和歌山県の中央部に位置し、1,000m級の山々に囲まれた美しい森林の村、龍神。そんな龍神村に「薪で炊く」ことにこだわって豆腐を作っている『Tofu & Botanical Kitchen LOIN』(トウフアンドボタニカルキッチン ルアン。以下るあん )を訪ねた。「豆腐をエンターテイメントに」をテーマに繰り広げられるコースは、一皿一皿が驚きの連続。豆腐職人の小澤聖さんの手によって豆腐は、今まで見たことのないような魅力的な姿を様々に見せてくれた。早速自宅で真似してみたくなる刺激を頂いた食体験だった。
森林の村、龍神の奥に佇む「Tofu & Botanical Kitchen LOIN(るあん)」
龍神村はその昔、豆腐づくりが盛んだったという。村を流れる日高川には鮎が泳ぐほど水が清らかで、森林が深く薪には事欠かない、そんな自然の恵みを生かして伝統の豆腐作りを蘇らせたい、そんな情熱が『るあん』の現在までの歩みの原動力となっている。
代表の小澤さんは2006年に豆腐作りを未経験からスタートさせた。初めから、薪で炊く地釜豆腐にこだわった。
ただでさえ熟練の技を必要とする豆腐作りを未経験で、しかも薪で炊く地釜造りで行うのは至難の技だった。小澤さんが四苦八苦している様子を見かねて、「小学生がいきなりプロ野球巨人軍に入れるか?うちで何年か修行せえ」と、親切な豆腐職人さんが弟子入りをすすめてくれたこともあったという。
火力調整の難しい薪の火による呉(大豆をすりつぶした汁)の炊き具合は、地釜から流れ出る泡のちょっとした変化などで感じ取るしかなかった、と言う。小澤さんの試行錯誤に加え、塩職人さんや、龍神の豆腐名人との出会いなども経て、龍神伝統の地釜豆腐は復活を遂げた。
かつてこの地域の多くの家庭で盆や正月に作られていた伝統の濃厚な豆腐の味は、当時を懐かしむ地元の人だけではなく、現在では全国のファンに愛されている。小澤さん自らが腕をふるうコース・ランチやデザートも人気で、各地から訪ねてくる客が後を絶たない。2023年以降、龍神村の店舗は次の代へ引き継ぎ、小澤さん本人は海外で豆腐料理の普及に挑戦したいと考えているそう。
龍神温泉の湯豆腐
『るあん』のコース・ランチはBIRTHと名付けられた温泉湯豆腐から始まった。「生まれたての豆腐を味わってもらうにはどうしたら良いか?」と考えていたところ、地元の方が龍神温泉で湯豆腐をするのを見て着想を得た、という一皿。
温泉水と豆腐だけ、とは思えないほどまろやかで、濃厚かつ奥深い味わい。ここまでのドライブで冷えた体を、湯豆腐が優しく温めてくれた。ちなみに、龍神温泉は修験道の開祖、役行者・小角(えんのぎょうじゃ・おづの)が発見し、弘法大師が開湯したとされる伝統ある温泉で、日本三大美人の湯にも数えられている名湯だ。
葉っぱに隠れた宝探し
小澤さんが小学生の娘さんの遊びからヒントを得たという一皿。小澤さんの、「この中に食べられるものが4品だけあります」という言葉に自分の中の幼心をくすぐられ、わくわくしてお皿に向き合った。おからのクリケット、猪のリエットのミニタルト、豆乳フレッシュチーズを挟んだビーツ、そして、宮崎県椎葉村の郷土料理「菜豆腐」。
おからのクリケットとジェノベソースの相性の良さにまず驚いた。サクサクの衣とおから、ナッツ、バジルがこれ以上ないくらい調和していた。猪のリエットは、歯触りの良い豆腐のタルト生地と柑橘の風味が肉の野趣を程よく和らげてくれていた。ビーツに隠れた豆乳チーズの本格的な風味と濃厚さも予想を遥かに上まった。
菜豆腐は本来、カブの葉や桜の花びらとともに豆腐を型押しして作られる料理だが、この皿ではほうれん草を混ぜた豆腐を味噌漬けし、エゴマの葉を巻いて作られていた。味噌漬け豆腐とエゴマのマッチングは控えめに言って、絶品。お酒やワインにも合いそうだ。
海への感謝が込められた一皿
豆腐が海のにがりと陸の畑の豆との出会いから生まれた食べ物であることから、海への感謝を込めて作られた一皿。魚のコンソメにLOINの豆腐と冬瓜の玉をあしらい、わかめの泡で覆っている。シンプルながらも十分な旨味が豆腐と冬瓜を引き立てていた。海水と同じ濃度の塩水で味付けされたベビーリーフは、野菜とは思えないほどの濃い旨味とコク。滋味あふれる一皿だった。
