美術界で国際的に注目を集め続ける、日本人アーティストのトップランナー・村上隆。彼の国内8年ぶりとなる個展が、開館90周年を迎える京都市京セラ美術館で開催されている。2001年ロサンゼルス現代美術館でのグループ展『スーパーフラット』の開催以来、世界のアートシーンで注目を集め、海外では毎年のように大規模な展覧会が開催されているが、意外なことに日本開催の展覧会としては3回目、東京以外では初めてとなる大規模個展を取材した。
村上隆の過去・現在・未来を京都に絡めた展覧会
「日本の美術界、文化行政に辟易している」という村上。東京出身の村上だが、東日本大震災を機に京都に居を移した。本展の開催を決めたのは、信頼する京都市京セラ美術館事業企画推進室・高橋信也氏の「村上隆の過去・現在・未来、全てを京都に絡めた展覧会を」という提案に惹かれたからだという。
ユニークなキャラクターが目立ちがちだが、村上は東京芸術大学日本画科で学び、大学院に進んだ初の博士号取得者。彼のアートの根底に流れるのは日本画である。本展は、江戸時代に京都で活躍した絵師たちの代表作を独自の解釈で再構築し、「京都」に正面から対峙した新作を中心に約170点の作品で構成されたものだ。いま最も注目されるアーティストの久々の大規模展ということで、会場はつめかけた報道陣の熱気に包まれたものとなった。
「京都」と正面から対峙した意欲作
展示会場に一歩踏み入れたとたん、目の前に巨大な17世紀の京の都が広がる。江戸初期の絵師、岩佐又兵衛の作とされる屏風絵『洛中洛外図<舟木本>』をもとに、村上テイストを織り交ぜて制作した村上版洛中洛外図だ。美術館の大きさに合わせて3~4倍に拡大したという意欲作。
通路にも江戸時代京都で活躍した人気絵師、尾形光琳が『紅白梅図屏風』で描いた川の流れのモチーフが広がる。鴨川のほとりから京の町並みを眺めている見立てだろうか。
図中、町のあちこちに村上のキャラクターが出現する。シュールなのに、観ているうちだんだん眼が馴染んでくるのが不思議な気分。光琳の描く「水の流れ」は時の流れを表わしているという説もある。通路に描かれた水の流れが、過去の岩佐又兵衛と現在の村上隆をつないでいるのかもしれない。
よく見ると雲にはドクロが描かれている。「死」が今よりもずっと身近だった中世の空気を画の中に蘇らせたという。この作品は実はまだ制作途中なのだそう。完成時には雲の部分すべてに金箔が貼られる予定だ。
琳派の祖・尾形光琳の意匠性高い「光琳模様」の団扇をもとに、円形に仕立てた作品。様式化された光琳のモチーフを忠実に再現しつつ、村上の「笑うお花」を配置。琳派と「KAWAII文化」の合体は、時代を超えた日本の平面的描法「スーパーフラット」を提唱する村上ならではの作品。
会場のところどころに村上のコメントが掲示されている。ユーモアを交えながら展覧会や作品の意図が紹介されていて見逃せない。本展では、洛中洛外図を含む一部作品が未完成で現在も制作を進めており、完成したものから徐々に展示替えしていく。会期が進むにつれコンテンツも深まっていく「進化する展覧会」だという。
「もののけ」から京の都を護る守護神「四神」
ドクロマークが施されたカーテンをくぐると、そこは闇の世界。部屋の四隅に浮かび上がる鮮やかな光は、都の守護神「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の四神だ。
華やかなイメージの京都、しかしそこにあるのは現代では考えられぬほど『死』と隣り合わせの歴史の積み重ねだ。闇に紛れてよく見えないが、この部屋の床にも壁にもドクロ模様が施されている。
化野や鳥辺山など死と関連の深い場所も散在する京都の「闇」、「もののけ」を祓う四神のインスタレーションの中央にそびえるのは『六角螺旋堂』。モデルとなった六角堂は、京都に危機が迫ると早鐘が鳴らされ、人々の生活の中心に根付いていたものだ。
スーパーフラット DOBくんの変遷
村上隆の代名詞となったコンセプト「スーパーフラット」。日本の伝統絵画から現代のアニメ、マンガへと連なる「平面性」と、戦後日本の階級の無い社会とを文脈的に関連させた概念は欧米で注目を集め、世界各国で個展が開催された。
村上隆は活動初期より、アニメやマンガのキャラクターを日本絵画の伝統の流れで捉えようと試みてきた。DOBくんは1993年に登場した村上隆の自画像的アイコン。村上の唱えた「スーパーフラット」を体現する存在だ。
かわいいDOBくん、穏やかなDOBくん、いたずらっぽいDOBくん。あるいは怪物のような邪悪な表情のDOBくん。DOBくんは時代社会の変遷と共にさまざまな姿を見せる。
「DOBくんは日本のキャラクター文化そのもの」と本展を企画した高橋信也氏は言う。欧米型の主張する文化と違い、日本の表現者は自ら語ることなくキャラクターに語らせる。作家の代弁者として存在しているのだ。DOBくんはその時々で別のキャラクターになったように姿を変化させ、メッセージを語っていく。
