Vol.197

KOTO

05 JAN 2021

アートコレクターの視点を知る。新感覚ミュージアム「WHAT」

美術品保管を主軸に、美術品修復・梱包・輸配送・展示などのサポート事業を広く発展させてきた寺田倉庫。コレクターから預かる貴重なアート作品を管理するだけでなく、一般に公開するという新しい取り組みとして、現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT(ワット)」が2020年12月12日に天王洲でオープンした。日本を代表するコレクターがどのような価値基準を持って作品を収集しているのか。その背景に触れながら、普段見ることのできないアート作品に出会うことができる。コレクターの視点を知り、アート作品を所有することの意味を考えてみよう。

寺田倉庫の新しい取り組み。「WHAT」とは

「WHAT」外観
寺田倉庫では、これまで建築模型を展示する「建築倉庫ミュージアム」など、老舗倉庫会社ならではの視点と現代アートの支援・発信という芸術文化の発展という視点を掛け合わせながら、「美術施設の在り方」を模索してきた。

今回新しくオープンした「WHAT(WAREHOUSE OF ART TERRADA)」は、日本を代表するコレクターが自らの価値基準で収集した作品を倉庫から解放し、新たな出会いを創出するアート展示施設だ。そこには、「倉庫を開放し、普段見られないアートを覗き見する」というコンセプトが込められている。

施設内では建築倉庫プロジェクト企画展「謳う建築」も同時開催されている
さらに「WHAT」は文化観光拠点施設として、文化庁・観光庁から民間企業で初の計画認定を受けた。今後この施設を中心に、アートファン層を拡張しながら、開かれた展示の場を創出していくという。アーティスト、コレクター、ギャラリーそれぞれにとって、期待できる場になっていくだろう。

また施設には、前身の「建築倉庫ミュージアム」が「建築倉庫プロジェクト」と名を改め、建築にまつわる展覧会も継続して開催している。

倉庫に保管されていたコレクターの秘蔵作品を見る

「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション展」
「WHAT」オープン後初となる展示は、「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション展」だ。それぞれの視点、価値観をもって収集する2名のコレクターの、新作・未公開作品を含む所有作品約70点に焦点を当て、現代アートの魅力に迫る企画である。

1F展示室。高橋氏が注目する、気鋭の若手作家を中心に展示されている
最初に足を運んだのは、高橋龍太郎氏のコレクションが並ぶ展示室。「描き初め(かきぞめ)」をテーマに作品がセレクトされている。会場にはQRコードがあり、作品を見ながらコレクター本人による音声ガイドを聞くことができる。

2Fホール手前。野澤聖による高橋氏の肖像画『Obsession-蒐集家の肖像-』が展示されている
「学生時代、大島渚や鈴木清順の映画やシュルレアリズム絵画が好きで、一時は制作者も志しました」というほど、若い頃からアートに親しんできた高橋氏。雑誌で横尾忠則や合田佐和子などの作品を見たりしていたそうだ。1979年、医者になりたてだった高橋氏は、合田佐和子による『グレタ・ガルボ』の小さな肖像画を画廊で購入した。支払いに苦労し、その後しばらくはアート作品を購入してこなかったそうだが、1990年代後半からコレクションを広げていったという

2Fホール手前に展示されている高橋氏自身の肖像画は、アートフェアで出会った作家・野澤聖に依頼して描いてもらったという。作品を見たとき、「写真には伺えない何か霊気のようなものが出現していました」と感じたそうだ。強迫的なつらさを伴うと分かりつつも、導かれるようにコレクターの道を歩むことを決めた至福の時が表現されている。

2F展示室。梅沢和木『ジェノサイドの筆跡』、DIEGO『Ladder Boys』、今津景『Swoon』
2F展示室では、岡崎乾二郎、会田誠など、高橋氏にとって思い入れの深い著名作家の作品が数多く並ぶ。また近年の表現手法を代表する、デジタルコラージュにフォーカスを当てた作品も数点選出されている。現代アートの文脈をとらえる、コレクターならではの鋭い視点がそこにはあった。

