Vol.616

FOOD

10 JAN 2025

ハンガリーワイン専門店「ピンツェ」で出会う知られざるハンガリーワインの世界

ひと口のワインが、私たちを見知らぬ土地へ連れ出してくれることがある。今回ワインを通じて旅をするのは、ハンガリー。ヨーロッパ屈指のワイン生産国でありながら、日本ではまだ広く知られていないハンガリーワインの魅力とは?本記事では日本初のハンガリーワイン専門店「ピンツェ」を訪ね、バランスが良いと表現されるハンガリーワインの知られざる世界を紐解いていく。

ハンガリーワインとは

ワインと聞くと、フランスやイタリアといった「伝統派」のワインと、アメリカやオーストラリアなど「ニューワールド」のワインをイメージされる方が多いと思う。この二つのスタイルの中間に位置するのが、今回ご紹介するハンガリーワインだ。

歴史の深みを感じさせるエレガントさと、フレッシュな果実味の絶妙なバランス。日本国内での認知度はまだそれほど高くないが、その味わいは、特別な日のディナーにも、日常の食卓にも寄り添うものとして、近年注目が高まっている。

ハンガリーワイン=貴腐ワイン(デザートワイン)をどうしても想像してしまうが、貴腐ワインだけではないハンガリーワインの魅力を知るために、私はハンガリーワイン専門店「ピンツェ」を訪れた。

ハンガリーワイン専門店「ピンツェ」(愛知県名古屋市大須)

日本初のハンガリーワイン専門店「ピンツェ」

名古屋の一角に佇む「ピンツェ」。外観こそ古くから続くワインショップのようだが、実は2022年にオープンした新しい店舗だ。その扉を開けると、所狭しと並べられたハンガリーワインのボトルが出迎えてくれる。店内はやや薄暗く、しかし温かみのある雰囲気で、異国の小さな酒屋に迷い込んだような気持ちになった。

「ピンツェ」店内

ハンガリーの雑貨なども並べられた異国感のある店内
店主は、ハンガリー出身の母と日本人の父を持つ山口侑記・アレックスさん。自身の生い立ちからハンガリー文化への思い入れが強く、前職を退職してワイン作りの本場であるヴィラーニ地方へ修行に赴いたのは2018年のこと。ワインについてほとんど知識がないまま飛び込んだ現地のワイナリーで、ゼロから学び、やがてその情熱は本格的な店舗づくりへと発展していった。

「ピンツェ」という店名は、ハンガリー語で「蔵」を意味するそうだ。「蔵」というと酒屋さんの名前などで日本人にも馴染みのある言葉だが、ハンガリー語になることで、不思議と愛らしさが感じられる。そこには、ハンガリーワインが日本人にとってもっと親しみやすいものになってほしいという、山口さんの願いが込められていた。

「ピンツェ」店主の山口侑記・アレックスさん

伝統と革新の絶妙なバランス感

ハンガリーワインの魅力とは何かと尋ねると、山口さんはそのバランス感だと答えた。伝統的な背景と、革新的なマインドが、ハンガリーのバランスの良いワインを作っているのだという。

「ワインの発祥はジョージアだと言われていて、そこからヨーロッパに広がっていったわけですが、東ヨーロッパに位置するハンガリーは、実はフランスよりもワインの歴史が古い国です。ですから伝統があるワイン産地なのですが、その一方で、最近では新しいワイナリーが沢山できているという特徴があります。そういう意味で、伝統派のワインとニューワールドのワインの中間的な魅力が、ハンガリーワインにはあるのかもしれません」

店内では試飲も(有料)。ハンガリーワインの特徴を教えてもらいながら実際に飲ませていただく
個人的に、ワインは味に特徴のあるもの=良いものなのだというイメージを持っていた。渋みや酸味が強かったり、抜群にフルーティだったりするようなワインだ。もちろんそれらのワインも美味しいのだが、私のようにワインを飲み慣れていないと、日常的に食事と合わせて飲むにはハードルが高い。

「コンクールでは味に特徴のあるワインの方が評価されやすいということもあり、特徴的なワイン=良いワインだと思われますが、実はそういうわけでもないんです。もちろんそういうワインも素晴らしいですが、近年ハンガリーではむしろ、日常的に美味しく飲めるワインを作ろうよ、という動きが活発になってきていると思います。ただ純粋に美味しいものを作ろうという、ワイン作りにおいてニュートラルな考えが、飲みやすいハンガリーワインを作っているのです」

見た目にも可愛いハンガリーワイン。こちらはギフトにも人気の「ヴィリアン ワイナリー」のワイン
単体で楽しめるものはもちろん、日常の食事に合わせやすいものも多いハンガリーワイン。実際「ピンツェ」では、今日はこういう料理に合わせたいのだけど、という相談に来店されるお客様も多いのだという。「リピーターさんが多いんですよ、ワイン好きな人が日常の食卓に選んでくれるのはとても嬉しいですね」と、山口さんは笑う。

そのニュートラルな美味しさは、ワインを飲み慣れていない人に新しい世界を提示してくれるだけでなく、ワイン好きな人をも虜にしているようだ。

「ワイン以外のことは重要ではない!」修行を終えた時にもらったのだという寄せ書き

「ピンツェ」店主にとっての特別な一本

「ピンツェ」で取り扱うワインは、すべて山口さん自身が現地で厳選したものだ。もちろん全て試飲し、日本で広めたいと思ったものを買い付けている。

100種類以上を扱ってきた山口さんだが、特に思い入れのある一本は何なのだろう。そう尋ねると、修行時代に出会った師匠が手掛けた「イパチ サボー ワイナリー(Ipacs Szabó)」のワインを教えてくれた。

