Vol.250

KOTO

09 JUL 2021

自らの信念を貫く女性アーティストたち。「アナザーエナジー展」でその多様な視点に触れる

現在森美術館で、「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」が開催されている(2021年9月26日まで)。本展は、世界各地で50年以上活動を続けている70代以上の現役女性アーティスト16名の作品と、その多様な視点にフォーカスを当てたものだ。近年、グローバリズムの流れが加速するに従って、ダイバーシティが重視され、これまでの価値観を見直す機会が増えている。様々な国で生まれ育ち、時代の荒波を乗り越えてきたアーティストたちの姿勢に触れることで、なにか新しい視点が得られるかもしれない。そう考えて展覧会会場へ足を運んだ。

最高齢は106歳。世界の現役女性アーティスト16名が集結

「アナザーエナジー展」入り口
近年、人種や民族、ジェンダー、年齢など、さまざまなアイデンティティに焦点を当て、ダイバーシティ(多様性)を受容しようとする動きが世界的に起こっている。実際に日常生活においても、これまで当たり前のようにあった価値観を、根本から見直す必要があると感じている人も多いだろう。

そういった見直しの動きは、現代アートの世界でも起きているという。それまで欧米圏・白人・男性といったマジョリティの存在がアートの文脈の中心となっていたが、一方で非欧米圏出身・有色人種・女性など現代アート界でもマイノリティであった人たちがこの数十年で度々注目され、既存の現代アートからの脱却が行われてきた。そして今まで一元的に解釈されていた現代アートの文脈も、2000年以降は人種、民族、ジェンダー、生まれ育った国の歴史など、多元的な要素が起点にあると理解され始めたそうだ。

「アナザーエナジー展」は、そんな現代アートの潮流に重なりながらも、確固たる信念を貫き創作を続ける女性アーティストたちの活動を、多角的に紹介するものだ。集まったのは、世界14カ国出身の16名。全員が50年以上ものあいだ創作活動を続けている現役で、最年少は71歳、最年長は106歳となっている。展覧会には絵画、映像、彫刻、大規模インスタレーションなど、およそ130点の新旧を問わない多彩な作品を展示。それぞれのアーティストごとに、作品への向き合い方をインタビューした映像も展示され、独自の作家性に触れられる内容となっている。

それではさっそく、挑戦しつづける彼女たちの“アナザーエナジー”に触れながら、作品の一部を紹介していこう。

表現の奥にある、アーティストたちの多様な視点

カルメン・ヘレラ 展示風景
まず、今回の参加アーティストの最高齢である、1915年キューバ・ハバナ生まれのカルメン・ヘレラの作品を見てみよう。ヘレラは、長年ニューヨークを拠点に制作を続けていたものの、「女性である」という理由から同性のギャラリストに個展を断られた経験もある。地道な活動を続け、作品が評価されはじめたのは90歳以降。いまや米国におけるミニマリズム絵画の先駆者のひとりと考えられている。意欲を失うことなく、幾何学とその構造を探究し続けるヘレラの熱意に圧倒される。

インドネシアの伝統織物から多種多様な色を描き出した、ヌヌンWS 「織物の次元 1番」 2019年。ほか 
一方で、ヘレラの作品の対になるように展示されているのが、1948年インドネシア・ラワン生まれのヌヌンWSの作品だ。こちらもまた、形を排除し色彩を重ね合わせた幾何学的な抽象画であるが、その取り組みは偶像崇拝を禁じるイスラム教の価値観を守りながら表現したもので、純粋に幾何学形態を追求するミニマリズムとは異なり、豊かな感情や深い精神世界を描いているところに独自性がある。そしてそのインスピレーションは、ヌヌンWSが暮らすジャワ島の自然環境やその精神性から得られている。

