Vol.438

KOTO

28 APR 2023

ロストテクノロジーを愛でる、クラシックカメラの魅力

100年以上の歴史のあるカメラ。今ではスマートフォンで手軽にきれいな写真が撮れ、世界中の人と共有することができる。テクノロジーの進化によってその在り方は変わっても、写真が撮れる仕組みは100年以上前からほとんど変わっていないのがカメラの面白いところ。今、電子制御で行なわれていることを、数十年前は機械仕掛けでやってのけていた。そんなロストテクノロジーの塊であるクラシックカメラは、今もなお根強い人気を誇っている。

若者にも人気、不滅のフィルムカメラ

今ではデジタルカメラが当たり前だが、ほんの20年くらいまでフィルムカメラが主流。出版業界ではデジタルカメラの性能や色表現の関係で2008年くらいまでフィルムが使われていた。そのため、今でもフィルムカメラの愛好家は多く、全盛期とは比べ物にならないほど種類は激減し価格も高騰しているが、フィルム自体の流通もまだ行なわれている。

昔を懐かしむ世代だけでなく、アナログなフィルムが面白いと思う、フィルムを知らない若年層のファンも加わっているのも大きい。中古カメラを扱う専門店やネットオークション、即売会イベントなど購入できる機会は多く、壊れたカメラを直して販売するという副業も行なわれているほどだ。

デジタルカメラは技術の進歩がそのまま画像のクオリティに直結するため世代交代が早いが、インスタントカメラの「写ルンです」も、プロカメラマンが使う一眼レフも同じフィルムを使うフィルムカメラは息が長く、特にプロユースの機種は堅強なので今でも充分に使うことができるものがたくさん流通している。電子制御を使っていない完全機械式のタイプであれば、専門業者の手を借りて全盛期の状態まで戻すことも可能だ。

フィルム時代が作り上げたオーパーツ、完全機械式のフィルムカメラ

左からOM-1、ニコン F、ローライ35。機械式カメラの名機たちだ
完全機械式カメラとはその名の通り、写真を撮るために設定するシャッタースピード、絞り値、ピント合わせ、フィルムの巻き上げなどを、電子部品を介さずに機械仕掛けで行うカメラのこと。電子部品が使われているフィルムカメラは、その部分が壊れると使えなくなってしまう上に壊れやすく、修理が難しい場合がほとんど。

完全機械式カメラは修理が可能なだけでなく、いついかなるときでも確実に撮影をすることを命題とされているプロカメラマン向けのカメラだったりするので非常に頑丈。緻密な制御を要するのに壊れにくいという相反する要素を兼ね備えた完全機械式カメラは、もはやオーパーツといって差し支えない存在といえる。

完全機械式カメラを味わうなら、中判フィルムカメラがオススメ

右が120フィルム。見慣れない人が多いことだろう。ちなみに「120」はサイズではなくコダックが付けた単なる製造ナンバー
中判カメラとは、一般的な35mmフィルムよりも大きい120フィルムを使うカメラのこと。主に印刷物用の撮影にプロカメラマンが使っているフィルムではあるが、35mmフィルムが出るまでは120フィルムが主流だった。

120フィルムを使うカメラは35mmフィルムを使うカメラに比べて大きいため、より完全機械式の緻密なギミックを味わいやすい。また、完全機械式の中判カメラの名機には希少なものもあるので、所有価値の高さも見逃せない。もしも120フィルムがこの世から消えてしまったとしても価値がさがるようなことはないだろう。

実用的な面でいうなら、デジタルカメラで120フィルムと同じサイズのセンサーを持つ一般家庭向けのカメラはない。つまり120フィルムならではの絵作りをデジタルカメラでは体験し得ないということ。それだけでも、中判フィルムカメラを所有する価値は充分ある。

120フィルムのネガ。6×6で撮れるカメラを使うとInstagramのアナログ版みたいで逆に今どきっぽい。ちなみに使ったカメラは1970年のもの

中判カメラの代名詞「ハッセルブラッド500C/M」

ハッセルブラッドはスウェーデンのカメラメーカーで、今もミラーレスカメラをリリースしている
往年のプロカメラマンが憧れ、所有することを目標にしたハッセルブラッド500C/Mが登場したのは1970年。かつてはこれさえ持てば一生食いっぱぐれることが無いと言われていたほど、プロカメラマンにとってマストなカメラだった。当時の大卒初任給が4万円だったころに、ボディとアクセサリーとレンズ2、3本で100万円。まさに破格である。

現在は標準レンズとフィルムバッグが付いたものでおよそ20〜40万円を推移。以前は中版カメラの名機中の名機にも関わらず10~15万円程度と比較的購入しやすい価格帯だったが、近年は価値を高めている。

中判カメラのアイコニックな存在。前身の500Cは宇宙に持ち込まれたカメラとしても知られる。アポロ計画の写真もハッセルブラッドのカメラが写したものだ

フタのボタンをほんの少し右に動かすと

ファインダーがワンアクションで展開する

さらに動かすと

ファインダーをアップで見られるルーペが展開する。勝手に開くようなことは一度も経験がない。それだけ工作精度が高いということ

大きなボタンも同じようにスライドさせると

ロックが外れてフィルムマガジンが独立する

カメラ本体はレンズ、本体、フィルムマガジンの、大きく分けて3つの部位で構成されている
たとえ本体に不具合があったとしても即座に交換できて、修理中も撮影が可能。フィルムマガジンが交換できることで、撮影に応じたフィルム選びもしやすい。非常に理にかなったシステムとなっている。とはいえ、分解/合体ができるのに、通常のカメラ以上の精度を持たせることは容易ではない。作りの良さ以外にもユーザーへの気に効いたギミックも満載。

マガジンスライドと呼ばれる金属製の板がフィルムマガジンに入っていて、これを引き抜くことでフィルムを感光させることができるのだが...

