たかがバター、されどバター。手作業で作られるこだわりの一品
まず使う材料は鮮度を守るために店から100キロメートル圏内、ブルターニュをはじめノルマンディー地方などにある、小規模な農場から供給されるオーガニックのもののみを使用している。そしてもちろん製造工程も、おいしいバターを作ることだけを考え、労力を惜しまない。なんと機械での製造が主流になった今でも、手作業でバターを作っているのである。機械の場合、通常6時間程度で作れるそうだが、ボルディエでは72時間、つまり3日もの月日をかけてバターを作り出しているそうだ。
まずはじめは、「le beurre de baratte(ル・ブール・ドゥ・バラット)」と呼ばれる工程。「baratte(バラット)」とはバターを作るために使われる手動の機械のことで、牛乳を撹拌し、バターの原料である脂肪分を分離させるために用いられている。
そして次に行われる「Le remalaxage du beurre(ル・ルマラクサージュ・ドゥ・ブール)」は、バターを練り直すこと。丁寧にこねて練り直すことによって、バターは絹のような食感と複雑な香りを手に入れるという。この際に塩をふるのだが、塩分を得たことでバターは水分を排出する。その時の様子を、ジャン=イヴ・ボルディエはこんな言葉で表現している。
Quand mon beurre pleure, c’est qu’il chante.
私のバターが泣くとき、それは歌っているのだ。
なんともフランスらしい、詩的な表現だ。この繊細な感性があればこそ、季節折々で変化する牛乳の風味やバターの舌触り、プリズムのように揺らめく香りの数々を扱えるのかもしれない。
ちなみに、バターを練り直す作業だけでも3年もの修行が必要だと言われているそうだ。本当に、たかがバター、されどバター。まるで日本の寿司職人のように、細部まで神経を行き渡らせて作られたものが、このボルディエのバターなのである。
おいしさを追求する中で、偶然生まれたフレーバーバター
ちなみに、「Piment d’Espelette(エスペレットの唐辛子)」のエスペレットとは、バスク地方の村の名前。ここで採れる唐辛子は辛さが控えめで、豊かな風味を持つとして人気なのだ。そして「L’Oignon de Roscoff(ロスコフの玉ねぎ)」のロスコフも、土地の名前だ。ブルターニュ地方のロスコフという町で作られている、特産の玉ねぎが使用されている。
さすがボルディエ、と思ってしまう選び抜かれた材料が使われたフレーバーバターは、元は偶然の産物から生まれたという。
1986年、ジャン=イヴ・ボルディエは市場から帰る途中、藻の上に置かれたヒラメを持ち帰った。彼は半塩バターとその藻を使ってデュクセルというソースを作り上げ、ヒラメの切り身に添えた。同じ海で育った海藻とヒラメ、そしてバターは見事な調和を作り出し、この経験がフレーバーバターの着想に繋がったそう。
それ以来、シェフのインスピレーションや生産者との出会いから新しいフレーバーが生み出され、今ではラインナップも豊富になり、個性的なバターの数々は料理人をはじめ多くの人々に創造性を与えている。
最高の口どけは、パンに塗るだけでも贅沢
まずバターを食べてみて驚かされたのは、その滑らかさだった。山々に濾過された湧水のように、口の中でやわらかくとけてゆく。生まれてはじめてだが、口どけの仕方に思わず「美しい」という表現を使いたくなったほどである。彼ら自身が絹のような舌触り、と表現しているのにも深く納得させられた。コクや風味は豊かなのに、テクスチャーは軽やかなのだ。
次に、「Éclats de fèves de cacao du Ghana(ガーナ産のカカオクランチ)」をパンに塗ってみた。粒々としたチョコレートが入った様子は、まるでアイスクリームのようだ。こんなバターを今まで食べたことがなかった私は、これだけで朝食の時間が楽しくなった。甘い味を想像して頬張ってみたが、甘さはなく、噛み砕いたチョコレートから微かに感じる程度だ。あくまでバターを主役にしたミルキーな風味は、ボルディエのバターへの愛を感じられる味である。
バターたっぷりのオムレツを作る
レモン風味のバターで、簡単パスタを作る
私はシェフでもなんでもないのでたいした料理は作れないが、「Yuzu(ゆず)」や、「l’Huile d’Olive Citronnée(レモン風味のオリーブオイル)」を見たときに、頭に浮かんだのはパスタのソースだった。オリーブオイルのように、ただ絡めるだけでもとてもおいしそうである。
ちなみに、一番の人気のフレーバーは「Algues(海藻)」なのだそうだ。同じ海の幸との相性は抜群に良いそうで、魚のムニエルや牡蠣のバターソテーなんかに使ってもおいしそうである。
ボルディエのバター
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