上品なスープを抱き含めた、呉豆腐
豆乳と葛粉を練って作った「呉豆腐」は佐賀県の郷土料理。サクサク、中がふわふわの呉豆腐のフリットが、上品なスープに浮かんでいた。スープはLOINのおからで育った、「トリトンファーム」の鶏からとったコンソメ。
呉豆腐の下には龍神特産の肉厚な椎茸「龍神マッシュ」がふき味噌を抱いて隠れていた。呉豆腐のトッピングは春菊の芽のピクルス。苦味と酸味の調和が斬新かつ美味、まろやかな呉豆腐への箸をさらに進める役目を果たしていた。
今だけの豆の味を味わう、大豆農家への感謝を込めた一皿
大豆農家さんへの感謝が込められた一皿。龍神村で栽培された青大豆の浸し豆と、今年取れた枝豆、そして豆腐が一皿にまとめられた今だけの味。香ばしくもなめらかな豆腐のムニエルとセージなどのハーブ、ほうれん草のソースのマッチングが絶妙だ。自然な甘味の大豆は歯応えも良く、豆腐との対比がどこか楽しい。
秋の味覚が詰まった和えない白和えのガレット
龍神村の耕作放棄地を何とかしようという取り組みで蕎麦づくりが行われているのだが、その蕎麦粉を使ったガレットに、菊芋、サツマイモ、干し芋、柿、むかご(自然薯などの肉芽)などを挟んでいる。レバームースと豆腐クリームが旨味と甘味を優しく加えた「和えない白和え」だ。地元の農家さん提供のみかんを、焼きみかんにしたものが添えられている。散らしているのはこの地方に残る古来の珍味、「ゆべし」をすり下ろしたもの。柚子の香りに冬の訪れを感じる。
海の味覚がふんわりと口の中に広がる一皿
鳥取県の郷土料理「豆腐ちくわ」はお殿様が魚だけでちくわを作っては贅沢だから豆腐を混ぜるように、とのお達しを出され生まれた料理なのだとか。「豆腐屋に失礼」と小澤さんは笑う。青のり風味の豆腐が、イカスミのリゾットやレモングラスで香りづけられた海老のスープの旨味をふんわりと抱き抱え、海の幸を大きく膨らませてくれている。添えられているのはナスのピューレを詰めた甘長唐辛子。歯応えの良いアオリイカがのっている。
落ち鮎と燻製豆腐のパイ
秋の産卵期に日高川を降ってきた「落ち鮎」に豆腐の燻製、風呂拭き大根、干し大根のピュレ、ルッコラ、そしてリッチなパイをのせて鮎のキモを混ぜたマヨネーズとともに味わう一皿。鹿のコンソメと生姜の泡がひかえめにさわやかさを足してくれる。豆腐の燻製の香ばしさとこっくりとした舌触りが鮎の優しい旨味、大根のジューシーさと一体化する、至福の一皿。
柚子づくしの豆腐デザート
贅沢なコースの最後は柚子づくしのデザートが締めくくった。さくっとしつつももっちりとした、豆腐ならではの食感が楽しめる柚子豆腐マドレーヌ、爽やかな柚子ジュレのせ豆乳ムース、しっとりとした柚子豆腐ケーキ、香り高い柚子豆腐ブラウニーの4種。
ちょっと調理法を変えるだけで、いつもとは全く違う姿を見せてくれる豆腐
こだわり抜いた製法の『るあん』の豆腐はそのままでももちろん美味だ。しかしちょっと視点を変えた調理法の豆腐料理にもぜひ使ってみてもらいたい。
地釜豆腐はソテーにするだけでもメインディッシュとして活躍するほど存在感のある味だ。ざる豆腐は豆腐のソースやソイマヨネーズなどに使いやすく、ベジタリアンやヴィーガンのレシピにもおすすめ。オリーブオイル漬けは、その時々の旬のハーブとともに漬け込まれていて、ワインやビールのつまみにもぴったり。ガーリックで風味づけられているのでパスタソースにもそのまま使える。
改めて豆腐という食材の持つポテンシャルの高さを教えてくれた『るあん』の伝統の味。そして多彩な味のエンターテイメント性を、少しでも食卓に取り入れてみてはいかがだろうか。
『Tofu & Botanical Kitchen LOIN(るあん)』
CURATION BY
ライター。本州最南端の小さな町で田舎暮らしの拠点ハウス「田並保養所 ありてい」を運営。小さく暮らして大きく伸びがしたいんです。