Vol.518

FOOD

02 FEB 2024

「ヤマモ味噌醤油醸造元」のファクトリーツアーで次世代の醸造の世界を体験する

秋田県湯沢市にあるヤマモ味噌醤油醸造元は江戸時代末期から続く老舗の蔵元。現在は、7代目当主である高橋泰さんが経営を担っている。ヤマモ味噌醤油醸造元の興味深いところは、伝統を守るだけではなく、革新的な取り組みを始めた点にある。10年に及ぶ研究の末に特殊酵母「Viamver®(ヴィアンヴァー)」の発見、醸造所と高橋邸の庭を見学できるファクトリーツアーの実施や、特殊酵母を使った料理をふるまうレストラン「restaurant ASTRONOMICA®︎」の展開など、従来の蔵元にない活動を行っている。

厳しい寒さが育む秋田の発酵文化

ヤマモ味噌醤油醸造元。豪雪地帯として知られる秋田県の湯沢市にある
秋田県は、古くから「食の宝庫」と呼ばれてきた。特に麹を多用する味噌、醤油、漬物、日本酒といった発酵品の文化が発展してきた背景には、雪が多く日照時間も短い秋田の冬を乗り切るために食品を長期間にわたって保存する術を身につけてきた歴史がある。

ヤマモ味噌醤油醸造元も秋田の発酵文化の醸成に貢献してきた会社の1つだ。慶応3(1867)年に秋田県湯沢市で創業し、150年以上にわたって発酵食品に携わってきた。

また、発酵食品づくりには豊かな自然も欠かせない。秋田には、雪解けの地下水、地元産の米など、美味しい発酵食品に必要な条件も揃っている。

7代目当主・高橋泰さん
高橋さんは伝統的な製法にとらわれない発酵技術の研究を、10年以上にわたり独自に行ってきた。以前、高橋さんは建築の世界を目指していたが、秋田に戻り家業を継いだ。家業を継ぐ際、「今までと同じことをすることなら誰にでもできる、自分にしかできない挑戦をしたい」と考えたのだそう。新しい発酵菌の探索や試験醸造を繰り返すことが、7代目当主のアイデンティティの確立にもつながった。

試験醸造の結果、リンゴのような香りを持つ独自の特殊酵母「Viamver®(ヴィアンヴァー)」を発見。味噌や醤油以外の食品へも応用できるのではないかと、微生物や発酵を専門とする研究家などとも効果検証を重ねた。2020年には学会で発表し、特許を取得している。

五感で楽しむ、ディナー形式のファクトリーツアー

国内外共通デザインのパッケージ開発にも取り組んでいる。スーパーなどで並ぶ一般的な醤油などとはまた違った雰囲気がある
ヤマモ味噌醤油醸造元では、ディナーとファクトリーツアーを同時に楽しむ体験を顧客に提供している。

レストラン事業はコロナ禍を機に参入したそうだ。発酵を取り入れた料理に関心を持つドイツ出身シェフが東京のレストランで働くために来日したが、コロナ禍により休業となってしまい行き場を失ってしまい、ヤマモ味噌醤油醸造元で受け入れることとなったのがきっかけだった。

そこから、日本の思考に囚われない特殊酵母を用いた食の提案を始めることとなる。高橋さんはファクトリーツアーを通して発酵の可能性を感じてもらいたいと話す。

神棚の周りには、多くの賞状が飾られている。数々の評価をこれまでに積み重ねてきた歴史を感じる
最初に神棚へ参拝をし、蔵に向かう。蔵の手前には酵母による発酵の実験室「cultivator(カルティヴェイター)」があり、ガラス越しに見学することができる。

酵母による発酵の実験室「cultivator」

手前の透明な液体が特殊酵母Viamver® の発酵液
室内には特殊酵母のViamver®(ヴィアンヴァー)も保管されていた。Viamver® は糖分から旨味成分を作る能力が高く、ビーガン向け食品との相性が良いそうだ。

うま味成分が凝縮された「イーストリキッド」と呼ばれる酵母発酵液は調味料として料理に利用されている。漬け込み液やカクテルの隠し味にも使われるなど可能性は無限大だ。

また、酵母から6%のアルコールを生成できることから、ワインの醸造にも取り組んでいる。今後はビールや発酵茶といった新しい飲料の開発を行っていくという。

ヤマモの伝統的な製法を知れる工場見学

左が海外展開を視野に入れたパッケージ、右が小売として流通している伝統的なパッケージ
続いて案内されたのは、味噌や醤油の製造工場。まずは醤油の製造行程を見せていただいた。こちらでは、以前から国内で販売している伝統的な醤油の他に海外向けの醤油も製造している。秋田県では、甘さを感じる「あま塩醤油」の人気が高い。健康面にも配慮して、塩分を従来品より25%カットした減塩醤油になっている。舐めてみると、ほんのりとした甘みを感じることができる。

大きな窯で醤油に火入れをする様子

米麹を作る専用の部屋「こうじ室(こうじむろ)」
続いて、味噌作りの工程をお伺いし、熟成発酵年度の違う味噌を試食させていただいた。発酵年度の違う味噌の味比べは初めての経験である。

発酵一年以内のものは私たちが普段目にする味噌と同じ黄色で、粒々とした米の形を感じることができる。年数が経つにつれ、米の形は無くなっていき、色も黒に近づいていく。二十年味噌はインパクトのある香りとカカオのような風味を感じるため、料理のアクセントに使用することが多いのだとか。

