直火式エスプレッソとはマキネッタ(=ラテン語で小さなエスプレッソマシン)と呼ばれる小さなポットで淹れたコーヒーのこと。これで淹れたコーヒーは「モカ」と呼ばれ、エスプレッソのように濃厚で、1933年に発売されて以来、イタリアの家庭で楽しむエスプレッソとは「モカ」のことなのだとか。エスプレッソはお店でしか飲めないもの…と思い込んでいたが、このプロダクトを発見し、早速購入することに。使ってみると、コーヒーを淹れる作業が実験のようで面白い。さらに使い込んでいくと、ドリップコーヒーとはまた違った味わいがあり、アレンジも幅広いことがわかり、どんどんと愛着の湧く品となっていった。道具の紹介から使いこなし方まで。本場のエスプレッソの楽しみ方をヒントに、日常でイタリア気分を味わえる道具の魅力を案内する。
直火式エスプレッソとは。80年前から愛されるイタリアンコーヒー
数年前、イタリアを旅行した時に印象的だったのが、街のあちこちにあるバール。朝は働く人が出勤前に訪れ、昼はランチ、午後はお菓子、夜はお酒と時間帯にあわせてさまざまな使い方ができる便利なお店で、イタリア人にとっては生活の一部となっている場所だ。
カウンター越しにエスプレッソをオーダーし、テラスでのんびりエスプレッソを楽しんでいるイタリア人のなんと絵になること。白いシャツとタブリエを身にまとったバリスタや社交場のような大人の雰囲気にあこがれてしまった。
そんな私がイタリアのバール文化に憧れて手に入れたのが、ビアレッティ社の「モカ・エキスプレス」。ビアレッティ社はマキネッタと呼ばれる直火式のエスプレッソマシンを最初に開発したメーカーで、「モカ・エキスプレス」は80年以上たった今も変わらないデザインなのだとか。
ちなみにイタリア語でコーヒーのことをカフェといい、それはエスプレッソのことを指す。もともとエスプレッソはバールでしか楽しめないものだった。そんなエスプレッソを家庭でも楽しめるようにとビアレッティ社が1933年に開発したのが「モカエキスプレス」なのだ。粉と水をセットして火にかけるだけで濃厚でエスプレッソのようなコーヒー=「モカ」が出来上がる。今ではイタリアの家庭ではマキネッタが1家に1台あるほどなのだそう。
通常お店で飲むエスプレッソは電気式で、これで淹れるとクレマという細かい泡の層があるのが特徴。これにより舌触りも変わり、香りを閉じ込めてくれるが値段は5万円ほど〜100万円以上のものまであり、手入れも大変だ。直火式のマキネッタなら1万円以内と値段も手ごろでしかもコンパクトだがクレマを作ることができない…。
と思っていたが、実は1998年にクレマを作ることができるマキネッタをビアレッティ社が開発したのだとか。さらにIH対応のマキネッタを発売するなど、歴史あるプロダクトだが今も進化を続けている。
直火式エスプレッソの仕組みを知る。淹れ方、特徴について
実際にモカエキスプレスを手に入れて使ってみたが、構造はとてもシンプル。本体に水と細挽きにしたコーヒー豆をセットし、ねじを回すように上下のカップをしっかり締めてから火にかける。水が沸騰すると蒸気圧によりノズルを伝ってコーヒーが抽出されるという仕組みだ。使い方は説明書を読んですぐにわかったが、私が購入した2人用のモカエキスプレスは直径が小さいためガスコンロの五徳の上にのせることができず、五徳にのせるための台が必要になった。
公式サイトでもサポートリングとして販売しているし、小さい鍋をのせるための五徳として販売されているので用意しよう。そうして本体を安定させて何度か淹れてみると、我が家のコンロの弱火では5分ほどで抽出できることが分かった。
味のポイントだと思ったのが、コーヒー豆の挽き加減。コーヒー専門店に行ってオーダーするときは必ずマキネッタ用、モカ用にとお願いしてグラインドしてもらうといい。エスプレッソ用と書いて販売している細挽きの豆は電動式エスプレッソの抽出用のもののことが多く、これで淹れることもできるが、お店によってはマキネッタ用と電動式用の挽き方が異なることも。
より細かくグラインドされているのが電動式のようだ。マキネッタ用と電動式用を飲み比べてみて、好みの味を確かめてみるといいだろう。