「ヴィラーニ地方にあるワイナリーです。師匠のイパチ・サボーさんはワイン作りへのこだわりが強く、まさに職人気質の方。修行時代は、経験のない私に毎日一つひとつ丁寧に教えてくれて、最後には家族ぐるみで交流するようになりました」


「イパチ サボー ワイナリー」のワイン
修行時代の思い出もあいまって、しかしその確かなクオリティで、山口さんを魅了しつづける「イパチ サボー ワイナリー」。黒ブドウを使いながら白ワインのように仕上げる製法や、一般的には補助品種とされるカベルネ・フラン100%で作る赤ワインなど、挑戦的なワイン作りで知られるユニークなワイナリーだ。

伝統的な手法と革新的なアプローチを融合させているという点で、これまでに伺ったハンガリーワインの特徴を体現したようなワイナリーだと感じて、私はこのワイナリーのNászút Helyett 2019(ナースツ・ヘイエット 2019)というワインを持ち帰らせてもらうことにした。

鮮やかなルビー色の赤ワインを自宅で

何気ない食卓で楽しむハンガリーワイン

ハンガリーワインの魅力は、むしろ日常のひとときに取り入れることで、その真価が発揮されるのではないかと思う。

バランスの取れた味わいは、和食をはじめとする繊細な料理ともよく調和する。ワインというと、例えば赤なら肉料理に、白なら魚料理に、引いては食前食後にはこれ……と食事に合わせて選ぶイメージがあるが、ハンガリーワインはどのような料理にも比較的合わせやすいことが、その最大の魅力なのではないだろうか。

私が実際に「ピンツェ」で購入したのは、「イパチ サボー ワイナリー」の赤ワイン、Nászút Helyett 2019(ナースート ヘイエット 2019)と、山口さんが実際に修行したワイナリー「ヴィリアン ワイナリー(Vylyan)」の白ワインVylyan Herka Chardonnay 2022(ヴィリアン ヘルカ シャルドネ 2022)だ。Nászút Helyett 2019は3000円台、Vylyan Herka Chardonnay 2022はなんと1000円台と、ワイン初心者でも手を出しやすい価格帯も嬉しい。

Vylyan Herka Chardonnay 2022(左)、Nászút Helyett 2019(右)
まず赤ワインは、クリーミーな肉料理がおすすめと聞いたので、ビーフシチューと一緒に。ワインの味は爽やかで、フルーティな香りの中にわずかなスパイスを感じられる。実は私は赤ワイン特有の渋みが苦手でいつもは赤ワインを選ばないのだが、そんな私でも美味しく飲めるのが意外で、嬉しかった。

ワインが酸化して味わいが変化することを「ワインが開く」というが、このワインも開くのがおすすめらしく、デキャンタージュや大きめのグラスで。私は大きめのグラスでいただいたが、一口ごとに味わいが変わっていくのを感じられた。濃厚な料理の合間に飲むと、舌の上で料理の記憶を引き立たせてくれる。その味わいのゆるやかな移ろいはまるで万華鏡のようで、いつもの食事を一層鮮やかにしてくれたのだった。

バランスの良い赤ワインをビーフシチューに合わせて
一方白ワインは、「焼き鳥にも絶対合うと思います」という山口さんの言葉を信じて、焼き鳥に挑戦。Vylyan Herka Chardonnay 2022は軽やかな一杯で、白ワイン特有のミネラル感とクリーミーさのバランスが絶妙だと感じた。良い意味で口の中にあまり残らず、それゆえに繊細な日本食などにも合わせやすい気がする。

焼き鳥にも合うという新しい発見

「ヘルカ」はハンガリーの昔話がその名の由来だ
チーズと合わせて、映画を観ながら軽く飲むのにも良い。程よい香りと味わいが導くほろ酔い感が、いつもよりも映画の世界に没頭させてくれるだろう。

チーズと一緒に、おうち映画のお供に
ワインを選び、その味わいを堪能する時間は、まるで小さな旅をしているようだった。

「ハンガリーの北から南まで、地域ごとに異なるワインを楽しんでみてもいいですし、同じ地域のワインを飲み比べるのも面白いです。いずれにしても、ぜひハンガリーを旅する感覚で選んでいただけたら」と山口さんは提案する。

奇をてらわず、ただ美味しいものを作りたいと願って作られたハンガリーワインは、文字通り、純粋な美味しさを私たちの何気ない食卓に届けてくれそうだ。

「ピンツェ」店内では地域ごとにワインが並べられている

「ピンツェ」が目指す未来

山口さんの目標は、ハンガリーワインを日本でより多くの人に届けることだ。今後は、2店舗目やワインカフェの開業も視野に入れ、さらに多くの人々が気軽にハンガリーワインに触れられる環境を整えたいと考えている。

「ハンガリーワインが、日本の食卓に自然と並ぶ日が来ればいいですね」。その言葉には、ワインを通じて人々の生活を豊かにしたいという強い思いが込められていた。

ワインの説明をしてくれる「ピンツェ」店主の山口さん
ハンガリーワインの世界を知ることで、日常が少しだけ特別なものに変わるかもしれない。名古屋の「ピンツェ」は、オンラインでのお買い物が可能で、電話にてワイン選びの相談にも乗ってくれるそうだ。日常で楽しむワインの新しい選択肢を探している方は、ぜひハンガリーワインを選んでみてはいかがだろうか。

知られざるハンガリーワインの世界を開いてみよう。その一杯は、あなたの何気ない食卓を、ほんの少し特別にしてくれるはずだ。

ハンガリーワイン ピンツェ

愛知県名古屋市中区大須3-40-37
営業時間 11:00-20:00
定休日 水曜日

https://www.instagram.com/hungary_wine_pince/
https://hungarianwine.jp/

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