Vol.321

FOOD

15 MAR 2022

フードロスへの思いから生まれた、誰でもいつでも美味しい「冷凍パン」

冷凍パンというとあまりイメージがよくないと思う人も多いかもしれないが、最近は技術やアイデアの進化により、家でも焼き立て、できたての味が再現できる商品がいろいろと登場している。その中から美味しさと栄養を満たしてくれるプロダクトを2つセレクトして紹介。どちらも冷凍パンのニーズを察知し、最新冷凍機器を取り入れたり、冷凍専用に製法を調整したりと、美味しさを追求した商品。その開発の発端はどちらもフードロスを改善したいという思いから。いつでも手軽に美味しいパンが楽しめ、フードロスにも貢献できる。デメリットをメリットに変えたアイデア溢れる商品に注目してみた。

フードロス問題に取り組む大阪の人気ベーカリー「パンデュース」

ベーカリーレストランなども手掛ける「パンデュース」
大阪市内を中心に展開するベーカリー「パンデュース」。ブーランジェの米山さんが作る、国産小麦粉の個性や食感を追求したハードパンや料理としても完成度の高い惣菜パンなどが人気で、とにかくパンの種類が豊富なお店だ。

「パンデュース」では、もともとフードロスを削減するため、店舗のパンに余剰がでたときだけ発送する「もったいないおまかせパンセット」を販売しようと準備をしていたそう。しかしコロナ禍により複数店舗の休業や時短が余儀なくされたことをきっかけに、2020年春に前倒しして販売を行なうことに。2020年冬ごろからは通常の商品も購入可能なオンラインショップもスタートさせた。

美味しさを閉じ込め、焼き立ての再現性を高めた「プロトン凍結」

オンライン通販で販売するためパンを冷凍しなければならないが、できる限り美味しい状態で届けたいと導入したのが「プロトン凍結機」。もともと生産の効率化を図るために2015年からこの凍結機を使用していたが、店頭で焼き立てを販売することに特化したベーカリーだったので、パンそのものを冷凍する必要性はそれほどなかった。しかしコロナ禍によりオンライン販売にシフトしたため、この凍結機が活躍することになる。

プロトン凍結と従来の急速凍結の違いについての図説。株式会社菱豊フリーズシステムズ公式サイトより引用
プロトン凍結は、磁力と電磁波で水の分子を整列させ、その上で冷風により急速凍結させるというハイブリッドな冷凍法。従来の凍結法だと凍結時に水分が膨張することにより細胞が破壊され、解凍時にドリップが出てしまい、水分や旨味が失われ、食感や味わいを損ねることに。

しかしプロトン凍結は、磁力と電磁波で分子を整列させることで氷が大きく成長するのを妨げ、細胞が破壊されにくくなり、解凍時にドリップが出ない、水分が出すぎなくなるなどの違いがでてくるのだ。例えばシャリとネタを一度に凍結させた寿司も解凍して美味しく食べられるとか。画期的な凍結機ということで、近年多くのお店で導入されつつあるという。

オンラインショップではさまざまなパンを食べ比べできるセットを販売。パンごとにリベイクの仕方について案内している
「パンデュース」ではパンを焼いたその日のうちにプロトン凍結することにより、解凍しても焼き立てに近いパンを再現できるように。特にしっとり、もっちりとしたバゲットやクロワッサンなど高加水のパンでその差を感じることができるだろう。通販でもお店で買うのと変わらない味を届けられる。プロトン凍結機が導入できていたから、冷凍で発送する通販事業をスムーズにスタートさせることができたといえるかもしれない。

冷凍パンのために製法にも工夫した商品ラインナップ

そして「パンデュース」では焼き上がったパンをそのまま冷凍して発送するのではなく、プロトン凍結機を生かし、商品そのものにも工夫を凝らしていく。なかでも面白いのがパンをあえて半焼きにし、家のオーブンで仕上げるようにした「家で焼き上げるドゥミバゲット」。「パンデュース」にはさまざまなバゲットがあるが、小麦の香りがしっかり出る冷蔵低温発酵で灰分の高い(ミネラル分の多い)バゲット生地を選び完成させた、冷凍専用のドゥミバゲットだ。半焼成の具合や家庭用オーブンでも焼くことができるサイズ調整に苦労したという。

