Vol.581

FOOD

10 SEP 2024

山里で醸すクラフトビールで地域と人がつながる。岐阜・瑞浪「カマドブリュワリー」

過疎化が進む山里の集落に、全国から注目を集めるブルワリーがある。2024年に開催された日本最大のクラフトビールの品評会「ビアワングランプリ」で総合優勝も果たし、全国各地のブルーパブから注文が入るという。実際にそのブルワリー&ショップがある岐阜・瑞浪を訪ねると、ビールが大好きな人々が集まり、ビールの力を信じて作り上げた場所であることがわかった。モノづくりへの思い、地域への思いを伺いながら、バラエティ豊かなビールをいただくと、さらに味わいが深まるようだった。

美濃焼の産地として知られる山村にあるブルワリーへ

岐阜県瑞浪市は、古くから山の地形を生かした登り窯などがあり、焼き物造りが盛んな土地。この地で作られた陶器は、美濃焼として全国に出荷されているが、他の地方と同様高齢化が進んでおり、地元産業の存続が危うくなっているのが現状だ。そんな場所に、ビールの醸造所を作り上げ、地域の魅力をビールを通じて発信している人々がいるという。電車を乗り継いで最寄り駅であるJR釜戸駅に向かった。

JR中央本線「釜戸駅」の駅舎。木造の駅舎は木々に囲まれ、のどかな雰囲気
街中でも山の中でも、ビール造りは水や設備があれば、どこでもできる。特に近年、クラフトビールの認知度や人気が高くなり、2018年の酒税法改正により全国各地にマイクロブルワリーと呼ばれる小規模のビール工房が増加した。とはいえ、ここでなぜビール造りをしようと思ったのか…少し疑問が湧くほど、静かでのどかな地区だ。商店もぽつん、ぽつんとある程度。駅から5分ほど歩くと「カマドブリュワリー」の建物を見つけることができた。

ビール好きとの出会いから生まれた、カマドブリュワリー

お話しを伺ったのは、この釜戸地区出身でUターンしてきた東さんと、隣の中津川市出身の丹羽さん、そして瑞浪市と共に美濃焼の産地として知られる多治見市に移住してきた岡部さん。それぞれ異なるルーツを持つ3人が思いを一つにしてカマドブリュワリーを立ち上げた。

醸造所の隣にビアバーとショップがある「カマドブリュワリー」
東さんは町おこしのプロ。テレビ局の報道記者や地方の観光体験コンテンツを立ち上げる仕事を経験したほか、青年海外協力隊にも参加するなど、さまざまな経歴を持つ。そのフットワークの軽さと地元への思いを原動力に「カマドブリュワリー」を立ち上げた。大好きなビールで何かできないかとさまざまな企画を考える。

丹羽さんは日本のクラフトビール造りの先駆者とも言える人物で、30年近く前からほぼ独学でクラフトビール造りをし、各地のブルワリーの立ち上げを手伝ってきた。しかし東さんとの出会いをきっかけに地元でものづくりがしたいと岐阜・東濃に戻り「カマドブリュワリー」の醸造家として多種多様なビールを日々作り続ける。

岡部さんは、東さんとビールのイベントをきっかけに出会った仲間。地元クラフト作家や飲食店との繋がりを持ち、カマドブリュワリーのビアバー「ハコフネ」で提供するグラスを開発したり、フードを作ったりとビールの楽しみ方を追求する。それぞれに役割分担をしながら、しかしそれぞれが意見を交わし、世代やルーツを超え、ひとつのものを作り上げるために試行錯誤してきた。

「カマドブリュワリー」代表の東さんと岡部さん、スタッフの間瀬さん
「もともとビールが好きで、地元でビールの会を開いて仲間と話していたときに、東濃にクラフトビールがあったらいいね…という話になりました。いろいろ調べると醸造家の丹羽さんが東濃出身だということを知り、さっそく会いに行きました。そこからビールの会に丹羽さんも参加してくれるようになったんです」という東さん。そして、当時静岡のブルワリーの立ち上げを担当していた丹羽さんがこの東濃に戻って地元で仕事をしたいという思いがあることを知り、こんなチャンスはないと、そこから会社を立ち上げ、補助金などを探し出し、翌年にはブルワリーを立ち上げた。