直火式エスプレッソ=モカは、エスプレッソの特徴であるキャラメル色をした細かい泡=クレマができないので、エスプレッソのような風味を持つ濃いコーヒーというのが正しい。では濃いコーヒーということなら、ペーパードリップのコーヒーとはどう違うのだろうか。モカと同量の豆と湯量で抽出したドリップコーヒーと飲み比べてみることにしてみた。
使う豆の特徴でも異なると思うが、それぞれをそのまま何も入れずに飲んだときは、ペーパードリップのほうがより酸味を感じ、爽やかで飲みやすく感じた。もちろんモカも悪くない。
しかし、これにミルクを入れると、モカエキスプレスのほうがバランスがよく、ミルクとの一体感もあり、歴然とした差を感じた。ペーパードリップにミルクを入れたものは、酸味が立って一体感には欠ける気がしてしまった。飲み比べてみることで、その魅力にあらためて気づくことができた。
バールの風景に憧れて。モカの飲み方、楽しみ
イタリアのバールではエスプレッソを飲むときは、そのままでは少し苦いので、砂糖を入れて飲むのがクラシカルなスタイル。そしてエスプレッソにフォームドミルクを入れたカプチーノや、フォームドミルクのふわふわの泡の部分だけを注いだマッキアートなどが朝のバールの定番メニューだ。これにブリオッシュなど甘いパンを一緒に食べ朝食にするという。
ということで、先の飲み比べでミルクとの相性がよいことを体感したので、ミルクにもこだわるともっと美味しくなるのではと考え購入したのが、ハンディタイプのミルクフォーマーとラテアート用のミルクピッチャー。空気を含ませたフォームドミルクを作ってバールのようなカプチーノ、マキアートが作れないかとチャレンジしてみた。
ミルクフォーマーはノズルが振動することでさまざま液体を攪拌できる機械。電池式のハンディタイプのものが多いが、USBで充電できるタイプのものがあったので購入してみた。
ミルクを65℃ぐらいまで温めてから攪拌するが、きめ細かい泡にするにはなかなかの練習が必要で、何度かやってやっとコツがつかめるように。ミルクを温めるだけでも美味しいが、フォームドミルクにすることでミルクの甘みをより感じることができ、モカとミルクそれぞれの味わいが引き立つように感じた。
フォームドミルクは温めるのが前提だが、夏は冷たいミルクを入れてカフェ・ラテにするのもいい。すっきりと飲みたい夏は低脂肪乳を使うと上品な味わいにすることができるだろう。さらに冷たいドリンクのアレンジとして、エスプレッソに炭酸やコーラを注いだドリンクもあるとか。モカがあれば、そんなドリンクを真似することもできる。ドリップコーヒーではできない楽しみ方だ。
そしてイタリアではアフターディナーにもエスプレッソはかかせない。夜は食後酒であるグラッパやアマーロという薬草酒をエスプレッソに垂らして飲むことも。エスプレッソを飲んだあとのカップにグラッパを注いでその余韻を愉しむというやり方もあるという。
ディナーを楽しんだ後、部屋に帰り、酔いを醒ますようにマキネッタに水と豆をセットして火にかけ、抽出を待つ。夜の時間をあともう少し楽しみたい…そんなときにいいかもしれない。グラッパでなくても、ブランデーやコニャックなどお好みの蒸留酒とモカで。ひとりの時間、あるいは語り合う時間を、その豊かな香りや味わいとともに過ごしてみてもいいだろう。
時代を越えて愛され続ける、シンプルで飾らない、機能美に溢れた道具
イタリアメイドのシンプルなプロダクト、マキネッタ。ドリップコーヒーのようにコツが必要なく簡単に淹れることができ、しかも粉の違いやミルクの違いでさまざまな味が楽しめ、アレンジも幅広いことを、使い込んでいく度に実感できた。使った後の手入れも、水洗いして水分をふき取るだけ、とエコで簡単なのも気に入っている。
イタリア人は使い込んだもののほうが美味しく淹れられると、コーヒー色になったマキネッタを大事に使い続けているという。自国のプロダクトを愛する国民なのだろうが、愛着がわいてくるという気持ちは、手入れするのが苦手なわたしにも生まれてきた。使うほどに味わいを増し、自分の道具となっていく。そのことに喜びを感じる日々を。そしてこのアルミボティの美しいプロダクトでイタリアの味、イタリアの日常にも思いを馳せ、日々のワンシーンにバールの香りを漂わせてみてほしい。
モカエキスプレス
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。