食べ方は、冷凍のまま240℃のオーブンで10〜15分ほど焼くだけ。コロナ禍だからこそ、家で焼き立てのパンを楽しんでほしい。そんな思いで作り上げた商品だ。

焼く前の「家で焼き上げるドゥミバゲット」。オーブンをしっかり余熱しておくことが美味しく焼くコツ
実際にこの「家で焼き上げるドゥミバゲット」を取り寄せ、家で焼いてみたが、我が家の旧式の電気オーブンでも、バリバリで厚すぎない絶妙なクラストができ、切ると蒸気とともにしっとり、もっちりとした生地が現われ、コクのあるといってもいいほどの小麦の香りが広がった。塩気もほどよくあり、風味のしっかりしたパンなので、そのままで食べても食べ飽きない。チーズやハムなどしっかりした味わいの具材との相性がよいと感じたので早速試して、1本をすぐに食べきってしまった。

焼きあがったドゥミバゲット。独特のクープも店頭販売している低温発酵バゲットと同じ
さらにパンデュースではタルティーヌやガレットなど、パンに野菜やソース、チーズをのせて焼き上げた惣菜パンが人気だが、それをイメージさせるのが「パンクレエ」。オリーブ油やバターではなく、香りの少ない太白ゴマ油を油脂に使うことで小麦の風味を活かした、シンプルなパンだ。トマトソースなどとセットにした商品もあるので、冷凍のままソースを塗り、好きな具材をのせてオーブンやトースターで焼いて、オリジナルの味を楽しめる商品となっている。

小分けになったソースとチーズも入った「パンクレエ」のセット
このような冷凍発送専用商品は、家での食事を充実させたいというコロナ禍のニーズを捉えた商品といえるだろう。最新の凍結機を導入したことで冷凍することがむしろ利点になる、魅力になる商品を作り上げる。パンの楽しみ方をさらに広げてくれるパンデュースの冷凍パンにぜひ注目してみてほしい。

パンデュース オンラインショップ
https://painduce-shop.com/

フードロスへの思いを昇華させ完成させた冷凍バーガー「テンダーバンズ」

次に紹介するのは、フードロスを解決したいという思いから特許まで取得し製品化させた冷凍バーガー専門店。兵庫県の伊丹市でサンドイッチ専門店を営んでいた職人が、お店で廃棄される売れ残ったパンに心を傷め、どうにかできないかと考えたことからスタートし、試行錯誤すること12年。知的財産の活用やプロデュースを手掛ける会社「IP SHOWCASE株式会社」のサポートを受けながら、具材もパンも美味しく再現できる冷凍バーガーのブランドを立ち上げ、2020年に販売をスタートさせた。

バーガーのコンセプトは「体にやさしい、地球にやさしい、ふんわり感」
余計なものを一切使用せず、ふんわりとしたバンズや保存料などを使わない製造方法などにこだわって作り上げた「テンダーバンズ」のバーガー。販売は受注してから製造発送するというスタイルだ。ベーカリーとしては特殊だが、フードロスを解決するためこのスタイルに。賞味期限は10か月あり、冷凍庫に常備していつでも味わうことができる、便利で環境にも優しい商品となった。

具材、バンズ、包装。「テンダーバンズ」の美味しさの理由

冷凍バーガーというと、パティやソース、バンズなどいろいろな具材があるので、パンがふっくらしていなかったり、ソースでバンズがべたっとしてしまいそうなイメージだが、それを解決するため「テンダーバンズ」のバーガーにはさまざまな工夫が施してある。

3つの袋に包まれている「テンダーバンズ」のバーガー
まずは包装。外装袋のほか、不織布の袋とパンチングされた紙の袋という3つの袋に包まれている。これによりバンズに直接水分が付かないように守りながら、水分をほどよく保つふかふかのバンズを実現させた。

