Vol.174

KOTO

16 OCT 2020

<SERIES>アーティストFILE vol.15 一瞬一瞬を描き残したい。akira muracco

1993年生まれ静岡県浜松市在住。2014年よりイラストレーターとして活動開始後、雑誌やCDジャケット、パッケージなどのイラストレーションを手掛ける。MUSIC ILLUSTRATION AWARDS 2016、HB WORK Competition Vol.1川名潤入選。主な仕事に、焼き菓子「KIHACHI STYLE」のパッケージイラスト、株式会社電通「未来予測支援ラボ」のバックグラウンドビジュアルなど。テーマ「パワー」で描き下ろしてもらった作品を元に話を聞いた。

言葉よりもイラストで伝達する

「朝」

直線と曲線を用いてiPadで描かれた作品「朝」。彼女がテーマから連想したものは「朝の光」だったそう。スクリーントーンのような青い点々をよく見ると、顔にかかる部分は手の形の影になっているように見える。なぜ「朝の光」なのかは、彼女の実体験に基づいているそう。

「朝の太陽光を浴びると健康にも良いってよく言いますよね。それって光が何かしらのパワーを与えてくれているのかなと思っていて。いつもはロフトで寝ているのですが、足を捻挫してしまって窓の近くで寝ていた時に、毎朝眩しいって思って目が覚めていたんです。『朝の光って本当に人を起こす力があるんだな』って実感したことを思い出して、朝起きたばかりの女の子を描きました」

朝の光のパワーのように、生活をしていてハッと思うような出来事や小さな気付きをそのままイラストに描くことが多いそう。それは彼女が衝動的な感情や思っていることを言葉にするのが苦手だからだと言う。

「衝動的過ぎれば過ぎるほど、早く形にしないと忘れちゃうんです。絵を描いて自分の気持ちを知る時もあって、伝達手段がイラストしかないなって自分でもつくづく思います。自分が感じたことや経験したことしか描けないので、パワーと聞いて本当に思いついたものをそのまま描きました」

大人しい雰囲気で、ひとつひとつの言葉を探しながらゆっくりと話す姿からは「衝動的な感情」という言葉は少し意外にも感じた。でも「絵からパワーをもらう時は?」という質問の答えを聞けば、何だか納得出来るような気がする。

「2年前位に東郷青児さんの絵画展示を見に行った時、とにかく物凄いパワーを貰って、なんだか少し苦しくなって帰り道に泣いていました。あまりにも良い絵を見たりすると何にも出来なくなっちゃうんですよね。ただ寝て起きると気持ちが咀嚼されて頭がスッキリした感じになるので、いつもとりあえず寝ようって思います」

感受性が強いからこそ、絵を見て泣けるほどのパワーを感じることが出来る。日々自分が何を考えているかに対して敏感じゃないと衝動的にもなれないし、素直だからこそ思ったことや感じたことを表現出来る。彼女の場合はそれらを伝えるツールがイラストだったということなのだと思う。

鏡に映る見えない自分

CDジャケットなどいくつか音楽関係の仕事もしている彼女自身も色々な音楽を聴いているそう。音楽の話になると少し熱が入ったような話し方になって、本当に好きなことが伝わってくる。

「音楽は歌詞から伝わってくるものや自分が感じるものが音によって二乗三乗と大きくなるのを感じて、純粋にパワーを貰えますね。イラストだと優劣みたいなものをつけてしまって苦しくなってしまうのかもしれませんが、音楽だと私は曲自体作れないし、そういうことを何も気にせずにいられるのだと思います」

生活の小さな気付きがイラストに現れているのと同じように、素敵だと思った音楽やライブで見た光景を忘れないうちに家に帰ってすぐ描いたりもするそう。下の作品は地元・浜松にジャズ・ミュージシャンでドラマーの石若駿がライブをした時のことを描いた作品。
絵を描く時は大体音楽をかけて、好きなミュージックビデオをひたすら見ていると言う彼女。ソフィー・マイヤーズの『x-ray vision』というお気に入りのミュージックビデオをモデルにしたイラストが「見ないで欲しい」だ。このイラストには彼女の作品のなかで、よく描かれているモチーフが二つある。それは「鏡」と「目に見えないもの」だ。

「鏡で見た主観の自分と他者から見た自分って大分印象が変わりますよね。自分は嫌だと思っているところが他人にはそう映らないとか。鏡を見るとそのギャップをすごく感じる時があるんです。『x-ray vision』の鏡の中の自分と相反して動いているような表現が好きで、わざと鏡の中の自分と目線を外して描いてみました。特に深い意味はないですが、今回描いた『朝の光』のような目に見えないものやコンプレックスみたいなものを題材に描くことが多いです」

