どんなに料理や食べることが好きな人でも、やる気が起きない時があるはずだ。何を作ろうかと考えるのも億劫だし、食材を買いに行くのも面倒に感じてしまう。そんな時こそ器が持つ、食卓の風景を変える力を信じてみたい。シンプルでありながら個性的な形状、独自の感性で創り上げた作家ものの器は、食に対する好奇心を再び刺激してくれるに違いない。料理、そして食べることはやっぱり楽しい。そんな気持ちを再び呼び起こしてくれるだろう。
料理や食事に、気力が起こらない時に
早いもので気が付けば暦上ではもう2月。毎年この季節になると身をもって痛感するのがやる気のなさだ。理由は非常に明確で、12月そして1月はクリスマスや正月といったイベント続きで、忙しさに翻弄される。
年が明けて1月中は年末年始のハイなテンションのまま過ごせるのだが、ふとエンジンが切れたようになるのがこの2月。少しゆっくりしても良いじゃないか、と自分を甘やかすことから始まり、そんなに頑張る必要はないだろうと怠け癖が出てくるのだ。
その気分が如実に反映するのが家事仕事で、特に食事の支度はどうにもやる気が起こらない。実際、食べることも調理することも、手を抜こうと思えばどれだけでも楽ができる。
巷にはテイクアウトやインスタントの食材が溢れており、手ごろな価格で美味しいものは簡単に手に入る。手間暇をかけてする必要はどこにもなく、食器にこだわらなければ準備も簡単だ。
だが食事に気をかけない暮らしはやはり殺伐としたもの。それに気付かせてくれたのが、1枚の器だった。これまでは食器のブランドや生産地などをチェックして選んでいたが、ひとめ惚れしたのは作家ものの器。また今まで手にしたことのないフォルムに心を奪われ、使ってみると改めて器の力を実感することとなった。
作家が生み出した個性的な台皿を迎え入れて
これまで集めた器は洋食器が殆どで、和食器は載せる食材が難しいと敬遠していたところがあった。だがネット上で寺田昭洋氏の器を見た瞬間、その印象的な佇まいに心を奪われた。
これまで作家ものの器はハードルが高い気がしてなかなか手を出せずにいたが、こちらは迷わず購入に至り、また同じ台皿で違う色合いのものも欲しくなり、佐藤敬氏の器を選んでみた。
これまであまり見ることのなかった形状の器は『台皿』と呼ばれ、高さのある盛り皿のことを指しており、かつては祝い事の際に用いられていたと言う。『台皿』とひと口に言っても、作り手によってそれぞれ独自の手触り、色彩やフォルムがあり、特別な日の食卓から日常使いまで、多くの場面で活躍してくれそうだ。
高さのある器はフルーツやケーキなどを載せるコンポート皿や、デザートに用いられる脚付きの器、茶碗や皿の底の部分に高さのある高坏(たかつき)などがある。
一方、今回選んだ台皿は皿と脚部に分かれてはおらず、ひとつにまとまっている形状だ。シンプルなかたちのため載せる食材を選ばず、和食から洋食、中華、デザートといった様々なメニューに対応してくれるところも嬉しい。
またこの台皿をひっくり返すと縁のある皿としても使え、二通りの使い道があるのも特徴だ。器と食材のバランスを考えながら、自分なりにコーディネートを楽しんでみたい。
平凡なメニューも器によって変化する
個性豊かな作家が作陶し、台皿のような独特な形の器はどんな料理を載せれば良いのか悩むことがあるかもしれない。だが台皿には凝った料理を選ぶ必要はなく、シンプルそのもののメニューを載せても映えるシーンを作り上げてくれる。
例えばおにぎりやサンドウィッチといったごく当たり前のもの、簡単に調理出来るものやテイクアウトしたもの、インスタントのメニューでも、この器に載せると通常の皿を使ったものとは格段に異なる印象になる。
またパスタや麺類といった調理が楽で手早く用意ができるものも、台皿に載せるだけでメニューそのものがランクアップした様に見えるのは、まさに器の持つ力のせいだろう。
台皿は表面がフラットなため、ソースがたっぷりとかかったものや、シチューやカレーなどの汁気の多いメニューには合わないと感じる方もいるかもしれない。そんな時は皿を裏返しにして、縁のある裏面を使用してみたい。こちらもまた、表側を使用した時とは違う表情で、どんなものを載せようかと考える楽しみが増えるはずだ。
始まりは普段使いから、時には料理に時間をかけて
作家ものの器という特別な食器を使う際は、イベントやおもてなしの時に使う印象があるが、特別な器こそ日常的に使いこなし、普段の食卓を華やかに装いたい。例えば休日の朝食は、台皿を用いて雰囲気のあるテーブルを作り上げてみよう。
また一人で過ごすブレイクタイムでは、スイーツを載せて優雅に過ごす時にも向いている。お気に入りの店で購入したデザートも、台皿に載せればその味はいっそう美味しさを増してくれるだろう。
印象的な器を手にすると、再び料理をする気が少しだけ湧いてくる。簡単な調理法でも時間をかけて料理をしてみようという気になり、チャレンジしたのはチリビーンズ。
玉ねぎや人参、セロリ、そして牛ひき肉を炒め、ナツメグやクミン、コリアンダーなどのスパイスを加えてトマトと一緒に煮込む。チリパウダーで辛めに味付けをしたチリビーンズは、寒い冬にも身体が温まるぴったりのレシピだ。
食卓を美しく彩る器を新たに迎えたことで、ようやく食や調理に対する意欲が湧いてくる。自らメニューを選んで調理し、自分流にコーディネートした食卓を眺めると、食はやはり暮らしに欠かせない喜びなのだと実感できた。
器の持つパワーを借りて
年末年始の慌ただしさからの疲れと、冬の寒さの厳しさも重なって、何をするにも億劫になりがちな2月。料理をする気になれない時は、器の力を借りてみよう。買ってきたメニューを温めるだけでもいい、お気に入りの器に載せて、食卓に彩りを灯してみよう。作家が創った器を使い、美しく盛ってみれば、ありきたりな食材でも途端に輝きを放ち出す。
少し疲れているなと感じた時、料理や食事にこれまでのように魅力を見出せなくなった時。台皿という普段づかいの器とは異なるフォルムを上手に使い、作り手の想いと感性を表す作家ものの器の力を借りれば、食と器がどれだけ暮らしを華やかなものにしてくれるか、再認識できるに違いない。
寺田昭洋 台皿(8寸)
佐藤敬 台皿(6寸)
CURATION BY
1992年渡英、2011年よりスコットランドで田舎暮らし中。小さな「好き」に囲まれた生活を求めていたら、夏が短く冬が長い、寒い国にたどり着きました。