそれぞれの棚を別々の人や会社が借り、各々がセレクトした本を販売している。本を売るのはどんな人かというと、本が好きな人だったり、本を売る会社だったり、著者だったり、アーティストだったりと、多種多様である。
共同書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」
こちらは「PASSAGE by ALL REVIEWS(パサージュ・バイ・オール・レビューズ)」。
小さめの書店という印象だが、本棚を何となく見ているうちに気づいたら数時間があっという間かも。
店名の通り、パリのパサージュ(アーケードがある歩行者通路の両側に商店が並んでいるもの)を模したクラシカルな内装。
一つ一つの棚に棚主がおり、本に対する愛情がビシビシと伝わってくる。言うなれば「本の推し活」だ。どの棚も一つとして同じ世界観はなく、非常に個性豊かで見応えがある。「こんな大先生まで棚主なの!?」と驚く有名作家の棚もあれば、ただひたすら特定ジャンルの本が好きな趣味の人もいる。翻訳家、辞書を作る人、出版会社まで棚主だ。
この共同書店は、中古品は定価より安く売るという、中古市場として当たり前の売り方をしない点が非常にユニークで、誰かの手に一度渡った後だからこその面白い読書体験ができるケースもある。
たとえば、上の本は日本を代表する書評家の本棚のもので、よく見ると付箋が貼られたまま。おそらく書評を書く際に、こうして参考にする部分を何度も何度も確認するのだろう。アンダーラインを引いているものもある。専門家がどのような箇所に着目し、読み進めて言ったのかが手に取るようにわかる。こうした本のダメージと捉えられていたことも、専門家の痕跡と読み替えるとなかなか興味深いものになる。
上の写真のように、独自のキュレーションで本を選び、中の本が見えないようラッピングした「ブラインドブック」も人気。今の時代に、何が入っているかわからないというワクワク感は手に入れづらいことの一つかもしれない。
棚主には専門家の出店者も多く、マニアックな参考書などが置かれている棚も多い。さまざまな職業の方たちの本棚を覗き見るような感覚だ。また、著者献本を出している作家の棚も多く、作家の自宅からやってきた本だと思えば、ファンにとって垂涎ものに違いない。売上の一部は著者を招くイベントの開催資金に充てる本棚もある。
アートや雑貨も扱う2号店「PASSAGE bis!」
「PASSAGE by ALL REVIEWS」が入居するビルの3階には、2号店「PASSAGE bis!」がある。「bis」とは、フランス語で建て増しの番地を表す意味だという。こちらの店舗は本だけではなく、アーティストの作品やアクセサリーなどの雑貨も置かれ、よりビジュアル的に楽しい世界観が広がっている。
奥にはカフェが併設されており、休憩するのにぴったりな雰囲気だ。上の写真は、烏龍茶をベースにブルーフラワーを組み合わせたカラーフレーバーティー。すっきり爽やかな飲み口の紅茶だ。
そのほか、カフェで使っているものも厳選しているそうで、「眞踏珈琲店」の珈琲、1905年創業の「亀澤堂」のどら焼き、アニメ「邪神ちゃんドロップキック」にて主人公の大好物として登場した「文銭堂」のフレッシュムーンとフレッシュロマンという和洋折衷の菓子で、神田小川町にあるポルトガル菓子専門店「DOCE ESPIGA(ドース・イスピーガ」など、人気店の味を座ってゆっくり味わうことができるようにしたという。
いただいたポルトガル菓子の美味しかったこと!もちっとした食感と濃厚な卵の風味が楽しめる「トマールの星」、ポルトガル中部都市レイリアに流れるリス川のほとりの修道院で作られていた伝統菓子「リス川のそよ風」、どちらも絶品だ。ちなみに「トマールの星」は、ポルトガルでこの菓子を製造販売している店の店名で、本当の名前は「早くキスして」(Beija-me Depressa)というそうだ。ポルトガルの菓子はユニークなネーミングの菓子が多いのだそう。
青い天井に白い本棚「PASSAGE SOLIDA」