地元の戻り起業したことで、また新たな視点で地元を見るようになったという東さん
「釜戸は今も人口が減り続けていて、この機会を逃したら、地元で何かをするということはできない、チャンスだと思いました。普通に考えたらリスクしかない場所ですが、丹羽さんが作る美味しいビールがあればきっと人は来ると信じていました」。そして最初に生まれたのが、現在も定番になっている4つのビール「かんこうIPA」「やっとかめエール」「あんきーラガー」「ほんでホワイト」。東濃地方の方言を取り入れ、ネーミングにその思いを込めた。「ビールで地元に愛着を持ってもらったり、アイデンティティを再発見できるものにしたいと思いました。定番4種は飲み比べて楽しいものができたのは、さすが丹羽さんだと思っています」

「あんきーラガー」の“あんき”とは安心、気楽、という意味を持つ東濃地方の方言。いつまでも安心して心地よく飲める味わいを目指した
ほかにも、釜戸の米を使った吟醸酒のような香りが漂うビールや、地元の神社のご神木を香りづけに使ったビールなど、釜戸の名所を表現したビールを作り上げ、地元の魅力を発信している「カマドブリュワリー」。今では、地元の観光コンテンツのひとつとしての役割を担うようになり、ビアフェスなどのイベントを主催することも。さらには空き家活用や移住推進をサポートもするなど、釜戸地区を盛り上げようとさまざまなアイデアを発信し続けている。

過去にリリースした、竜神伝説が残る「竜吟の滝」やレトロな駅舎など、釜戸の名所をテーマにしたビール

カマドブリュワリーのビールづくり

地元への思いを込めたビールなど、「カマドブリュワリー」は立ち上げから3年ほど経つが、これまでに100種類ほどのビールを作ってきた。毎週2回ほど仕込みをし、定番となっているビールのほか、月に数種類の新しいビールも仕込む。醸造長の丹羽さんは30年近くクラフトビール造りに携わってきた人物だが、自分に作ることを課しているかのように、常に作り続けている。

タンクが並ぶ醸造所内。丹羽さんの工夫が随所に込められている
「日本酒やワインは製法が変わることはないが、クラフトビールは毎年新しい品種のホップが出たり、新しいカテゴリー、スタイルがどんどん出る。そういうところがほかのお酒とは違う。昔はそうでもなかったが、ここ10年ぐらいでクラフトビールがどんどん進化するようになってきました」。だからこそ、どんどんと新しいものを作ることで技術を向上させたいと丹羽さんは考える。

醸造所内にポコポコと響く音。発酵により生成される二酸化炭素を水を張ったバケツに排出していて、この音で発酵の様子をうかがい知ることができる
丹羽さんのそんなビール造りの姿勢はこれまでの経歴からもわかる。もともと農学部などで酵母やビール造りについていた学んでいた訳ではなく、たまたま勤めていた会社で地ビール造りをすることになり、その責任者に抜擢されたのだそう。そこからほぼ独学でビール造りをしてきた。今年ビアワングランプリで優勝した「バーレーワイン」は、もともと丹羽さんが日本で初めて作り上げたハイアルコールのビールで、2度ビール酵母で発酵させてからさらにワイン酵母でも発酵させ熟成させるという異色のビール。自然酵母を使ったビール造りも丹羽さんが日本での先駆者だという。

2024年と2022年のビアワングランプリのトロフィー
今までに30以上の醸造所の立ち上げに関わり、クラフトビール造りのシーンを牽引してきた丹羽さん。そんな人物が新しいものをどんどんと取り入れ、これとこれなら、こうなるだろうと経験値で予測を立て、頭の中で浮かんだ味わいに近付けていく。目指すのは、バランスのよい美味しさ。「われわれのような小さなブルワリーでは試験醸造している余裕はない。やってみて、一発勝負。いろいろなことをアグレッシブにやっていくしかない」。その中で、飲み飽きない、バランスのよい味を生み出せるのは、常に新しいものにチャレンジしてきた経験とセンスを持つ醸造家ならではといえるだろう。その技術を間近で学びたいという人は多く、カマドブルワリーでは研修者の受け入れや醸造場開業の支援も行っているという。

クラフトビールの楽しみ方を提案する場所「ハコフネ」

そんなクラフトビール好きには知られたビール醸造家がいることから、この地をわざわざ訪れてビールを購入する人もいる。週末限定で醸造所の見学ツアーも実施していて、ビール造りを体感することも。訪ねてきてくれた人に、もっとビールを楽しんでもらいたいと、週末限定でビアバーもオープンしている。そこを取り仕切るのが岡部さんだ。常時6種類以上のタップから注がれるビールをお目当てに電車を乗り継いで訪れる人も多い。