「見ないで欲しい」

線に滲むパーソナルな部分

コンプレックスという誰もが抱えるものを題材にするのは共感を呼びやすいけれど、少し間違えてしまうと暗い雰囲気になってしまう。それでもトゲの無い可愛らしい絵になっているのは、作風に影響を与えたアール・デコ(1910年代~1930年代にかけて栄えた装飾様式)が大きいのではないかと思う。その出会いはフランスのマルク・シャガールという画家がきっかけだった。

「中学生の頃にシャガールにハマって絵画を見るようになりました。当時はアール・デコという言葉さえ知らなくて、ただただシャガールが好きだっただけなんです。その時から直線と曲線を使って絵を描いていたのですが、アール・デコ期のポスターなどのイラストをピンタレストやアートブックで見ているうちに『直線で出来るじゃん』って気付いて描いてみたのが始まりです」

それから色々と調べていくうちにもうひとつの影響された絵画様式に出会う。それはキュビズムというパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された様々な角度から見た物の形をひとつの画面に収める技法。キュビズムを用いた広告デザインを真似して描いていた時期もあったそうだ。

そしてA4のコピー用紙に直線定規とコンパスだけを使って幾何学的なイラストを描き始めるも、綺麗な曲線を手で紙に描くことは難しく、補正をしてくれるiPadを活用するように。作品「俯瞰視」のように円をいくつも描きながら仕上げていくそうだ。

「俯瞰視」下書き

「俯瞰視」完成

こうして下書きから完成までを一見しただけでは、幾何学的要素が強い計算されたイラストだと思うけれど、衝動的な感情で絵を描いたり絵を見て泣いてしまったりした話を聞いた後だと彼女の感性の鋭さや感覚的な部分も同時に現れているような印象もある。その二つのバランスについて何か意識していることはあるのか聞いてみた。

「描いた人のパーソナルな部分と一緒にその人の作家性が現れているイラストが私は好きなので計算して描けなくてもいいかなと思っていますし、私自身計算して描けないですね。なので、丸をここに置くとか直線曲線をここに引くとか感覚でやっているところが大きいので説明しづらいです。計算されたように見えても直線と補正に頼っているだけで、すごく自分の感情的なところは出ていると思いますし、そうであって欲しいなと思います」

自分の瞬間を描いていく

自分のパーソナルな部分を絵に反映させる事で自分にしかない作家性を大切にしている彼女。マイナス思考な性格でストレスを溜めてしまったり、落ち込んでしまったりすることがあると自分自身を見繕わずにストレートに話をしてくれた。モダンでスタイリッシュなイラストで生活を送っているが、自信があるイラストを描けたことはないそうだ。それは彼女の努力家な面の裏返しでもある。

「元々自分のハードルを高く設定してしまうところがあるのですが、もし100%満足できるものが描けたとしたら『これでいいのかな?』と思って、また目標を高めちゃうと思います。他の方のイラストを見て自分はあれもこれも出来ないといけないと気付いて、どんどんハードルが高くなってしまいますが、小さい頃から描いていた絵がようやく職になったので、辞めたいともハードルを下げようとも思わないです」

好きだからこそ悩み苦しむ時もあるが、それでも「自分なりに描いていて楽しいならそれでいい」と言う彼女。最後に絵を描くというクリエイティブな活動を通して表現したいことを聞いた。

「例えば少女性とか少年性みたいなものとか、その時にしか描けないものを描きたいです。10代の頃はあまり感情をさらけ出すタイプではなかったので、未だにその頃の感情のストックがあるんです。本当はその時に描けていたら良かったのですが、遡ってその時のことを思い出して描いてみたり、今の年齢だからこそ描けるものを描いたりして行きたいと思っています」

繊細で色々なものから感じ取れる分、彼女の感情はマーブル模様のようにたくさんの色が混ざり合う。その中から衝動的に感じた「今描けるもの」を描いている。一瞬一瞬が長い時代をつくっていくように、彼女が描く作品も彼女自身をつくっていくのではないかと思う。今後どんな彼女が直線と曲線の中に見ることが出来るのか楽しみだ。

Information

akira muracco個展「Sunshower」
場所:ギャラリー・ルモンド
期間:11/24(火曜日)-11/29(日曜日)
営業時間:火〜土曜日 12:00 - 20:00 日曜日 12:00 - 17:00