クリスマスまでの日々を共にするお菓子
シュトレンという名前はドイツ語で「坑道」という意味を持っているが、バターと粉糖で覆われた真っ白な見た目から、「産まれたばかりのイエス・キリストの白い産着」を象徴しているといわれている。
シュトレンのおもしろさは、焼き上がった瞬間がいちばんの食べ頃ではない、というところにある。
たっぷりと混ぜ込まれたドライフルーツやナッツ、バターは、時間をかけて生地へとゆっくりと染み込んでいく。
数日経つごとに生地はしっとりと落ち着き、甘みや香りの輪郭がやわらかく、ひとつにまとまっていくのだ。
そんなふうに思いながら少しずつ切り分ける時間もまた、楽しみの一部。日に日に変わっていく味わいは、クリスマスを心待ちにする気持ちと重なって、少しずつ高揚感を高めていってくれる
丁寧に重ねていく、素材と香り
空気を含ませるように捏ねていくと、指先には、ドライフルーツの甘い香りと、バターが少しずつ生地に馴染んでいくのが伝わってくる。
フォークで表面に穴をあけ、溶かしバターをたっぷりと染み込ませ、さらに粉糖をまとうことで、外側はやわらかく、内側はしっとりと落ち着いた味わいへと育っていく。
この一連の工程は、味のためであると同時に、アドベント期間の4週間前からクリスマスまで美味しく食べ切るために重要な工程なのだ。
たっぷりの油脂と砂糖に包まれたシュトレンは、しっかりと保存すれば1ヶ月は十分に日持ちする。
その変化を待つ時間こそが、シュトレンの楽しみのひとつだ。
とっておきの一切れを引き立たせるために
噛むほどに広がるバターの深み、洋酒に漬け込んだフルーツのやわらかな香り、
そして後からそっと残るスパイスの余韻。その複雑さは、飲み物によってさらに表情を変えてくれる。
コーヒーなら深煎りを。香ばしさがシュトレンの甘さをより一層引き締める。
カフェラテで楽しみたいなら、ラムを少しだけ垂らすとシュトレンとの調和が取れる。
スパイスのアクセントと調和し、あたたかい余韻が長く続く。
温めることでアルコールの角が落ち、スパイスの香りがやさしく立ち上がる。
お気に入りのカップに注いだら、レンジで少し温めるだけ。ひと口飲むと、冷えた指先までじんわりとあたたまっていくような感覚がある。
日本ではあまり親しみのないドリンクだが、去年の冬、シュトレンとグリューワインのペアリングを教えてもらった時には、「また一つ冬の楽しみが増えてしまった」と、感動したことを思い出す。
忙しさに追われる日でも、粉糖をまとった小さな一片と温かいドリンクを片手に、ゆったりとひと息つくことを忘れずにいてほしい。
冬のしずけさを味わうために
けれど、クリスマスの4週間前からのアドベント期間を一緒に過ごす存在として欠かせないお菓子なのである。
一度に食べきるのではなく、日々少しずつ切り分けていくという食べ方は、「今日の夜も、帰ったらシュトレンを楽しもう」という毎日の楽しみを与えてくれる。
大人はシュトレンを少しずつ。
子どもはアドベントカレンダーを1マスずつ。
小さな習慣が積み重なって、クリスマスまでの時間が小さな喜びで満ちていく。
フルーツの甘み、バターの深み、スパイスの余韻。どれもが前へ出すぎるのではなく、それぞれがゆっくりと重なり合いながら広がっていく。
シュトレンは“待つ時間”そのものを楽しむお菓子だ。
味が少しずつ変わっていく様子は、こちらの気持ちや日々の過ごし方と、どこか歩調を合わせてくれているよう。
今日はどんな味だろう、明日はどんな香りだろうと、そっと確かめるひととき。
ただそれだけで、冬の毎日が少し特別になる。
それは大げさな特別感ではなく、生活の中でひと息つくための、小さなきっかけのようなものだ。
冬に灯る、小さなあかり
切り分けるという小さな動作ひとつでも、切り分けた時の昨日とは違う断面、瞬間にふわりと舞う香り。そしてその香りと共に深く息を吸い込む。その一連の動作が私を落ち着かせてくれる。
考えごとが頭の中で渦を巻いている日でも、ひと口を味わう間だけは、
自分を軸にした時間を過ごせるような気がする。
冷たい風や、低い陽の光、触れる厚い布の感触。
薄暗い時間に仕事へ出かけ、とっぷりと暗くなった時間に家に帰る。そんな環境の変化に、心も自然と影響を受ける。
だからこそ、毎日ゆっくりと深まっていく味わいを感じることで、まるでキャンドルを灯すように、自分の内側にも静かな灯りをともしたい。