「秩父」と聞いたら何を思い浮かべるだろうか?武甲山(ぶこうざん)、長瀞(ながとろ)の岩畳など自然に溢れた町を思い浮かべる人。また聞いたことはあるが、どこにあるのか知らない人もいるであろう。秩父市は埼玉県の北西、人口6万人ほどの小さな町である。しかし「CHICHIBU」と聞けば世界中のウイスキーファンにはたまらない場所。そう、秩父には日本が世界に誇るウイスキー蒸溜所がある。
ここで造られるイチローズモルトはほとんどの商品が入手困難で、世界中のウイスキー好きの憧れとなっている。限定品となれば即完はもちろんの事、抽選で当てる以外に入手することはほとんど出来ない。ウイスキー好きなら一度は飲んでみたいと誰もが思う名品なのだ。しかし実際に秩父まで足を運べばここでしか見かけないようなレアなイチローズモルトに出会うチャンスはかなり高い。その中でも今回オススメしたいお店はハイランダーイン秩父である。
イチローズモルトとハイランダーイン
イチローズモルトは秩父で肥土伊知郎(あくと いちろう)さんの手により2004年に創業したウイスキー蒸溜所だ。2004年当時は日本で新しくウイスキー蒸溜所を作る事は、誰もが反対するような話しだったという。蒸溜してから熟成させて販売するまでに何年も掛かるし、ウイスキーの人気も下火で世界中の蒸溜所が次々と閉鎖に追い込まれていた。大手メーカー以外のウイスキー製造などありえないと言われていた。
実際に肥土さんの父が運営していた羽生蒸溜所は倒産し400樽のウイスキーが廃棄されそうになっていた。しかし父から受け継いだウイスキーの可能性と日本で自らウイスキーを蒸溜する夢を諦めなかった肥土さんが作ったイチローズモルトは、創業以来に世界中から数々の最高賞を受賞を重ねる。
それから15年経った現在、日本には数多くのウイスキー蒸溜所が誕生したが、それは肥土さんの成功例があってこそ実現出来たはずだ。しかし今でこそ有名なイチローズモルトも最初から評価されたわけではなく、当初は肥土さん自らが日本とスコットランドを行き来しながら、バーに売り込んで回っていたという。
その頃からスコットランドの名店ハイランダーインにも通っていた。ハイランダーインはウイスキーの故郷スペイサイド地方にあり、この地域は田舎町なのだが世界中のウイスキー関係者や愛好家が集まる場所なのである。その中でも特に有名だったハイランダーインにスコットランドで初めて、イチローズモルトが置かれるようになった。
その後、ハイランダーインを訪れる世界中のバイヤーや評論家から高く評価され、またたく間に世界中のウイスキーファンを虜にしていった。2017年には世界で最も権威のある英国のウイスキー品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」最高賞を受賞して以来、現在まで毎年最高賞を受賞し続けている。
スコットランドの名店ハイランダーインが秩父にやってきた。
なぜ本場の名店が秩父に支店を出したのか。実はハイランダーイン秩父のオーナーの一人である吉川由美さんはイチローズモルトの現役スタッフでもあるのだ。吉川さんはウイスキーを広める事に貢献した人に贈られる、ウイスキーマガジン社主催のアイコンズ・オブ・ウイスキーにて、ブランドアンバサダーとして世界一になった事もあり、まさにウイスキーのスペシャリストだ。
吉川さんはスコットランドに住んでいた頃からブルイックラディという蒸溜所で学びながらも本店のハイランダーインでも働いていたという。こうして様々なスペシャリスト達の縁が重なり、名店ハイランダーインが2019年に秩父でもオープンされた。今回はウイスキーの事を知り尽くした吉川さんにお話をお伺いした。
築100年の古民家をリノベーション。スコットランドと日本のハイブリッドバー