引き抜いた後だとフィルムマガジンが全く外れなくなる。誤って外してしまうことを防ぐためのギミック

同じことで、マガジンスライドを抜かないとシャッターが切れないようにもなっている。着脱できるフィルムマガジンの構造が本体の操作部分を制御する妙技

ロールホルダーキーという部分を回すとパカっと外れ、密閉空間を開放する挙動が楽しめる

フタを開けたらフィルムカウンターの数字はちゃんと0に戻る。この手のギミックは大昔からあるものの、自分で0に戻すものも少なくない

二眼レフの王様「ローライフレックス2.8F」

クラシカルな風体のローライフレックス2.8F。その登場は1960年。ドイツのメーカー・ローライが生み出した最高傑作だ
二眼レフカメラとは、写真を撮るレンズと被写体を見るためのレンズが別々になっているカメラのことをいう。主流の一眼レフや、ライカのレンジファインダーカメラが全盛の前は、二眼レフが主流のカメラだった。その証拠に、フィルムカメラ専門店や即売会に足を運ぶと多くの二眼レフを目にすることができる。

日本からも現リコー、現コニカミノルタ、オリンパスなどが二眼レフを手掛けたが、二眼レフといえば始祖であるローライが手掛けたものが人気で、特にローライフレックスシリーズは絶対的存在。その頂点に君臨するのがローライフレックス2.8Fだ。現在の価格帯は30〜40万。価格帯にほとんど変化は無いが、以前よりも状態のいいものが減っているようにみえる。

写真をきれいに写すための露出表が背面にあしらわれている。使い込まれると擦れて消えていたりする

明るさを計ってくれる露出計が備わっている。今のカメラほどいろんな計り方はできないが、あるだけで充分

60年前のカメラなので駄目になっている場合も多いが、この個体はしっかり動いて正確。絞りとシャッタースピードを調整して2本の針が重なったところが適正露出となる

基本は上から覗いて撮影するカメラ。絞りやシャッタースピードの数値も上から確認しやすくなっている

天面の蓋を引き上げるとフォーカススクリーンが展開される

蓋を開けて前面を向いた天面を手前に押し込むとルーペがせり上がってくる無駄のない構造
クラシカルな見た目からして繊細で複雑怪奇なギミックを想像させるが、撮るレンズと見るレンズというようにきっちり役割分担がされているぶん、カメラの構造としては単純だ。だからこそ世界中でさまざまな創意工夫の二眼レフが作られた。その中でもローライフレックスシリーズは細やかなギミックや堅牢性、カールツァイスやシュナイダーといったドイツ屈指の光学性能を誇るレンズを搭載していることで、突出した人気を博した。

露出計の窓がついている部分がピントリングとなる。その付け根に白い四角い窓が見えるだろう

絞りを操作すると連動して白い四角い窓が広がり、被写界深度(くっきり映る距離の深さ)の範囲を示してくれる

裏蓋を開ける。まずは底にある四角い小さいプレートを左にスライドさせる。すると…

若干隙間が開くのみの二段構造。本体上下を通るフィルムが感光しないため、またご操作で開けてしまうことへの配慮がみえる

プレートを左にしたあとにもう一つのプレートを立てることでようやく裏蓋を開けることができる

がらんどうとした中身。保管が良いと60年前のカメラとは思えない状態を維持してくれる

「オートマット」と呼ばれる、フィルムの僅かな厚みを感知して、巻き上げるだけで1枚目になるという構造はローライフレックス最大の特徴。フィルムを素早く正確に装填できる画期的な構造だった

年々その価値を高めるクラシックカメラ。ロストテクノロジーに触れることが維持に繋がる

天気の良い日に持ち出せば、きれいな写真が撮れるし大切なカメラが濡れなくて安心
機種の人気や状態によって価値は異なるが、新たに生み出されることのないクラシックカメラは希少な存在だ。きれいで状態の良いものであればなおのこと、投機を目的に購入するというのも良いだろう。かつては世界中の価値のあるカメラが日本に集結しているなんて言われていた時代もあったが、今はその多くが中国をはじめとする経済発展の著しい国外へと流れている。欲しいと思ったクラシックカメラに出会えたなら、今のうちに確保することをオススメする。

クラシックカメラの維持の方法は、大事にしまっておくことではなく動かすことだ。完全機械式のカメラであればなおさら。定期的に巻き上げてシャッターを切ってあげる。可能であれば外に持ち出してフィルムカメラ撮影を楽しんでみるのも良い。人気で価値の高いカメラの情報はネットでいくらでも手に入るし、スマートフォンで露出も計れる。フィルムが本当に手に入らなくなる前に、フィルム時代の撮影の面白さをぜひ体感してみてほしい。