リリ・デュジュリー 「海辺の日曜」 2009年
続いて紹介するのは、1941年ベルギー・ルーセラーレ生まれのリリ・デュジュリーだ。これまで身体、物質、文化の関係性を起点に、様々な表現形態を融合させ、独自の表現領域を広げてきた。7つのモニターが展示されている「海辺の日曜」では、それぞれのモニター映像に曜日を当てはめ、月曜日であれば月曜日に割り当てられたモニターのみ、同時刻の海辺の映像が流れ、それ以外の曜日のモニターは静止している。これまでデュジュリーが作品に用いてきた、沈黙、無音、不在、そして静と動、光と闇といった相反する要素が含まれている。

リリ・デュジュリー 「無題(均衡)」 (部分)1967年
デュジュリーの初期作品「無題(均衡)」は、2本の鉄の棒が直立した鋼板に両側から寄りかかり、溶接されることなく互いに支えあうことでバランスを保つ。静謐さの中に緊張感を秘め、繊細さだけでなく力強さを感じる作品だ。

宮本和子 「黒い芥子(けし)」 1979年  Courtesy: EXILE, Vienna; Take Ninagawa, Tokyo
一方で宮本和子の作品もまた、デュジュリーの作品のように繊細さと力強さ、緊張感を感じられる。しかし宮本の場合は、初期のデュジュリーが反感を感じていたミニマリズムに起点を置いており、また別の観点であることが見て取れる。宮本は1970年代から、自身の綿密なドローイングをもとに糸と釘の立体作品に取り組みはじめ、二次元形体の反復から、「黒い芥子」のように複雑な三次元形態へと発展させていった。手仕事で糸を扱うということは、これまで女性のものとされてきた行為を連想させる。それは白人男性中心の米国美術界におけるミニマリズムに新たな解釈を加える存在となった。

このように、視覚的には似たような表現をしているように見えても、掘り下げて見てみると、文化や現代アートの動向など、アーティストたちの制作背景や文脈が様々であることがわかる。作家同士の共通点や違いを見つけながら各アーティストの独自性を発見できるはずだ。

作品を通して、視野を広げ、知識を深める

スザンヌ・レイシー 「玄関と通りのあいだ」 2013/2021年 本作はクリエイティブ・タイム( ニューヨーク)、ブルックリン美術館エリザベス・A・サックラー・センター・フォー・フェミニスト・ アートの協賛によって2013 年に制作された。
アーティストの実践を通して、フェミニズムや地域の問題などを知り、視野を広げたり考えを深めるきっかけを得られることもある。

1945年カリフォルニア州ワスコに生まれたスザンヌ・レイシーは、1970年代からロサンゼルスを中心に活動。コミュニティとの対話を通じて、女性解放運動や人種差別、高齢化、暴力などの社会的課題に取り組んできた、ソーシャリ―・エンゲージド・アートの先駆者だ。様々なメディアを駆使し、自身の身体を主題にした個人的な作品から、数百人のパフォーマーが参加する大規模なプロジェクトまで、作品スケールも幅広い。2013年の作品「玄関と通りのあいだ」では、365人の活動家がブルックリンの住宅街の一角に集まり対話を行った。そのパフォーマンスは、現地に居たおよそ2500人の聴衆を含め、性別、人種、民族、階級など、幅広いフェミニズムに関する議論の重要性を個々人が実感する内容となった。

アンナ・ボギギアン 「シルクロード」 2021年。日本で初めてとなる展覧会のために、日本の絹産業の歴史をテーマにした新作を発表した

アンナ・ボギギアン「シルクロード」2021年。リサーチしながら描いた24枚のドローイングも壁面に配されている
一方で、1946年エジプト・カイロ生まれのアンナ・ボギギアンは、世界各地に滞在しそれぞれの地域の歴史、政治、経済、産業発展などの社会状況をリサーチ。トランスナショナルなテーマと結びつけ、相互の関連性を探る作品を制作している。新作「シルクロード」では、シルクロードを「交易だけでなく、知的、精神的、文化的な道」と捉えながらも、日本の国家の経済発展に大きく貢献した絹産業の背景に、困窮する家計を支える少女たちの重労働があったことに注目。日本の絹産業の歴史を12枚の絵画に落とし込み、空間に絹糸と共に浮遊させ、インスタレーション作品としての絵物語を完成させた。アーティストが切り取った日本を知ることで、自国の社会を見つめ直すきっかけとなるだろう。