このコーナーでは、DOBくんの変遷と共に村上隆の軌跡をたどることができる。村上率いる制作集団の名称「カイカイキキ」のフィギュア、「カイカイ」と「キキ」も並んでいた。
「カイカイキキ」は、狩野派を率いた江戸初期随一の絵師・狩野永徳らの作品を評した「恠恠奇奇」即ち『怪しくしかし魅了される』にあやかったネーミング。「破天荒で、究極の美も突き抜けている」と称賛された狩野派のような制作集団をつくりたい、との思いが込められた。
奇想の絵師たちに挑む
DOBくんやお花のキャラクターに目を奪われてしまいそうになるが、村上隆の根底に流るのはあくまで日本画だ。村上は、美術史家・辻惟雄が伊藤若冲や曾我粛白らを著した『奇想の系譜』を自分の作品制作の礎のひとつ、としている。本展では、村上隆が奇想の絵師たちに挑んだ大作も並ぶ。
俵屋宗達の『風神雷神図屏風』は、100年後に宗達に惹かれ私淑した尾形光琳、またその百年後に酒井抱一に私淑され描き継がれていった。やまと絵の伝統を基盤とし、金箔をふんだんに用いた装飾性、大胆な構図を特徴とした「琳派」の系譜だ。
そして酒井抱一から200年を経て、村上隆が新たに描いた風神雷神がこの作品。宗達が屏風図を描いたのは関ケ原の戦の後。戦国の世に描かれた風神雷神は、時代の空気を反映してかとても肉体的。尾形光琳らもその延長上なのに対し、村上の風神雷神はヒョロヒョロのゆるキャラ風。風貌はともかく現代のエレクトロニクスがあれば昔のマッチョな神様なんて負けない…と思いたいが、なんとも飄々とした表情に力が抜けてしまう。
村上が衝撃を受け、学生時代から尊敬していたという曾我蕭白の『雲竜図』に挑んだ『雲竜赤変図』。サブタイトルにあるとおり、辻惟雄氏に「たまには自分で描いたらどうなの?」と言われ、それに発奮して自分で描いたのだそう。
2017年にボストン美術館で開催された村上の個展では、ボストン美術館が所蔵する曾我蕭白『雲竜図』のすぐそばに村上の作品が展示された。
こちらは本展のメインビジュアルになっている大作。眩いばかりにきらめく金色の空はまさに琳派の世界。村上キャラクターのお花たちがニコニコ笑っている。お花の茎や葉は俵屋宗達や尾形乾山ら琳派の絵師たちが好んで描いた立葵を思わせる。
村上隆の新たな取り組み
村上作品の最新のトレンドを一覧できるコーナーでひときわ目をひいたのが、壁一面に広がる108枚の作品群。トレーディングカードとして制作した作品を、40センチの絵画として再現したもの。コンピュータグラフィックのように見えるが全て肉筆だ。
トレーディングカードは、本展での新たな文化振興の手段として採用され、注目を集めた。本展の開催に際し、限定『COLLECTIBLE TRADING CARD』を含むふるさと納税プランをリリース。すでに寄付額は3億円を突破し、集まった寄付によって京都市内の大学生以下は無料で展覧会を観覧できる運びとなった。文化事業における資金調達の可能性を見せつける格好となったのだ。
「市川團十郎白猿 襲名披露」の祝幕になった作品の原画もお披露目されていた。「歌舞伎十八番」のハイライト場面を巧みに網羅している。部屋全体に貼られた壁の金箔と相まってとても印象的な作品。
アーティスト村上の集大成と新たな試み
展示会場の外には、愛らしいグッズたちが観客を待っている。京都名物聖護院八ツ橋とのコラボなど盛りだくさんのマーチャンダイズで、ショッピングも楽しめるに違いない。
「公の美術館での大規模個展は、日本では最後になるかもしれない」との発言もあり、開幕前から注目を集めた本展。国内での個展は8年ぶり、出展の9割が新作ということもあり、まさに村上ワールドの過去・現在・未来を古都京都に絡めた、アーティスト村上の集大成ともいえる内容だ。
作品を見せるだけではない。予算を理由に事業削減を続ける日本の文化行政に「ふるさと納税の活用」という新たな方法論を提示するなど、課題を突きつけたことも記憶される展覧会となるだろう。
村上隆 もののけ 京都
会期:2024年2月3日-2024年9月1日
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
住所:京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124
時間:10:00~18:00(最終入場は17:30まで)
休館:月曜日(祝日の場合は開館)
観覧料
一般:2,200円(2,000円)
⼤学・専門学校生:1,500円(1,300円)
高校生:1,000 円(800 円)
中学生以下無料
※価格はすべて税込み
※( )内は前売、20名以上の団体料金
※障害者手帳等ご提示の⽅は本人及び介護者1名無料
(学生証、障害者手帳等確認できるものをご持参ください)
※そのほか企画チケットあり
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20240203-20240630
CURATION BY
美術関連の仕事をしながら、アートライターとして活動。アート三昧の日々を送る。中部・関西のアートイベントに頻繁に出没中。