左から、熟成発酵年度が一年以内・三年・二十年となっている

特殊酵母を使った料理と秋田の風土を感じる食材

発酵熟成の「もろみ蔵」
そして、いよいよディナーコースがスタート。

まずは「もろみ蔵」にて、Viamver® で醸造したフルーティーなワインとフィンガーフード「豚肉とりんご」のペアリングを楽しむ。「豚肉とりんご」は豚肉、りんご、キャンディ、パイ、チーズが重なっており、みかんとマスタードのソースで爽やかに仕上がっている。

地域の歴史や文化、風土も顧客に伝えていきたいと考えているため、料理にはできる限り、地元の食材を使用しているという。

「豚肉とりんご」シーズンによって料理は変更あり

「妙見蔵」以前はここで研究を重ねていた
次に「妙見蔵」へ移動し、スープをいただいた。

「妙見蔵」は「cultivator」ができる前に研究室として使用されていた場所だそうだ。Viamver® にはコハク酸によるうま味を醸成する性質があるため、魚介などの出汁を取る必要が無い。秋田県産のせりの爽やかな香りが、スープを飲んだ後に程よい余韻となって口の中に広がった。

根菜のスープ、せり、食用コオロギ、イーストリキッド

スープはその場で調理をするなど、ヤマモのツアーはライブ感を大切にしている
建物入口へと戻り、次はサラダをいただく。

ヨーグルトとハーブをブレンドしたドレッシングでいただいた。テリーヌはあゆの肝・豆腐・ほうれんそうをブレンドしたソース。全てイーストリキッドを利用して味付けや調理がされている。サラダに使われるレタスは、秋田県にある小安峡の地熱を利用して水耕栽培されたもの。朝採りされ、根が付いたまま届くため鮮度が高い。

まるで理科の実験のように調理が進んでいく

根菜のテリーヌ、せりの根のフリット。サラダにはにんじんの発酵フレークがかかっている

アートや文化を感じる2階スペース

アート作品を展示する「I.L.A. GALLERY」
2階へと上がると、米粉と麹菌の菌糸で描かれた絵画や、テキスタイルの作品を制作・展示するギャラリーがある。今後は地域や蔵についても研究を重ね、作品を制作したり、収集したりする予定だそう。企画展を開催する計画もあるのだとか。

茶室でカクテルを飲みながら一息
工場見学の最後は、隣の茶室にてカクテルをいただく。

メイン料理に入る前に、一度気分を整えるための時間だ。いただいたのは「本直し」と呼ばれる日本最古のカクテルで、ベースは焼酎のみりん割り、そこに抹茶や松の葉、二十年味噌、仕込み水を温めたものを加える。抹茶や二十年味噌で少し苦味を与えているので、口の中がすっきりしていく。

レストランに移動して、特殊酵母のフルコース

「restaurant ASTRONOMICA®️」。レトロで和洋折衷な雰囲気が素敵
レストランに移動し、メインディッシュとデザートをいただく。

美しい庭園を眺めながらゆっくりと食事を楽しむことができた。ツアーでいただいた前菜の他、メインである魚料理・肉料理・リゾット・デザートのフルコースが提供される。

ラムのグリエと特殊酵母で発酵したパン
Viamver® の発酵液に漬けたラム肉のグリエは、Viamver® が持つ発酵作用を生かし、柔らかく臭みを和らげつつ旨味を引き出すために、あえて硬く臭みのある部分を使用しているのだそう。通常は価値がなく捨てられてしまう部分も、特殊酵母の力で新たな価値を生み出すことができるのだ。

また、同じくViamver®で発酵したパンは、独特の食感が面白い。ソフトとハードの間のような新ジャンルの食感を楽しめる。

二十年味噌のクレームブリュレと味噌醤油のジェラート
カカオのような香りがする二十年味噌はクレームブリュレのアクセントに使用される。ラズベリーの甘酸っぱいソース、バルサミコ酢とチョコレートのソース、ピンクグレープフルーツを皮ごと発酵させたソースの3種類で楽しむことができる。ビターな大人の味のクレームブリュレに酸味のあるソースがアクセントになる一品だ。

また、4種のナッツとプラリネを練りこみ、Viamver®︎ 酵母発酵液と味噌醤油のソースをマーブルにしたジェラートはお子様にも人気なのだとか。

地域の伝統と活性化のために今できること

レストランでは若い人材も多く働いている。地域活性化のハブとしての役割も果たす
ヤマモ味噌醤油醸造元のファクトリーツアーは、海外観光客向けのコンテンツとしてすでに多く採用されているという。しかし、近隣に宿泊施設が無いため、今後は宿泊施設としてツアーの受け入れ体制の整備にも力を入れていくそうだ。

高橋さんは味噌醤油の事業だけでなく、地域の活性化にも取り組んでいる。高橋さんは昨年度より神社の氏子総代を務めており、コロナ禍で中止していた地域の祭りを再開させる活動に携わった。少子高齢化が進む中、地域に伝統や若い人材を残していくためにも、産業と信仰の融合や地域の魅力の発信に積極的に関わっていきたいと考えている。

Viamver® を応用したお酒や調味料などの開発も進めている。ここに並んだ商品も製品化するかもしれない。
この新感覚のディナーツアーは、外国人だけでなく、我々日本人も新たに日本の食文化を見直すきっかけになると感じた。次世代の醸造の世界をぜひ秋田で体験してみてほしい。きっと今までの人生で味わったことがない貴重な経験になるはずだ。

ヤマモ味噌醤油醸造元