こちらが2024年3月オープンの「PASSAGE SOLIDA」。ここまで紹介してきたものと同じ共同書店の形態で、神保町駅すぐ、目抜通りという好立地に誕生した、出来立てほやほやの新店だ。「SOLIDA」とはフランス語のSOLIDARITE(連帯)の省略形。書店の未来を考えるにあたって、本という文化の炎を消さぬよう、皆が棚主になり連対的に支えていこうという意味が込められているという。
本離れが深刻化しているなかで、今年3店舗目をオープンさせた共同書店の仕掛け人は、一体どのような人なのだろう。社長の由井 緑郎氏にお話を伺った。
以前は広告代理店に勤めていたという由井氏。古書店の運営に携わるようになった理由は、フランス文学者・作家である鹿島茂氏とともに、「オール・レビューズ」というインターネット書評無料閲覧サイトを立ち上げたことから始まった。
名だたる方たちが力を込めて書き上げた「書評」というものに着目し、それをアーカイブ化したものを公開。レビューを見た人が書籍を購入すると、書評家にも売り上げのパーセンテージが還元される仕組みで、著者や書評家にとって、さらには出版社にとっても嬉しいシステムなのである。
作家の立場からすると、何年もかけてやっとの思いで出版した本たちが本屋の店頭に置かれるのは大体2〜3ヶ月。本を書き続けるかぎり、その悲しみは続く。
書評家にとっては、力を込めて書評を書いているにも関わらず、それが新聞などに掲載されるタイミングは出版から2〜3ヶ月経った頃。レビューを読んだ方が本屋に行っても在庫されていないという切実な問題を抱えている。実は書店側も同様のジレンマを抱えており、売りたい品物が並ぶタイミングと実際に品物が売れやすいタイミングがズレてしまうのだ。
ならば、売りたい人自らが本屋になって売ればいいのでは、と考え誕生させたのが、共同書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」だ。中古本はもちろん、新作も自ら仕入れて販売することができ、作家、書評家、書店といった、本に関わる方たちすべてにデメリットがないシステムなのだそうだ。
こちらは「PASSAGE SOLIDA」に設置された「神保町名店棚」。その名のとおり、神保町の名店に期間限定で棚主になってもらう企画だ。これから先、この共同書店が神保町という街にさらに根付いていき、神保町の街と深く関わりながら、街の活性化の一助となりたいという願いを込めて設置された。
記念すべき第一弾は、かねてから懇意の仲だというカレーの名店「ボンディ」。期間は未定だが、今後もさまざまな名店とコラボレーションする棚になっていく予定なのだそう。
まだ棚主枠に余裕がありそうな店内だが、主旨に賛同し棚主となる方たちの名前を見ると、この共同書店という在り方が、いかに画期的で業界的にも喜ばしいことであるかが理解できる。
今だからこそ面白い、心と知性で遊べる共同書店
知りたいコトがあれば、すぐにインターネットで調べられるのは本当に便利なこと。しかし、スマホのリサーチで完結することと、本を読んでいくのとでは、得られる知識の深度も幅もだいぶ違ってくる。そこには知るということと、経験することの差があるように感じる。
たとえば旅に出るとして、行き先についてネットで隅々までリサーチし、スケジュールを綿密に練った上で行動すれば、危険なこともなく絶景を見られて、食事もすべて美味しくいただけるかもしれない。それはそれでありがたいけれども、なんだか切ないのだ。誰かのしたことを答え合わせするのではなく、自分で出逢って感じて、冒険もしたい。それが旅の楽しさだったはず。
まだ知らない面白いことを探してみたい。そんなとき、共同書店に足を運んでみてはいかがだろうか。知らない誰かの「推し」を手に取り、情熱のバトンを引き継いでみよう。すると未知なる好奇心の扉が開かれて、思いもよらない場所へ行き着くことができるかもしれない。
PASSAGE by ALL REVIEWS
東京都千代田区神田神保町1-15−3 サンサイド神保町ビル1F(アクセス)
営業時間 12時〜19時
定休日 不定休
https://passage.allreviews.jp/
CURATION BY
料理とアートが好きなコラムニスト&写真家。
毎日、都内をぐるぐる歩き回っていますが、本当はインドア派。
映画を観ながら、作品に合わせた外国の料理を楽しむことにハマっています。