ストレートは口に多くの量の液体が入り、のど越しの良さを生み出す。チューリップは口に入る量をコントロールできるので、ゆっくり味わいたい旨味のあるビールに
「ハコフネ」には地元美濃焼の作家にオーダーして作り上げたさまざまな素材・形のビアカップも並んでいる。「作家さんたちにテイスティングしていただいて、形による違いを理解してもらい、作ってもらいました。麦の旨みが強く、炭酸が強くない、より旨味を感じられるビールについては美濃焼で。素焼きの陶器の微細な凹凸が泡をクリーミーにし、炭酸が抜けるのでよりまろやかに感じられます。のど越し重視、鼻から香りを楽しむものはグラスがやはりいい。ガラスには勝てない部分もあるが陶器だからこそできることもあると思っています」

ガラス質の釉薬のもの、野焼きの土器などいろいろあるが、美濃焼自体が総称なだけで、絵付け、土物というしばりがない。いろいろあるのが美濃焼。岡部さん自身も器が好きで、美濃焼の多様性や若い世代が活躍している窯元が多いことに魅力を感じ移住してきたという。個性的な美濃焼のビールカップがビールをさらに魅力的にしてくれる。

「ボーのポークのキーマカレー」。西海岸系の爽やかなIPAと合わせるのがおすすめだという
フードメニューもなるべく地元のものを取り入れていて、例えば瑞浪の銘柄豚「ボーノポーク」を使ったキーマカレーもそのひとつ。冷めてもおつまみとして楽しめるように、いろいろなビールに合うようにと、肉をたっぷり使い、旨味とスパイスを効かせた。

「ビールの特長を伝えたり相性のよいペアリングの提案もするが、堅苦しくなく、お客さん自身がこれを飲むからこれを合わせてみようかな…と自由に飲んでもらえるとうれしい」という岡部さん。丹羽さんが本当にさまざまなビールを作っているからこそ、コースのようにビールとフードをペアリングさせて楽しむこともできる。

この夏リリースした「河内晩柑スタウト」
筆者が訪れたのは8月の暑い時期。晩柑という柑橘を使ったビール「晩柑スタウト」が新作として登場していた。通常スタウトというと、どっしりとした焙煎の香り…ナッツやチョコレートのようなフレーバーを持つビールだが、飲んでみると柑橘の苦味とビールの苦味が掛け合わさり、とても爽やか。夏にぴったりな味わいとなっていて、食前に飲んでもいいし、デザートならチーズケーキに合わせてもいいという。

スタウトやラガー、IPAなどさまざまなスタイルで醸すビール。今、ここでしか味わえないビールを楽しむことも
「食事に合わせたりとさまざまな楽しみ方ができる、バランスのよい味わいなのは、丹羽さんの作り方が日本的な考え方だからかもしれません。海外では贅沢にホップを使い華やかで豪華な味わいを作り上げていきますが、丹羽さんは足し算的な考え方ではなく引き算。何を引き立たせたいかを考え、それに合うホップや酵母を厳選して作り上げていきます」

なので、定番のビールであっても毎回より良くなるように調整していて、まったく同じ味わいではない。岡部さんは飲んだことがあるビールこそ、もう一度飲んで違いを感じてほしいという。クラフトビールの醍醐味がまさにここにある。

クラフトビールの楽しさと地元の魅力を掛け合わせて

バーレーワイン「ベルフォンセ」。濃厚な甘味と麦芽の苦味が溶け合った、じっくりと時間をかけて飲みたいビール
丹羽さんのビール造りを東さんはまるで料理人のようだという。「1か月毎日管理して、ほっておかない。丁寧に手を描ければかけるほどビールは応えてくれるという信念を持っています。そのクラフトマン魂が結実したのがビアワングランプリで優勝した、バーレーワイン。このビールは出来上がるまで1年かかります。手塩にかけ、クラフトマン魂を詰め込むことで、こんな田舎の醸造所でも全国1位になれることを教えてくれました」

このバーレーワインに東さんは、この東濃を含む地域が美濃と呼ばれていることから「ベルフォンセ」と名付けた。フランス語で美しくて濃いという言葉だという。味わいに見合う、名前、ラベルを作り上げることで、ビールを総合芸術にまで高めたいと考える。

窯焚の朝の景色をイメージした、ホップの豊かな風味と濁りが特長のヘイジーIPA
人と地域、人と人の繋がりをビールを介してさらに深めることができたら…そんな思いで色とりどりのクラフトビール造りを続ける東さんたち。ビール好きはもちろん、ビール初心者の筆者でも、何か面白そう…と引き寄せられてしまった。さまざまな味わいがあるクラフトビールは、シーンや気分、好みに合わせて選んで楽しめる、今の時代にフィットした飲み物。そのビールの力を借りてチャレンジを続けるブルワリーに、ぜひ注目してみてほしい。

CAMADO BREWERY