2F展示室。奈良美智の初期作品も含む、A氏コレクションの40点が展示されている
つづいてA氏のコレクションを見てみよう。日本の実業家、投資家として活躍するA氏は、奈良美智の作品を中心にコレクションしている人物だ。コレクションをはじめたきっかけは、2001年に横浜美術館で開催されていた、「奈良美智展 I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」で、サイン会のために来ていた奈良を見かけたことだったという。

「素朴な人柄に惹かれました」と好印象を持ち、その直後に『Slash with a Knife』と『It’s Better to burn out』の2点を購入。「その後、自分の人生と照らし合わせるように、奈良作品を購入していきました」と語るA氏は、奈良の作品から放たれるパワーに強い魅力を感じているそうだ。

奈良美智『Slash with a Knife』
特に『Slash with a Knife』については思い入れが強く、「購入した後、玄関に飾っていたので、毎日何度も眼に入ります。小さな女の子が覚悟を持って戦っていて、『お前は本気なのか?』と毎日、何度も、挑発されている気がしていました。(中略)この絵がなければ、どこかで、何かで、数多く負けていたと思います」とA氏は語る。作品と見る人のあいだに生まれた心の動きが、日々の支えにもなるのだと実感させられた。

2F展示室。『ひよこ大使』、代表作である『I'm Swaying in the Air』などが展示されている
奈良作品をコレクションするA氏には、常に「己に対してどのような問いかけをしてくれる作品なのか」という視点がある。日々忙しくしていると見失われがちな自分の使命や、ライフワークに立ち返るための手段として、作品を購入し鑑賞しているのだろう。

なぜコレクターは作品を買うのか

合田佐和子『グレタ・ガルボ』
高橋龍太郎氏は現代アートの文脈を踏まえたうえで、作家とコミュニケーションを取りながら作品を購入し、A氏は自らの思考や感情に訴えかける作品を中心に購入している。「WHAT」のコレクション展は、ほかの美術館の展覧会では見られない、コレクター個人の視点や感性に触れられる貴重な場だ。今まで知ることのなかった「コレクターが作品を買う理由」には異なる視点があることを知る。そうすることで、「自身がコレクションしたい作品は、どのようなものか?」と自問してみる機会になった。

作品を所有するということは、日々の暮らしに、思い入れのあるアートがあるということ。「この作品があれば、日々をこんな気分で過ごせるかもしれない」と想像しながら、気に入った作品を見つけてみるのもいいだろう。

1作品からアートを預けられるオンラインサービスも

2021年2月には美術品保管の新サービスがスタート
アート作品のコレクションに興味が湧いたら、その保管も考えておきたいところだ。日本の住居はスペースの問題もあり、所有点数が増えれば自宅での作品保管は難しくなる。そんな時のためのために寺田倉庫では美術品保管ができるオンラインサービス「TERRADA ART STORAGE ONLINE」も展開している。

さらに2021年2月1日からでサービスをリニューアルし、平面作品を月額500円から管理してもらえる新サービスが始まるという。保管に対してハードルが高いと感じていた人も、気軽に利用できるようになるはずだ。

アートとの新しい出会いを、寺田倉庫で

近隣にある「WHAT CAFE」でひと休み
アートに対して、鑑賞者がなにを感じるのかは自由だ。アーティストが有名・無名であれ、心を強く動かす作品に出会えたら、コレクターとしての一歩を踏み出してもいいかもしれない。

「WHAT」の近隣にある「WHAT CAFE」では、食事やコーヒーブレイクを楽しみながら、若手アーティストたちの作品を鑑賞し、購入することもできる。コレクターの視点を知ったあとに、自分にとって大切なアートを探してみるのもいいだろう。

WHAT

住所:東京都品川区東品川2-6-10 寺田倉庫 G号
営業時間:11:00〜19:00(入館は18:00まで)
休館日:月曜日(祝日の場合、翌火曜休館)
料金:一般1,200 円、大学生/専門学校生700円、中高生500円、小学生以下 無料
※同時開催の「謳う建築」展の入館料を含む

※新型コロナウイルス感染症の感染予防と拡大防止のため、チケットご購入は日時指定の事前予約制

https://what.warehouseofart.org/

TERRADA ART STORAGE ONLINE
https://terrada-art-storage.com/