どれだけ革靴を持っていてもパンプスを持っていても、たくさん歩く日用に一足は持っておきたいスニーカー。数年おきに買い替えてはいるものの、カジュアルな服装があまり得意ではない私は、いつもどのブランドのものを購入しようか悩んでしまう。そんな私が出会った「履きやすさ」「モード感」「作りの良さ」が揃ったブランドが、広島生まれのブランドSPINGLE(スピングル)だ。
広島の自社工場で製造を続ける SPINGLEとは?
SPINGLEは、広島県府中市に本社と工場を持つシューズブランドだ。元々は子供靴から体育館履き、地下足袋などを製造していたゴム総合メーカーで、創業80年以上の歴史を持つ老舗である。
けれども輸入品の台頭や1990年代の不況を背景に、国内工場は閉鎖の危機に陥った。そうした最中、日本製ならではの技術力の高さやものづくりの歴史を持つ広島県府中市の文化を守りたいという思いが生まれ、時代のニーズにあった「スニーカー」を作ろうというアイデアが持ち上がったのだ。
けれども、スニーカー作りも決して優しい世界ではない。現在では多くの日本人が、海外製の著名なブランドのスニーカーを愛用してはいないだろうか。当時も同じような状況であった。おしゃれなイメージが強い海外ブランドに押され、メイド・イン・ジャパンのスニーカーは厳しい状況に立たされていた。
そんな中で生まれたのが、現「SPINGLE」の前身である「SPINGLE MOVE」というブランドである。最初は直営店も持てず、全国の靴販売店を営業担当者が足繁く訪れて、少しずつ販路を広げていくといったそうだ。
こうした努力の甲斐あって、「SPINGLE MOVE」は徐々に知名度を獲得。2024年には「SPINGLE」に名称を変更し、ロゴもリブランディングされ、より洗練された雰囲気を纏うブランドへと進化した。
歴史を引き継いだデザイン「巻き上げソール」
技術のみならず、デザインもまたゴム工場ならではの歴史を踏襲している。その特徴的な点は、下からアッパーを包み込むようにして持ち上がった特有の形状のソールである。これは「巻き上げソール」と呼ばれ、体育館シューズから着想を得たそうだ。
アッパーとソールを高温で圧着するバルカナイズ製法を採用
SPINGLEの靴作りの最大の特徴は、バルカナイズ製法を採用していること。例えば有名なコンバースやVANSも同じ製法を使用しているが、国内製造は珍しい。現在、日本国内でバルカナイズ製法のスニーカーを製造している企業は3社から4社程度であり、SPINGLEはその貴重な1社なのだ。
まず、アッパーとソールを手で仮接着した後、100度以上の熱と1時間以上の時間をかけて、大きな圧力釜に入れて融着させる。これにより、二度と取れないほど堅牢で型崩れしにくい特性が生まれるのである。
オートメーション化が進んだ昨今においても、靴作りのほぼすべての工程が手作業で行われている点も特徴である。具体的には、テープの接着、縫製、ハトメの打ち込みなどだ。工場内ではソール用のゴムも天然ゴムと合成ゴムを練って板にし、型抜きして手で付けている。さらに、アッパーの革を型に合わせる「吊り込み」という作業も機械ではできないため、ペンチで革を引っ張る手作業で行われているそうだ。
スニーカーと革靴の良いとこ取り
バルカナイズ製法では、熱と圧力がかかるため、キャンバス素材が一般的だ。しかし、スピングルはあえて変質しやすいレザーをアッパーに使用している。失敗と成功を幾度となく繰り返してようやく誕生したレザースニーカーは、SPINGLEだからこそ買える一足としてブランドの看板となっている。レザーを使うことで長持ちすることはもちろん、大人が履きたいと思えるラグジュアリーな一足として人気を博しているのである。
定番のカンガルーレザーや牛革のほかにも、ヤギのスエードや馬革など、様々な素材を用途に応じて使い分けている。
軽くて丈夫!人気のカンガルーレザー