アーティストが持つ批判性

<中央>ミリアム・カーン 「美しいブルー」 2017年 所蔵:ワコウ・ワークス・オブ・アート(東京)
1949年スイス・バーゼル生まれのユダヤ人女性、ミリアム・カーンの作品は、美しく豊かな色彩の中に差別や暴力などの社会問題、戦争などに対する批判性を宿している。彼女がスイスで過ごした1960年代から70年代の、反核運動などの社会的動向が影響している。

この「美しいブルー」という作品は、よく見れば両手を上げた白い人影が、ぼんやりといるのがわかる。ここに描かれているのは力なく地中海に沈んでいく人々の姿だ。2015年の欧州難民危機に応答した作品のひとつである。カーンの作品は抽象的で、時代や国を特定できる要素は描かれていない。しかしそこに描かれている人々は、安住の地を失い不安に苛まれる人々だとみなすこともできる。

ミリアム・カーン展示風景

アルピタ・シン 「私のロリポップ・シティ:双子の出現」 2005年 所蔵:バデラ・アート・ギャラリー(ニューデリー)
1937年インド・バラナガル生まれのアーティスト、アルピタ・シンの作品「私のロリポップ・シティ:双子の出現」にも、抽象と具象という絵画的イメージに数字や文字が渾然一体となり、その画面を通してインド特有の権力構造やヒエラルキーに対する批判を伝えている。

三島喜美代 「作品 92-N」 1990-1992年。セラミック製の新聞紙、電話帳、マンガなどを、高さ2メートルを越える巨大な直方体に積み上げた
1932年大阪生まれの三島喜美代は、1971年以降、セラミックにシルクスクリーンで印刷を施す立体作品を制作してきた。当時注目された大量消費社会や情報化社会への批判を込め、すぐに消費されていく柔らかく軽い新聞紙や空き缶などを、セラミックという硬く、重く、割れる異素材を用いて本物と見間違うほど精巧に制作。堆く積まれたそれは圧倒的な存在感を持ち、素早く伝わるはずの情報が重々しく見えることに違和感さえ感じる。

<手前>三島喜美代「作品 21-C2」。ゴミ箱のなかの空き缶も、全てセラミックでできている

アーティストの情熱が社会に問いかける。私たちが考えるべきこととは

<手前>ベアトリス・ゴンザレス 「悲嘆に直面して」 2019年。鏡面に描かれている女性の姿は、コロンビア革命軍と政府間の内戦による犠牲者を悼む、遺族たちの報道写真がモチーフになっている
時代、社会、民族、性別、年齢などの様々な背景と個人的経験、思考を持ち、くめども尽きぬ情熱をぶつけながら作品を作り続けるアーティストたち。作品はもちろん、会場で流れるインタビュー映像からも、彼らの制作に対する熱意が見てとれた。「女性アーティスト」という切り口の中にも、多様な考え方、表現までの導き方があることを知ると同時に、「男性アーティスト」に対する「女性アーティスト」と二元的なカテゴライズをされている時点で、まだまだ多様性が受け入れきられていない世の中なのだと思い知らされる。変化の時代の只中で、批判性を持って世の中を見つめ、自分らしい視点と熱意を培うことの大切さを教えられた。

※写真はすべて「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 展示風景

アナザーエナジー展: 挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人

この展示会は終了しました

会期:2021年4月22日(木)〜2021年9月26日(日)
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 53階
開館時間:10:00〜20:00(最終入館 19:30)
※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30)
※当面、時間を短縮して営業。
観覧料:[平日]一般2,000 円(1,800円)[土・日・休日]一般 2,200円(2,000円) ほか
※専用オンラインサイトでチケットを購入すると( )の料金が適用。
※事前予約制。専用オンラインサイト(https://visit.mam-tcv-macg-hills.com/ )から「日時指定券」をご購入ください。
※最新情報は、美術館のウェブサイトをご確認ください。
https://www.mori.art.museum