ウイスキーが好きな人は時間の積み重ねを大切にする。目には見えない時間の重なりがウイスキーの美味しさに影響を与えるからだ。秩父市、御花畑駅周辺に築100年前の古民家が駐車場に変わろうとしていた。これを知った吉川さんはこの時間の重なりを取り壊してしまうのが、残念でならないと思ったという。大家さんと交渉を重ね、やろうとしていることを理解していただいた結果、取り壊しを免れることができ、古民家を改修しハイランダーインを開店させる事ができたのだ。
昔ながらの日本家屋らしい立派な蔵や柱、漆喰や土壁など使える素材は最大限に活かしながらも、本場スコットランドのバーを体験出来るようなバーカウンターも作られた。まさにスコットランドのお酒を日本人が真剣に作り完成させたイチローズモルトのようなお店だ。
ウイスキーの楽しみ方。それは好きなように飲むこと
これからウイスキーを覚えたい人や、まだあまり飲んだことない人には、どのようなウイスキーがおすすめかを吉川さんに聞いてみた。「まず好きなように飲むことです。ストレートだけに限らず美味しく飲めるのもウイスキーの魅力です」テイスティングやマナーなどついつい難しく考えてしまいがちだが実はそんなに難しいものではないと言う。水割りやソーダ割り、ロックでも何でも好きなように楽しむのが一番なのだ。例えばイチローズモルトの定番商品のホワイトラベルでは冬にはお湯割りもオススメとの事だ。実は創業者の肥土さんも、冬はお湯割りで飲むのが好きなようだ。
もし何を頼めば良いか分からない。もう少し深く知りたいと思ったら、バーテンダーさんにそのまま伝えたら良いとのだと吉川さんは言う。バーテンダーの方は聞かれることが好きで、話のきっかけにもなり、喜ばれる事が多いからだ。またバーなどで同時に2杯以上注文するのも、味を比べるためには良い方法だ。これはマナー違反ではなく、むしろお酒としっかり向かい合おうとしているのだなと思ってもらえるはずだ。その中で自分の好みが少しずつ分かってきたら、また楽しさが増えてくるだろう。
ウイスキーに合う料理。ハイランダーインの名物料理ハギス
ウイスキーに合う料理。私はいつも悩んでしまう。食中酒としてアルコール度数の高いウイスキーに合う料理を探すのは中々難しい。もちろんハイボールや水割りであれば飲みやすくなるのだが、ストレートに合うものだとナッツ、オリーブ、チョコレートや羊羹などが合うが食後に食べるようなものになってしまう。
しかしさすが本場スコットランドの郷土料理ハギスは素晴らしい相性である。羊の内蔵を羊の胃袋に詰めて料理されたもので、ハイランダーインではこのハギスにタリスカーというウイスキーを少量かけてもらうことが出来る。これが香り付けにもなり、たまらないのだ。ミンチは羊の風味が弱めにあり癖になる。また添えてあるマッシュポテトと混ぜると風味は更にまろやかになり食べやすくなる。一口食べたら好きなウイスキーを一口。完璧なマリアージュを楽しんでいると店内のスピーカーからはバグパイプの音が。気分は最高潮に高まりスコットランドのバーに来ているような感覚になる。
秩父の町全体がウイスキーと共存している
ハイランダーイン以外にもイチローズモルトが飲めるバーは秩父市内に何店舗もあり、それぞれのバーが毎年世界中からくるゲストをおもてなしている。毎年開催されるウイスキー祭(2021年はオンラインで開催)はチケットが入手出来ない人気ぶりだが、これも地元の方たちの協力があってのことである。肥土さんや吉川さんを始めウイスキーの素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいと言う情熱が、町全体に浸透しているという印象であった。自然豊かなこの秩父でウイスキーを楽しむのはいかがだろうか?
ハイランダーイン秩父
CURATION BY
旅好き、ウイスキー好きなフォトグラファーです。アート写真集コレクター。
株式会社 猫にはムリ の代表です。