一番の人気は、カンガルーレザーで作られたスニーカーだそうだ。現在の売上の半分以上がこの素材を使った商品で、SPINGLEのメイン素材と言っても過言ではない。
使い手にとっての魅力は、レザーならではの高級感のある見た目のほかに、軽さと丈夫さが挙げられる。
カンガルーレザーは牛革に比べて1.5倍から2倍の繊維密度があり、この密度の高さによって引っ張る力に対しての強度が強いという特徴を持つ。そのため耐久性が高く、レザーでありながらスニーカーのようにカジュアルな使い方が叶うのである。
さらに薄くて軽いため、長時間履いていても疲れにくい。
ちなみに、カンガルーレザーはオーストラリアで採取されたものを使用している。カンガルーはオーストラリア特有の動物で、繁殖力が強いため、政府は環境保護のために年ごとに決まった数を減らしているのだそうだ。SPINGLEはオーストラリアのタンナーと専属契約を結び、食肉での副産物や個体数調整の対象となったカンガルーの革を使用。素材を無駄なく活用してスニーカーを作っている。
どんなコーディネートも少し上質にしてくれる
スニーカーは毎日履ける気軽さが魅力だが、ラフになりすぎてしまうのが私の長年の悩みだった。その点、SPINGLEのスニーカーはアッパーにレザーを使用しているため、足元に自然な締まりと清潔感を与えてくれる。
例えば、デニムとニットといった定番のカジュアルスタイルでも、足元をSPINGLEに替えるだけで全体が大人っぽくまとまる。スニーカーでありながら革靴のような品があり、ラフさを程よく抑えてくれるのだ。
また、ジャケットやセットアップなど、ややきちんと感のある装いとも相性がいい。しっかり目のテーラードジャケットに合わせても違和感がなく、オンとオフの境界をなめらかにつないでくれる存在と言えるだろう。通勤や出張、街歩きなど、歩く距離が長い日にも無理なく取り入れられるのが嬉しい。
手入れを重ねて、いつしか毎日の相棒に育つ
SPINGLEと出会うまで、スニーカーは消耗品だと思っていた。手荒に扱う気は決してないが、素材上しょうがないものと思っていたのである。歩けばすり減り、汚れれば気軽に買い替えるもの。けれどSPINGLEを履いてみて、その感覚は少し変わった。履き心地の良さやデザイン性だけではなく、「どう作られているのか」「どんな人たちの手を経て生まれたのか」が、足元から静かに伝わってくるからだ。
広島・府中市の工場で、今も職人の手によって作られる一足一足。バルカナイズ製法という手間と時間のかかる方法を選び、レザーという扱いの難しい素材にあえて挑戦する。その背景には、効率よりも品質を、流行よりも長く愛されるものを、という一貫した姿勢がある。
ちなみに、どうしてもすり減ってしまうソールは交換が可能。そのためスニーカーにも関わらず、10年以上履いている人もいるという。
大切に作られた思いを受け継ぐようにして使い手もレザーを手入れし、ソールを交換して履き続ける。そうした愛着を育てる時間もまた、SPINGLEのスニーカーだからこそ手に入る体験である。
レザーでありながら気負わず履けて、カジュアルすぎず、けれどもきちんとしすぎない。たくさん歩く日にも、少し背筋を伸ばしたい日にも自然と馴染む。その絶妙なバランスは、流行を追いかけるだけでは決して生まれない。長年、靴と向き合ってきたメーカーだからこそ辿り着けた答えだ。
ソールがすり減ったら修理をして、また履く。革に皺が入り、色味が深まっていく過程も楽しむ。そうして自分の生活に寄り添いながら育っていくスニーカーは、単なるファッションアイテムを超え、日々の相棒のような存在になっていくだろう。
「今日はたくさん歩くけれど、きれいめにまとめたい」。そんなわがままな気分の日に、迷わず手に取れる一足があること。その安心感こそが、SPINGLEのスニーカーがもたらしてくれる何よりの価値なのかもしれない。
SPINGLE
CURATION BY
東京都出身。フリーの編集・ライター。フランスと日本を行ったり来たりの生活をしている。