Vol.625

FOOD

11 FEB 2025

一流シェフが愛するボルディエ。フレーバー付きバターで広がる、料理の可能性

ときどき、バターとはなんて憎い存在なのだろうと思う。ふわりと漂ってくるおいしそうな香りに、うっとりと見入ってしまうまろやかな黄色、そしてフライパンの上でじゅわじゅわととろける食欲をそそる姿、ミルキーかつ香ばしい味わい。さらに焦がしても風味に変化が生まれてやはりおいしいままだなんて、ずるいにもほどがある。 そんなバターの中でも、こだわりのある三つ星レストランのシェフや、パティシエが愛してやまないのが、ボルディエのバターだ。このボルディエ、プレーンな味がおいしいのはもちろんのこと、日本ではあまり馴染みのない味が付いた「フレーバーバター」が揃っている点も特徴的。今回はこのフレーバーバターとともに、ボルディエの魅力にせまりたい。

たかがバター、されどバター。手作業で作られるこだわりの一品

ボルディエのバターたち
「Bordier(ボルディエ)」は、フランスのブルターニュ地方にあるサン・マロという街で生まれたバターだ。このバターを生み出したジャン=イヴ・ボルディエは、1982年に熟成チーズと乳製品の店を開店。その後1985年から19世紀の伝統的な手法を用いたバター作りを開始した。風味が豊かで舌触りも群を抜いて滑らかなバターはたちまち美食家たちの目に留まり、星付きシェフから次々に注文が舞い込むようになったという。

ブルターニュ地方のサン・マロ
どうしてボルディエのバターは、ここまで抜きん出た存在になれたのだろうか。それはジャン=イヴ・ボルディエのただならぬこだわりにある。

まず使う材料は鮮度を守るために店から100キロメートル圏内、ブルターニュをはじめノルマンディー地方などにある、小規模な農場から供給されるオーガニックのもののみを使用している。そしてもちろん製造工程も、おいしいバターを作ることだけを考え、労力を惜しまない。なんと機械での製造が主流になった今でも、手作業でバターを作っているのである。機械の場合、通常6時間程度で作れるそうだが、ボルディエでは72時間、つまり3日もの月日をかけてバターを作り出しているそうだ。

まずはじめは、「le beurre de baratte(ル・ブール・ドゥ・バラット)」と呼ばれる工程。「baratte(バラット)」とはバターを作るために使われる手動の機械のことで、牛乳を撹拌し、バターの原料である脂肪分を分離させるために用いられている。

そして次に行われる「Le remalaxage du beurre(ル・ルマラクサージュ・ドゥ・ブール)」は、バターを練り直すこと。丁寧にこねて練り直すことによって、バターは絹のような食感と複雑な香りを手に入れるという。この際に塩をふるのだが、塩分を得たことでバターは水分を排出する。その時の様子を、ジャン=イヴ・ボルディエはこんな言葉で表現している。

Quand mon beurre pleure, c’est qu’il chante.
私のバターが泣くとき、それは歌っているのだ。

なんともフランスらしい、詩的な表現だ。この繊細な感性があればこそ、季節折々で変化する牛乳の風味やバターの舌触り、プリズムのように揺らめく香りの数々を扱えるのかもしれない。

ちなみに、バターを練り直す作業だけでも3年もの修行が必要だと言われているそうだ。本当に、たかがバター、されどバター。まるで日本の寿司職人のように、細部まで神経を行き渡らせて作られたものが、このボルディエのバターなのである。

鮮度が重要なため、フランスではスーパーではなくチーズ屋さんなどで売られていることが多い

おいしさを追求する中で、偶然生まれたフレーバーバター

手前:「Éclats de fèves de cacao du Ghana(ガーナ産のカカオクランチ)」、左奥:「Demi-Sel(有塩バター)」、右奥:「Algues(海藻)」
そんなボルディエのバターが作っているのが、冒頭でも少しご紹介したフレーバーバターだ。種類は多岐に渡り、「Algues(海藻)」「Yuzu(ゆず)」「Piment d’Espelette(エスペレットの唐辛子)」「Éclats de fèves de cacao du Ghana(ガーナ産のカカオクランチ)」「L’Oignon de Roscoff(ロスコフの玉ねぎ)」などなど、思わず聞いただけでどんな味なのだろうとワクワクしてしまうものばかりだ。

ちなみに、「Piment d’Espelette(エスペレットの唐辛子)」のエスペレットとは、バスク地方の村の名前。ここで採れる唐辛子は辛さが控えめで、豊かな風味を持つとして人気なのだ。そして「L’Oignon de Roscoff(ロスコフの玉ねぎ)」のロスコフも、土地の名前だ。ブルターニュ地方のロスコフという町で作られている、特産の玉ねぎが使用されている。