さらにパンの焼成からバーガーの製造、包装、冷凍までひとつの工場で行なうことで、バンズを焼いた当日中に具材をはさんで急速冷凍できることもふかふかのバンズの秘訣。保存料などに頼らない、安心安全な製品作りも可能になった。

ほどよく蒸気を逃がしながら、水滴をバンズに付けないようにすることでで、トップのバンズがふかふかに
パティはオーストラリア産牛100%。チーズはコクがほどよくあるチェダーチーズをセレクト。バーガーとしての味わいのバランスを大切にしながら、レンジアップでパンと具材を同時に美味しい状態にするために、パティの厚みやソースの量などを調整し、絶妙なバランスを作り上げた。

バンズのカットの仕方にもポイントがあり、バンズをよく見るとトップはふんわりとしているが、ヒールの部分はしっかりと質量があり、中央部がくぼむようにカットされている。これで具材をはさんだときにソースや肉汁をしっかりとうけとめ、具材とパンが密着しすぎないようになるのだ。このようなさまざまなアイデアにより、レンジで1分半加熱するだけで美味しいバーガーができあがるという驚きの商品が生まれることとなった。

「テンダーバンズ」の4つのバーガーの特徴と美味しい楽しみ方

テンダーバンズのバーガーは現在4種類
最初にできあがったという「T.B.チーズバーガー」。発売すると多くの反響をもらったので、すぐにほかのフレーバーの開発にとりかかる。そこでできあがったのが、マッシュルームチーズバーガーやパクチーバーガー。マッシュルームチーズバーガーはチェダーチーズとブラックペッパーとガーリックのソースでパンチのある味わいに。

パクチーバーガーはパティの上下にオリジナルのパクチーペーストをふんだんに使って、パクチー好きにも満足してもらえるよう試食と味の調整を繰り返して完成させた。チリやレリッシュが味や食感のアクセントになったインパクトのあるバーガーだ。サイトではいろいろなバーガーを楽しめるセットも販売しているので食べ比べてみると楽しいだろう。

食べ方は冷凍庫から出して表示の通りの時間レンジアップするだけだが、半日ほど冷蔵庫に入れてしっかりと解凍させてからレンジアップするとよりバンズがふんわりとした食感になるので、ぜひこの方法で。解凍した場合のレンジアップの時間も案内されている。

パクチーバーガーをアレンジ。トマトとモッツァレラチーズをはさんでみた
そしてバンズがべたっとしないバーガーなので、上のバンズを外して自分で野菜を挟んでアレンジしてみてもいいだろう。アレンジに特におすすめなのがパクチーバーガー。スイートチリソースやレタス、トマトを追加してサンドしてもいい。チーズならばモッツァレラやカマンベールチーズが合うはずだ。

フードロスを考慮しながら、手軽さと美味しさを実現させた「テンダーバンズ」のバーガーは、会社や工場に務める従業員の軽食として常備されていたり、病院など医療従事者の食事としても利用されているそう。スーパーやレストランでも取り扱われるようになっているので、様々なところで見かけるようになる日も近いかもしれない。
テンダーバンズ 
https://tenderbuns.jp/

ベーカリーのフードロス問題解決をし、その先へ

ロスパン(売れ残ったパン)を購入することがフードロスに貢献しながらリーズナブルにパンを楽しめるということで最近注目を集めているが、ベーカリーにとってはやはり正規の値段、美味しい状態で販売するのが一番のはず。冷凍でも美味しい、むしろ冷凍のほうが美味しくなるという商品を生み出すことは、フードロスばかりでなく賃金や労働時間など労働環境の改善にも繋がっていくものだ。

今回紹介したベーカリーの積極的なフードロスへの取り組みは、持続可能な社会にするための欠かせない考え方でこれからスタンダードになっていくだろう。冷凍とあなどっていると美味しいものに出会う機会を失ってしまうことになるかもしれない…。どんどんと進化している冷凍パンをぜひ冷凍庫にストックして、いつでも美味しいパンを楽しんでみて欲しい。