さすがボルディエ、と思ってしまう選び抜かれた材料が使われたフレーバーバターは、元は偶然の産物から生まれたという。

1986年、ジャン=イヴ・ボルディエは市場から帰る途中、藻の上に置かれたヒラメを持ち帰った。彼は半塩バターとその藻を使ってデュクセルというソースを作り上げ、ヒラメの切り身に添えた。同じ海で育った海藻とヒラメ、そしてバターは見事な調和を作り出し、この経験がフレーバーバターの着想に繋がったそう。

それ以来、シェフのインスピレーションや生産者との出会いから新しいフレーバーが生み出され、今ではラインナップも豊富になり、個性的なバターの数々は料理人をはじめ多くの人々に創造性を与えている。

最高の口どけは、パンに塗るだけでも贅沢

お気に入りのパン屋のパンと、ボルディエのバター
まろやかなバターの風味や口どけを楽しみたいなら、やはり調理はせずにそのままを味わいたい。そこである朝、筆者はパンとオムレツ、ほうれん草のバターソテー、コーヒーというオーソドックスな朝食を用意した。

シンプルだが、贅沢さを感じる朝ごはんに
テーブルに用意したボルディエのバターの包装紙を開けた途端に、部屋にうっとりとする新鮮なバターの香りが漂った。さっそくパンに塗って味わってみたのは、基本の有塩バター。ちなみにボルディエのバターには、日本でも有名な塩の産地、ゲランドのものが使われている。

まずバターを食べてみて驚かされたのは、その滑らかさだった。山々に濾過された湧水のように、口の中でやわらかくとけてゆく。生まれてはじめてだが、口どけの仕方に思わず「美しい」という表現を使いたくなったほどである。彼ら自身が絹のような舌触り、と表現しているのにも深く納得させられた。コクや風味は豊かなのに、テクスチャーは軽やかなのだ。

次に、「Éclats de fèves de cacao du Ghana(ガーナ産のカカオクランチ)」をパンに塗ってみた。粒々としたチョコレートが入った様子は、まるでアイスクリームのようだ。こんなバターを今まで食べたことがなかった私は、これだけで朝食の時間が楽しくなった。甘い味を想像して頬張ってみたが、甘さはなく、噛み砕いたチョコレートから微かに感じる程度だ。あくまでバターを主役にしたミルキーな風味は、ボルディエのバターへの愛を感じられる味である。

バターたっぷりのオムレツを作る

オムレツを作る。ボルディエのバターは、黄色がとても鮮やか
オムレツやほうれん草のバターソテーにも、もちろんボルディエのバターを使った。料理も材料もシンプルだが、特別なバターで調理するだけで、まるでホテルの朝食を味わっているかのような贅沢な気持ちが芽生えてくる。

バターのまろやかな味を感じる、オムレツとほうれん草のバターソテー

レモン風味のバターで、簡単パスタを作る

パスタに「l’Huile d’Olive Citronnée(レモン風味のオリーブオイル)」を和える
数々のユニークなフレーバーバターをどう食べようか思案していると、ふと、バターを軸に料理を考えるのは、はじめての経験だと気が付いた。まるで画家が唯一無二の絵の具の色から創造性を働かせてゆくように、バターという素材がインスピレーションを与えてくれる経験は、今だかつてなかった。ソースの数々をはじめ、お菓子やパンにもたっぷりとバターを使うフランス。このバターがあればこそ生まれた料理もあるに違いないと思うと、ボルディエが名のあるシェフやパティシエに愛される理由がよくわかる。

私はシェフでもなんでもないのでたいした料理は作れないが、「Yuzu(ゆず)」や、「l’Huile d’Olive Citronnée(レモン風味のオリーブオイル)」を見たときに、頭に浮かんだのはパスタのソースだった。オリーブオイルのように、ただ絡めるだけでもとてもおいしそうである。

ほのかにレモンが香る、春色の爽やかなパスタに
そこで作ってみたのが、芽キャベツとハムのパスタを、さらに「l’Huile d’Olive Citronnée(レモン風味のオリーブオイル)」で和えた一皿。乳製品ならではのコクの中に、ほんのりとレモンの爽やかさと苦味を感じ、いつものパスタの格がひとつ上がったような味に仕上がった。

ちなみに、一番の人気のフレーバーは「Algues(海藻)」なのだそうだ。同じ海の幸との相性は抜群に良いそうで、魚のムニエルや牡蠣のバターソテーなんかに使ってもおいしそうである。

おいしいバターがあるだけで、気持ちが上がる食卓に
そのまま食べるのはもちろん、ボルディエ独自のフレーバーバターは料理のインスピレーションももたらしてくれる。このバターがあるだけで、何気ない料理もおいしさを増し、料理を楽しむ感性もきっと磨かれるはず。みなさんも、ぜひいつもの食卓に、ボルディエのバターを加えてみてはいかがだろうか。

ボルディエのバター